EP 17
黄金の旗と死闘(北辰無双我流 vs ゴースト・ハイブリッド)
ガキンッ!!
夕日丸の鞘と、漆黒のストライダーナイフが激突し、火花が夜の森を照らし出した。
先ほどまで、共にネギオのディベートを乗り越え、歓喜のハイタッチを交わしかけた男たちの間に、一切の躊躇はない。
「……良い反応だ、キャプテン・サカガミ。だが、重心がわずかに浮いている」
エリアス・ソーンの冷徹な声と共に、彼の左手が残像を残してブレた。
腰のホルスターから抜かれた『ガバメント』の銃口が、信長の腹部を正確に捉える。
「甘いわいッ!」
信長は身を沈めながら、鞘でナイフを弾き飛ばすと同時に、左の掌底でエリアスの銃を持つ手首を強かに打ち据えた。
パァンッ!
銃口が上を向き、放たれた9mm弾が虚空の枝をへし折る。
信長はその隙を見逃さず、抜刀術の構えから必殺の神速の斬撃を放った。
「北辰無双我流——『飛燕』!」
月明かりを反射した夕日丸の白刃が、エリアスの首筋を薙ぐ。
だが、そこにあるはずの肉体は、すでにフワリと後方へ後退していた。システマの脱力を極限まで高めた、木の葉が舞うような完全なる回避。
刃はエリアスの迷彩服の襟元をわずかに切り裂くに留まる。
「……化け物じみた回避力じゃ。あの泥まみれの農作業で、さらに足腰のバネが研ぎ澄まされとるな」
信長は刀を正眼に構え直し、鋭く息を吐いた。
「君こそ。その斬撃の重心移動、人参マンドラを引っこ抜く時の無駄のなさそのものだ」
エリアスもまた、ナイフを逆手に構え直し、極限まで心拍数を落としていく。
共にポポロ村の理不尽な労働をこなし、共に『PRO型弁当』の極上のエネルギーを全身に漲らせている。互いの身体能力と戦術理解度は、今、この異世界に来てから最も高い頂点に達していた。
「隊長! 旗の重量、パネェっす!! 全力で走れねえ!!」
後方で、50kgの『黄金の旗』を背負った赤城鷹人が悲鳴を上げた。
純金の塊50kg。それを担ぎながら戦場を駆け抜けるのは、いかに訓練されたレンジャー隊員であっても至難の業だ。赤城の機動力が著しく低下している。
「逃がさんぞ、工作兵」
その赤城の足元に、正確無比な3点バーストの銃弾が撃ち込まれた。
力武義正だ。彼は玉んねぎの『賢者モード』の余韻で、赤城の歩幅、風速、筋肉の疲労度を完璧に計算し、最適な射撃で足止めを行っていた。
「チィッ! 計算高えアメ公のインテリメガネが! このままじゃ蜂の巣にされる!」
赤城は旗を盾にするように身を屈めながら、腰から魔導手榴弾を引き抜き、ピンを弾き飛ばして義正の足元へと投擲した。
「計算通りだ」
義正は冷静に後方へ跳躍し、爆発の範囲外へと逃れる。
旗を巡る攻防。重量という絶対的なデバフ(制約)を抱えた陸自に対し、SEALsが戦術的優位に立ち始めていた。
「……チェックメイトだ、サカガミ」
エリアスが、素早くライフルのスリングを腕に巻きつけ、CQCの間合いから一転して中距離の射撃姿勢へと移行する。
「祖国の未来のためだ。死んでもらう」
「……ワシらも、引けんのじゃ!」
信長は一切怯むことなく、逆にエリアスに向かって真っ直ぐに踏み込んだ。
彼らは知っている。
地球の歴史を変えるオーパーツ『世界樹の霊水』の価値を。
それを持ち帰れば、自国の防衛力、外交力、そして病に苦しむ多くの命が救われる。
彼らが背負っているのは、ただの軍人のプライドではない。国家の命運そのものだ。
ダダダダダッ!!
エリアスの放つ弾幕が、信長の足元と周囲の空間を完全に制圧する。
逃げ場はない。
だが、信長は瞳を閉じ、自身の『闘気』を極限まで高め、夕日丸の刀身に纏わせた。
親父から教え込まれた、命を捨てる覚悟の剣。
「——北辰無双我流・奥義——」
信長の周囲の空気が、爆発的に膨張した。
「——『天魔落とし』ッ!!」
ドンッ!! と大地が砕け、信長の巨体が砲弾のようにエリアスの懐へと突っ込んだ。
放たれた弾丸を刀の腹で弾き落とし、そのままの勢いで、必殺の唐竹割りがエリアスの脳天へと振り下ろされる。
「……ッ!!」
エリアスは、自身の計算を超越した信長の気迫に、初めて目を見開いた。
彼は咄嗟にライフルをクロスして盾にする。
ガガガガガガガッ!!!
鋼の刀身と、強化プラスチックの銃身が激突し、凄まじい衝撃波が森の木々を薙ぎ倒した。
信長の剛腕が、エリアスの防御を力で押し潰そうとする。
「……ぐうぅッ……!」
エリアスの膝が、泥に沈み込む。
「ワシらの……勝ちじゃァァァッ!!」
信長がさらに闘気を込め、夕日丸がライフルの銃身をミシミシと軋ませ、断ち切ろうとした、その刹那。
——ピピッ。ピピッ。ピピッ。
ポポロ村全体に、朝の訪れを告げる長閑なチャイムの音が響き渡った。
同時に、両軍のスマートフォンに『全体通知』のメッセージが強制受信される。
信長とエリアスは、互いに全力をぶつけ合ったまま、ピタリと動きを止めた。
殺し合いの最中であっても、この村からの通知を無視することは『死』を意味するからだ。
二人は睨み合ったまま、片手でスマホの画面を確認した。
そこには、村長キャルルからの可愛らしい顔文字付きのメッセージが届いていた。
『おはようございまーす! ルナミス帝国軍さん、レオンハート軍さん! 旗の回収、おめでとうございます! ٩(๑>∀<๑)۶』
「……なんじゃ、このタイミングで」
「……嫌な予感しかしない」
『さてさて、ここでルールの再確認です! 勝利条件は【相手の旗(50kg)を奪い、24時間自陣でキープすること】ですよね?』
『つまり、今から丸1日、あなた達には旗の防衛戦を頑張ってもらいます!』
『あ、言い忘れてましたが!』
次の1行を読んだ瞬間。
極限の死闘を演じていた日米の精鋭たちの顔面から、スゥッと血の気が引いた。
『——旗を持った状態での【ポポロ村の各種施設の利用】は禁止されてませーん! むしろ大歓迎! だから、24時間旗を守りながら、タバコ農園のバイトにも来てね! じゃないと、今日のお弁当代(PRO型)、払えませんよ?♡』
「…………」
「…………」
信長とエリアスは、ゆっくりと互いの武器を下ろした。
「……おい、エリアス」
「……なんだ、サカガミ」
「ワシら……この50kgの純金の塊を担いだまま……今日も、タバコの葉っぱを摘まんと……メシが食えんのか?」
「……そういう、ことらしいな。……ニャングルの店で、旗を片手に買い物もしなければならない」
『24時間自陣でキープしろ』というルールの真の恐怖。
それは、敵からの襲撃を耐え忍ぶことではない。
50kgの巨大な金属の塊を背負いながら、**『ポポロ村の極悪な物価と、過酷な日雇い労働(日常)』**を通常通りこなさなければならないという、絶対的な理不尽だった。
「……隊長。俺、腰がもう限界っす」
50kgの旗を背負った赤城が、白目を剥いて膝から崩れ落ちた。
「……義正、今日の資金の残りは」
「……先ほどのPRO型の購入で、完全にゼロだ。バイトに行かなければ、今夜はまたあのMRE(黄色いゴム)だぞ」
朝陽が、ボロボロになった両軍の兵士たちを照らし出す。
彼らの手には、祖国の未来を背負う『黄金の旗』。
だが、その旗は今や、彼らの労働と生存を脅かす「50kgの呪いの装備」へと変貌していた。
「……一時、休戦じゃ」
信長が、深く、ひどく深くため息をつきながら夕日丸を鞘に収めた。
「……ああ。共に、農園へ向かおう」
エリアスもまた、疲労困憊の表情で銃を下ろした。
かくして、人類最高峰の軍人たちによるオーパーツ争奪戦は。
50kgの旗を奪い合いながら一緒に農作業をするという、人類史上最も過酷でシュールな『24時間耐久・防衛&アルバイト地獄』へと突入していくのだった。




