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22 Only Magical girl

 体が、軋む。力がまるで入らない。それでも、膝はつけない。


「変身を解除されたにもかかわらず、よく立っていられるものです」


 言い返す余力すら、絞り出す力がない。


「フィードバックを遅らせている、というところでしょうか。魔力も残滓しかないでしょうに、よく耐える」


 あるいは、立っているのも奇跡かもしれない。それでも、まだ倒れるわけにはいかない。


「ですが、すべてを失ったあなたに、勝ち目はありません」


「どうして……!」


 かろうして動く喉から、できる限りの声量でシエルに言葉をぶつけたつもりだった。それも、ほとんど搾りかすのようなものしかでなかった。


「私の力で変身したのですから。私の力がなければ戦えないのは道理でしょう」


 残ったのは、脆弱な肉体のみ。シエルの助力がなくなった今、オレに超常の力を扱う能力は消失した。


「帰る、というのであれば止めはしません」


 だが、ここで退けば、ここまで体を張った意味がない。今は、この体が鉛のように重いだけ。動かないわけじゃあない。力の入らない身体で、剣に手を伸ばし、シエルの一挙手一投足を見破るべく全神経を傾ける。


「……く、そ」


 だが、剣に伸ばした手に力が入らない。先ほどまで軽々振り回せたのに、持ち上げることさえ叶わない。


「わかってはいましたが、わからず屋ですね。では、その体に教えて差し上げましょう」


 シエルの魔杖の先に火が集う。あれが火球となって射出されれば、無抵抗であればオレは消し炭になる。


「……まだだ」


 だから、力の籠らない腕に命令を通す。今まで通りでなくてもいい。動けばいい。


理屈など越えて、結果だけを――――。


「さようなら、ミタカゲッコウ」


 ガチリ、と何かがかみ合うような音がした。体の中で、何かが『循環』する。その渦に身を任せる。


 動かない(こわれた)はずの腕が、剣を握りしめた。


「燃え尽きなさい」


 眼前より火球が飛来する。当たれば死ぬ、と理解して、脳がスパークする。


「――まだだ」


 体内の命令を暴走させて、焦げ付いた剣を振りぬいた。


 その剣閃は火球を真っ二つに切り開いていた。




 目の前のシエルの表情は無表情から、訝しむようなものへと変化していた。


「――漆黒の外装。黒騎士の力を部分的に解放している、ということですか」


 いつの間にか、オレの体の一部が、黒い鎧に包まれている。


 だが、理屈なんて、どうでもいい。


 火が消えて黒ずんだ剣の切っ先を少女へと向ける。


 あまりにも、今までよりも、ずっと重いけれど、戦うための剣を下すわけにはいかない。


「シエル! どうして、オマエは――――」


 戦うのか。


 そう問おうとして、返答は炎の矢で返ってきた。


 剣は重くて、とっさに振りきれない。


 だが、このまま貫かれてはここで何もかも終わる。


 剣を引きずりながら、倒れこむように躱す。


「けれど、無様。あくまでハリボテが動くに過ぎません」


 シエルは淡々と、体の動かないオレを貶めてきた。


「なんだ、そんなに文句があるのか」


 体を起こしながら、少しでも時間を稼ぐために言葉を口にする。


「あるに、決まっています」


 炎の華が少女の怒りを示すように輝きを増す。


「どうして、あなたはそんな体で戦おうとするのか」


 二枚目の花弁が大きな砲弾となって少年へと放たれる。


 回避は不可能。迎撃すべく、重い剣を肩に担ぐ。


「オマエだってよく知ってるんじゃないのか」


 斜めに切り下ろすことで、砲弾は崩壊する。


「――その体では、その力では、魔王には勝てない。まして、私にも」


 三枚目の花弁は少女の手に槍として握られた。


「なのに、どうして、どうして、どうして――――!」


 四枚目の花弁は槍の後ろに接続された。


 シエルが力の限り投げると、接続された花弁が爆発し推進力と化した。


「――――!」


 炎の槍を打ち払うために剣を振り上げる。


 激突の瞬間に、槍自身が爆発した。


 その衝撃を抑える機構も、躱す速度もない。


 だから、この身のままで爆風を受け止めるしかない。


「ぐ、あ、アァ――!」


 熱い。燃えるように、熱い。


 耐え切れなくて、膝をつく。


 立ち上がるはずの力を得たはずなのに、前にすら進めない。


「本当に、弱い。力が足りない。その脆弱な身体で、どうして立ち上がるのか」


 そんなことはわかってる。


 アイツが本気なら、一撃命中すれば命なんて残らない。


 ひざをつける程度には手を抜かれている。


 殺さず、生かさず。彼女が戦う理由も、手を抜く理由もわからない。


「もう、とどめをさしましょう」


 残る五つの花弁が、緩やかに回りだす。


炎天回廊(サーキット)充填(オープン)


 回りだした花弁の一つ一つが人よりも大きな円を描く。その五つの輪は、シエルとオレの間に炎のトンネルを作り出した。


 まるで、それは巨大な砲台のようだった。


開け(セット)荒れ狂う炎の華よ(フレイムコースター)


 舞い散ったはずの四枚の花弁がシエルの元へと収束する。


 数は一瞬で十にも、二十にも、あるいは百にも届くほど増殖した。


 形状は、手のひらよりも大きな弾丸となり、放たれるのを今か今かと待っている。


 一つ二つならともかく、あれだけの連撃を受け止めることなんて、オレにはできない。


炎天よ、降り注げ(さようなら、淡い希望)


 紅い、死が降ってきた。











 ひざをつくことすら叶わない。


 ただ、横たわるのみ。


 戦う力が尽きたのだ、と少年が感じた時。


「ようやく、残滓の魔力もつきましたか」


「が――――ぁ」


 現実に脳が追いついた時、体の方も現実へと到達した。


「それが、変身を多用したものに待つ運命です」


 大地の槍が脇腹をえぐった傷。


 奇術師の決死の一撃による全身への衝撃。


 氷の大剣を打ち破るために生じた全身の損耗。


 そのすべてが、少年に牙をむく。


 悲鳴など上げられない。


 ただ、少年は倒れ伏したまま。


「本当に。よくここまで戦い抜きました」


 少女の声は平坦で、感情を感じさせない。


 ただ、一度だけ息をついた。


 その様子は、観測する人間が居れば疲労から漏れたようにも、失望から吐き出されたようにも見えたかもしれない。


 少年はもう戦えない。


 魂が足りなかったのでも、理想が悪かったのでも、勇気が欠けていたのでもない。


 戦うための力を失ったから少年はもう戦えない。


「ですが、力のない人間はここで眠りなさい」


 あとは少女が最後の始末をつけるだけでこの戦いは終了する。






 もう、力はない。


 体を流れていた魔力は感じない。


 腕を動かすための電気信号が流せない。


 足に力を籠めるだけの気力がない。


 もう、何もない。


 限界を超えていた、と思ったが、そんなことはなかった。


 ここが、限界だ。


 心の内では、もう折れていたのだ。


 肉体などもう動かない。


 裏切ることはないと思っていた仲間に裏切られ、ただ一つ動く心も凍り付いた。


 どうやっても、相打ちにすらとどかない。


 誇りなどという生死を賭ける戦いに不要な概念も持ち合わせてはいない。


 ああ、でも、シエルに負けるのなら。


 きっと、仕方ない。


 ああは言っていたけれど、きっと何か考えがあるんだろうから。


 ここで、あきらめてしまうのも仕方ない。






『それは、本当か?』


 (うつつ)とはかけ離れた空間。


 漆黒の鎧の男が語りかけてくる。


 本当に決まっている。


 全部、全部。


『いやあ、まさか』


 オレの否定を、否定される。


『キミに力はないかもしれない。筋肉が、気力が、心が、限界かもしれない。あきらめることはあるかもしれない。でも、俺はキミがついたたった一つの嘘だけは見抜いている』


 何も嘘なんてついていない。だって、この体の全てが、戦うことを拒絶している。


 だから、戦えない理由に嘘なんてついていない。


『違う、違うとも。キミが戦えない理由はそんなものじゃあない』


 もう一度、オレの否定を、否定された。


『だって、そうだろう。目の前の女の子があんなにも泣きそうなんだから、剣の一つも鈍るものだ』


「…………」


 それは、おかしい。


『顔を見なくたって感情が伝わるくらいだ。彼女が体を得てしまったらどんなにつくろったってわかってしまう。そうだろう? ほんの短い時間とはいえ、キミの戦いは彼女とともに乗り越えたはずだ。なら、彼女の嘆きは痛いほどに伝わったはずだ』


 その理由だけはありえない。


『だから、キミは戦えない。理由がわからずとも、その嘆きにキミの剣は鈍るはずだ』


 それは、違う。


「そんなはずは、ない」


『どうして? キミはそんなにも心が鈍かったか?』


 違う。理由を認めたくないからじゃあない。


「もしもアイツの嘆きがわかっているのなら、この体はこんなところでくたばっていていいはずがない」


 だから、立ち上がらないと。


 見据えた先に居る男の目は、黒く、そしてギラついていた。


『俺と同じ、良い執念だ。なら、この手を取るといい』


 目の前に、漆黒の手甲を纏う手が差し出された。


『キミの中に眠る黒騎士の力を呼び起こそう。命を捨てるなら、魔王に匹敵する力と剣を与えよう』


 男の声は覚悟を問うように、低く、冷たかった。


 きっと、この手を取れば、戦うための力が手に入る。


 燃え尽きることを許容すれば、必ず戦える。


「だけど。それじゃない」


 漆黒の手甲をはねのける。


 その黒い鎧が敗北し、彼女が慟哭する様をオレは知っている。


 だれよりも、目の前の彼女にとって、この鎧は絶望の証。


 それでは意味がない。


『――――』


 彼女に希望を見せるというのなら。


 彼女のあふれそうな涙を止めるのなら。


 きっと、オレは理想に手を伸ばさないといけないはずだ。


「オレの理想は、それじゃない」


 オレの言葉は、拒絶だった。


『――――』


 なのに、男が、鎧の奥で笑ったような気がした。


『なら、餞別だ。立ちあがる力くらいは手を貸そう』


 男の左手が、オレの胸を軽くたたいた。


 動かないはずの心臓から、鼓動が聞こえた。


『シエルを頼んだよ』











 意識が消えたはずの少年の左手が、わずかに震えた。


 それを見たシエルの瞳がわずかに揺らぐ。


「すべてが消えても、まだ戦おうとする意志は認めましょう。ですが、あきらめなさい」


 彼女は、自らの手でとどめを刺さず、万全を期すことにした。


 背後の花弁が一枚だけ千切れると、その大きさはそのままに燃え盛りながら、ひらひらと少年へと落ちていく。


 その花弁が落ちた時、心を焼く炎が辺りを包み、少年の意識は消えるだろう。


 少年の左手は、怠慢な動作でゆっくりと折りたたまれていく。


 その過程で、少年の裾に隠れていた金に輝く腕輪が姿を見せた。


「――――」


 輝きを見て、惹かれるように、シエルは一歩だけ進んでしまった。


 その一歩で、見えてしまった。


 炎が覆い隠す直前に、燃え上がる少年の瞳を。












「……まさか」


 声が、聞こえる。


 地に伏せても、どこか遠いけど、シエルの声が聞こえる。


「意識は焼いたはずなのに、どうして」


 まだこの体は残っている。


「――なぜ、そんなことを」


 なら。戦うための力を呼び起こす。


「なぜ、まだ戦おうとするのですか」


 この傷ついた体への命令は一度きり。ボロボロの腕をついて、無理にでも立ち上がる。


「――――――!」


 もう、外の声は聞こえない。


 でも、左手から届く心臓の鼓動は高鳴っている。


 体は、ようやくと言った次第だけど立ち上がった。


 まだ、心の方は動いている。


 オレの意思に対応するように、腕輪が、煌々と輝いている。






 変身には、三つの条件がある。


 一つは願望の根源となる魔力。


 それは輝く腕輪と、胸に残った宝石がある。

 一度きり、でいいのなら。きっと、あの二人はこの願いをかなえてくれる。


 二つは元となる肉体の存在。


 傷だらけの身体はここに。

 もう、止まる寸前だけど、まだ動く。


 最後の三つは、変身した後の理想となる姿を持っていること。


 言っていたはずだ。


【変身】は願望をかなえ、その人間がなりたい姿になる。


 今までの変身はオレ自身のものではなかった。



 なら、オレの理想とは何だったのか。



 星の王女たる、誰かのために命を張る少女にあこがれた。

 太陽のような、燃えさかる正義の姿。

 彼女の瞳に当てられたから、今ここにいる。

 オレの理想は、彼女の意思を抱えていなくてはならないし、抱えていたい。


 ともに戦ってきた結晶に、その力不足を思い知らされた。

 剣だけでは戦えない。

 飛び交う火球とも、彼女の炎の花弁とも渡り合えるような、力が必要だ。

 そして、彼女の希望となれる姿でいたい。


 見送られた妖精に、勇気をもらった。

 きっと、彼女がいなければ立ち上がることはできなかった。

 だから、彼女の応援に応える身体でないと。

 そして、出会ったときの彼女を救えるような、勇気がいる。



 それは、誰かのために戦う、夢を背負う姿であるべきだ。

 それは、どんな状況にでも対応できるよう、魔法が使えなくてはならない。

 それは、オレが最初にあこがれた理想を体現する存在でなくてはならない。




 ならば、魔法少女しかない。




 あとは、詠唱すればいい。


 喉は焼け落ちているけれど、まだ心は残っている。


 なら、行けるはずだ。


 ――――魂に火をつけて、変身する。











 シエルは理解した。


 彼は間違いなく、変身する。


 理屈の上では不可能だ。焦げ付いた肉体と、使い切った魔力、限界に到達した気力。どれをとっても、立ち上がることさえ不可能だ。


 だが、少年は理屈を超えた現実の上に立ち、今にも変身に至ろうとしている。


 収束するしつつある魔力が、その証拠だ。


 だが、変身の瞬間、その人間は無防備になる。


「これで、終わりにしましょう」


 少年に、身を穿つ隙を与えない実力はない。


 身を包む炎の装束はない。


 身を託す仲間の影もない。


「眠りなさい、ミタカゲッコウ」


 ならば、この一撃の命中によって少年は敗北する。


 意識を燃やす炎の球が、無慈悲に、無防備な少年へと射出される。











『――無粋だな』


「なに?」


 だが、何もないはずの少年の目の前で、その炎は消滅した。


 その身を守るべく、薄くも確かな氷の壁が存在していたからだ。


『無粋だな、と言ったのだ、アルカンシエル』


 その声の主は広がり続けたその空間のさらに上。


 この空間の真上に位置するはずの座標から届いている。


 座しているであろう人物はただ一人。


「フェンリル……! なぜ邪魔をする!」


 少女の慟哭を、獣は笑う。


『立ち上がらぬなら見捨てた。愚かでも朽ち果てたなら見送った。滅びの行く末でも見守っただろう。だが、生まれる前にその力を削がれる、というのはあまりにも無粋』


「理解、できない」


 飛ばす。すべてを込めて、シエルは最も隙のあるこの瞬間にすべての花弁を叩き込む。


『理解など求めてはいない』


 九枚の炎の花弁の嵐を受け止めるべく、一枚の巨大な氷の防壁が展開する。


「――その程度、打ち破る」


 だが、この異質な世界の外側から構成された氷壁はあまりに脆い。激突と同時に、急速に壁は溶けていく。


「元より、この空間と地上は異界。外からの干渉など、羽虫の羽ばたきに過ぎません」


 あと、二秒。それでこの壁は崩壊する。


『元より、これ以上手を出すつもりもない。外からの干渉など、波しぶき一つで十分よ』


 その二秒で、音が一つ、世界に増える。


「トランス・イグニッション!」


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