21 秩序もたらす炎天
目の前にいるのは、星の王女に違いない。
だが、その髪はあまりに赤い。
右手に持った炎の杖は、ソレイユが一度手にしていたものにそっくりだ。
そして、背後にそびえる『九枚の炎の花弁』は燃え盛り、その姿が持つ本来の力を引き出しているのだと喧伝している。
「ようこそ。こうして人間の姿で向かい合うのは二度目ですね、ミタカゲッコウ」
あれは、三鷹月光の鏡ではない。
なぜなら、オレに星の王女本来の姿の知識はない。話には聞いていたが、あれほど正確に炎の花弁を背に出すことはできない。
あれは、ソレイユ本人ではない。
なぜなら、彼女はあれほどの力を出すことは現状できない。あれだけ傷ついた彼女が、起き上がれるかさえわからない。
なら、あの姿を持っているのは。
「オマエは、何者なんだ」
「以前もお答えしたはずです。あなたは私。私はあなた」
その答えは前にも聞いている。
だが、以前と違うその口調。その物腰。
その口調は、いくら何でも、よく知ってるやつに似すぎている。
「なあ、シエル。目の前にいるやつは一体何者なんだ」
何でもいいから答えてほしかったのに、その問いに結晶は答えない。
かわりに、目の前の少女が無表情に口を開いた。
「まだわかりませんか。私の名前はイリス。四天の頂の一人にして、DDの幹部の一員です」
「それは、わかってる。ここに立ってるやつは、イリスしかいない。そんなのは、わかってる」
「……察しているのか、あるいは理解を拒んでいるのかわかりませんが。アルカンシエルという名前も、また私です」
どうしてか、なんとなく理解していた。
「そしてこの体は、あなたと共に戦ってきた魔導兵器が【変身】した姿です。そう言えば伝わるでしょう?」
胸の結晶は輝きを失って黒くくすんでいる。
代わりに、目の前の少女の目は紅く輝いている。
直感的に、理解する。
疑う必要もない。
目の前の少女は、オレに力を貸してくれたシエルで間違いない。
「より正確に言えば、この部屋でのみ行える疑似的な変身であり、本来の星の王女よりも文字通り一枚劣ります。……これ以上、説明が必要ですか? それとも証明を求めますか?」
「いいや。オマエの言葉を疑うつもりなんてない。だから、戦わなくてもいいだろう」
戦う意思はない、と剣を床に突き立てる。
けれど、目の前の少女の杖は未だにこちらを見据えている。
「オマエがシエルなら、戦う必要なんてないじゃないか。オレの言いたいことは分かっているだろう。そこを通してくれるだけでいい。なんなら、シエルが変身できるっていうなら手伝ってくれても――――」
言葉を終える前に、オレの横を火球が通り抜けた。間違いなく、シエルが射出したものだ。
「あなたは本当に、欠けている。どうして私がここに立っているのか、想像もつかない、とでも言うつもりですか」
「……なに?」
「私の本来の所属はDDの幹部の一角であり、ソレイユ・デレミー・エトワールの仲間などではありません」
乾いた笑いが、自分の喉から漏れる。
「……冗談言うなよ、今までさんざんそのDDの奴らを倒してきたじゃないか」
わかっている。目の前のシエルを名乗る少女が、そんな冗談を言うような顔をしてはいない、なんてことは。それでも、言わずにはいられなかった。
「この戦いは次元の鍵、という景品を賭けた争奪戦、というのは覚えていますか」
「魔王の幹部から見たら、だろう」
「そして、その争奪戦というのは景品を真っ先に取る必要はない。先に、利益が重なる敵をすべて倒してから、後でゆっくりと奪ってもいい。違いますか」
「……冗談、なんかじゃないんだよな」
「もちろん」
シエルの表情は固く、ただ淡々と事実を述べている。礼儀正しい、彼女の気質は変わっていないのかもしれない。それなら、対話の余地はあるかもしれない。
「なあ、この戦いは、この世界を支配する権利を得るための戦い、なんだろう?」
「ええ」
「他の幹部は全員倒した。なら、今はシエルがこの世界の権利を得てるんだろう? なら何もしない、なんて選択肢も――」
「まさか。ありえません」
オレの提案は、一蹴された。
「その時は魔王が直々に次元の鍵の心臓を破壊し、次元転移の門を開くでしょう」
「――――」
それはつまり、リアが犠牲になる。そんなこと、少しでも考えればわかるのに、目の前から目を背けたくて、つい口に出てしまった。
「そもそも、魔王がいる限り、この世界の文明が滅びる運命は変わりません」
「それなら、どうしてオマエは魔王の元についてるんだ。世界を支配したい、と考えてるやつがソレイユに協力するとは思えないし、その逆もそうだ」
誰かのために戦うあの少女が。
ほかならぬ魔王によってもたらされた地獄を経験したあの少女が、魔王に協力するとは思えない。
そして、ともに戦ってきたシエルという存在も、そんな彼女を裏切るようには思えなかった。
「合理的だからです。魔王に与する方が、より平和な世界を導くためには効率がいい」
「……どういう意味だ」
魔王の側についたって、平和なんて来ないことは分かっているはずなのに。
シエルの姿はほんの少しも迷いなどなさそうに見えた。
「魔王はすでにいくつもの世界の文明を滅ぼしてきました。人間の思考を奪い、自由を奪い、養分とし、搾取し、人類の全てを家畜にし、生きる屍にする。それは人類にとってあまりに不服でしょう」
以前、シエルに見せられた、地獄のような光景を思い出す。
人類が蹂躙され、化け物がはびこる世界。
あの世界が、人類にとって、不服でないわけはない。
「そして、彼は強大な力を持っています。逆らえば、さらなる地獄をもたらされます」
「シエルなら、どうするっていうんだ」
「魔王と人間。両者が最大限の利益を手にできる状況を作ります」
「……想像できないな」
「人類の自由はほとんどなくなることに変わりありませんが、意思だけは残して見せます。下等生物扱いとはいえ、思考することはできる生命体として、人間としての存在意義だけは残して差し上げます。そのほうが、魂の収集効率も良い、と提言すれば魔王はそれも悪くないと受け入れました」
……きっと、あのような地獄ではないのかもしれない。
彼女に見せられた、涙も枯れたような地獄にはならないのかもしれない。
「魔王に蹂躙に近い支配をされるよりも、私にそのすべてを管理される方がいくらかマシ、というものです。そんなこと、ミタカならわかるでしょう」
シエルの言葉が理解できない、なんてことはない。
反抗の末に滅ぶよりは、恭順してでも生き残るべきだということだろう。
きっと、彼女は彼女なりに、よい世界にするために、最善を尽くしているのかもしれない。
でも、それは。受け入れられない。
「シエルの世界の言う世界っていうのはさ。みんなが泣かずに済んで。みんなが笑える。誰も傷つかない世界なのか」
「誰も泣きませんし、誰も笑いません。人間の感情、というのは人間としての最低限度の生活には不要ですから」
それでは、意味がない。
そんな影のさす世界では、ソレイユは笑えない。
「今の話。ソレイユは知らないだろう」
「ええ。彼女には『平和』を作り出した後、ゆっくりと受け入れてもらう算段でした」
「――何も知らせずに利用したのか」
「ええ。私はこの肉体を使えませんから、こちらの世界で戦うには誰かを変身させる必要がありました。それがソレイユであり、あなたでもありました」
きっと、ソレイユも誰かの手のひらで踊らされていたことなんて承知の上だった。
それでも、彼女は誰かが悲しむ未来のために泣いていた。
そんな心優しい彼女の望んだ先は、笑える世界であってほしい。
「なら、やっぱりオレは魔王の元に行く。だから、通してくれ」
シエルはオレの言葉にゆっくりと首を横に振った。
「あなたでは、私に勝てない。そして、私の力を真の意味で超える魔王には及ばない。そんなことがわかりきっていては、ここを通すのも無駄。であれば引き留めるのは当然でしょう」
「勝ち目は限りなく薄いかもしれない。でも、ここで引き下がるわけにはいかない」
オレの言葉を聞いても、シエルは失望したようにため息を一つついただけ。
「もしも、星の王女を使いこなせるのなら。もしも、黒騎士の力を引き出していたのなら。勝ち目は万に一つを下回る程度であれ、わずかにはあったかもしれません。ですが、そんな剣を振るうだけの姿では、勝ち目などありません」
突き刺した剣を引き抜き、シエルに向けて構える。
「やってみないと、わからないだろう」
オレの言葉を聞いて、シエルはため息をつく。
「……愚かな選択です。わずかにも戦う力があるから、そんな選択をするのでしょう」
目の前の少女は炎の杖を床に突き立てた。
ついで、空いた手のひらがこちらにかざされた。
その動作から、会話の前に打ち出された火球を連想した。
だが、それは最大の隙だ。火球をしのげば、接近すればこちらは剣で向こうは無手。得物の差は絶対的で、接近さえできれば勝ちに至るだろう。
「あなたの力が、どこから来たものか、覚えていますか」
だというのに、剣を握る手に力が入らない。
オレの手の中から、武器が零れ落ちる。
その剣からは炎が消え、燃え尽きた炭のようになっていた。
「あなた自身から来た力などではない。一番初めから、そうだったでしょう、ミタカゲッコウ」
シエルが突き出した手を握りしめた瞬間。
オレの体からすべての力が抜けるような感覚がして。
体が鉛のように動かなくなっていた。
「な、にを」
した、と問う声までは出せなかった。
「なに、と問われれば、答えましょう」
なぜなら、理解してしまったからだ。
「あなたの変身を解除しました」
己の喉から出る声は低い男の声だった。
腕は、見慣れた男の腕だった。
着ている衣服は、見慣れた学校の制服だった。
「さようなら、星の王女」




