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雨垂れ



 灰色に曇ったガラス窓を、雨が何度も何度も叩く、叩く。

 ばしゃばしゃばしばし、ばしゃばしゃばしばし。

 幾分か勢いを増してきた風と相まって、外はすっかり騒々しくなっていた。


 ――それとは対照的に。

 俺とアクアマリオンは至って静かなものだった。


「そろそろ入ってもいいんじゃねえの? もうすぐ指定時間だぜ」

「……少し待って。心の準備を……」


 緊張した様子でアクアマリオンは言う。

 最近ほんと感情豊かになったよな、こいつも……。

 何となく、手持無沙汰に辺りを見回した。


 校長室の扉は、至って簡素なものだった。

 魔法使いの学校な訳だし、なんかこう、ガーゴイルとかスフィンクスとか、凄いファンタジックなセキュリティ的なのがあるのかと思ってたけど……。

 なーんにもないでやんの。

 つまんねー。


 などと思っていたら――隣で、よし、とアクアマリオンが小さく唸った。


「おう、もう心の準備とやらはお終いか?」

「うん……でも、気を付けて」

「あん?」


 深い藍色の瞳に、心配の色を浮かべながら彼女は言った。


「彼女は……その、あまり良い人であるとは言い難いから」

「良い人とは言い難い、って。具体的に言うと?」

「以前のあなたと大差ないくらい」

「何だ、聖人君子じゃねえか」

「……」


 ぶすくれるアクアマリオン。

 思いの外インパクトのある表情だったので、俺はつい吹き出してしまった。


「ぶふっ……お、お前、何だよその顔」

「わ、笑いごとではない! 彼女は本当に――」

「ああー、うん、分かってるよ。分かってるからマジでマジで」


 俺は掌をひらひらと振った。


「大丈夫だって、少なくともその校長とやらより俺のが遙かに強えから。直接戦ったことだってあるんだ、分かるだろ――だから、そんなビビってんなや」


 ――いざとなったら、俺がボコボコにしてプライドへし折ってやっから。


 てなことを真面目なトーンで言ってみた。

 我ながらちょっとキモいな。


「……あ……う、うん」


 ん、どうしたんだろう。

 急に受け答えのテンション下がったなこいつ。


「あり、が、とう……」

「え? ああ、おお。そうかい」


 言われたアクアマリオンは、少し頬を赤くして――小さく礼を告げてきた。

 そんな感謝されるようなこと言ったかな俺。

 何だか変テコな、微妙な空気が流れる。

 場の雰囲気を変えるべく、適当なことを喋ろうとして――


「そ、それじゃあ、シズム。校長室へ」

「ああ、うん。オッケー」


 何かを誤魔化すみたいに彼女は扉を指差した。

 いや、最初からお前の決心待ちだったんだけどな。

 別にいいけどさ。


 そんな訳で、ドアノブに手を掛けた瞬間――



「っ――相変わらず、趣味の悪いことをっ」

「ん、おお」



 ――膨大な魔力が、扉の向こうから吹き出し始めた。

 成程、これは確かになかなか……。


 主は言うまでもない。

 間違いなく、部屋の中に居る人物――校長だろう。

 流石は(一応)世界最高峰の魔法学院、その長か。

 今までに出会った魔法使いの中でも、問答無用の断突トップ――ギルドマスターが赤ん坊か何かみてえに思えるほどに桁違いの波動を感じるな。

 例えるなら、そうだな……合同演習の時に戦った神獣数匹分くらいだろうか。


 ……いや、うーん。

 それだとなんか、言うほど大したことなくないか……?


 いやだってさあ、全力の一パーセントも出してねえ俺に一撃でブッ飛ばされたヤツが何匹集まろうとなあ。

 別に、正直、別に何もって感じかなあ……。


 ふと隣を見ると、アクアマリオンが真っ青な顔を汗まみれにしていた。

 ドレスの裾からぽたりぽたりと汗の雫が落ちている。


「……おい、何やってんだ? 熱中症かよ雨降ってるってのに」

「な、何って、シズム――あなた、これが平気なの?」

「え? 別に全然だけど」

「あ、そう……」


 忘れていた。

 あなたに常識は通用しないんだった……。

 などとブツクサ言っているアクアマリオンを無視して、俺は今度こそ手に力を入れ――扉を開いた。





「……おう、やっと来たね。待ちくたびれたよ、二人とも」





 そこに居たのは、驚くほどに幼い一人の少女――いや、幼女だった。


「ふむ――君が、シズム=ドラゴリュートくんか」


 鈴を転がしたかの如き、涼やかな音色――

 大きく豪奢な椅子に、その細く小さな躰を深々と預けながら、彼女は言った。

 その声には、確かな好奇心が現れていた。


「なるほど。にしても大したものだ――私の魔力を浴びてパニックにならない子は初めてだよ」


 アクアマリオンなんか、未だにビビりっぱなしだものねえ。

 幼女は面白そうにケラケラと笑った。

 不愉快そうに顔をしかめるアクアマリオンを尻目に、おざなりに返事をした。


「……そりゃ、どうも」


 言いつつ、俺は目を細める。

 ――物凄い綺麗な子だな。


 腰の辺りまで伸びた髪はブラックパールみたいに艶やかな漆黒で――緩くウェーブの掛かったそれは、さながら最高級の絹糸のようだ。

 整った睫毛に隠れた瞳は、アメジストと同じだけの輝きを宿していて。

 きめ細やかな肌はシミ一つない純白――

 その美貌はガレットやフォルミヘイズ、アクアマリオンに勝るとも劣らない。

 綺麗だけど、どこか妖しい――まさしく完全無欠の美少女って感じだ。


 だけど……何か、異様だ。



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