校長
「素晴らしい。Sクラス判定を貰うのも当然か――どれ、少し顔を見せてくれ」
ぎしっ、と椅子を軋ませつつ、校長は優美に立ち上がった。
舞い踊る黒髪――ミルクのような甘ったるい香りが辺りに振り撒かれる。
その完璧な立ち姿にも、やはり何か違和感を覚えてしまう。
そう――彼女は、幼い。
あまりにも幼過ぎるのだ。
鼻先まで迫った校長のかんばせを眺めながら思う。
並の男ならむしゃぶりつきたくなるほどの美貌。
童女と言っても過言ではないほどに幼い――背徳的な、退廃的な愛らしさ。
Sクラス連中をして霞むくらいに絶大なエネルギー。
彼女を構成するありとあらゆる要素がめちゃくちゃに反発し合い、結果形容し難い異様さを醸し出しているのだろう。
「へええ、これはなかなか。私も見てくれには自信のあるほうだけれど、君には劣るな。本当に男の子なのかい?」
「当たり前だろ。生徒の性別すら見抜けねえのかよ」
「手厳しいね。しかし――聞いていたけれど、本当に女神さまみたいじゃないか」
きゃいきゃいと童女のように騒ぐ校長。
“少なくとも、外見は”ガキなんだから仕方がないんだけど。
驚いた驚いたってクソ喧しい。
実際、エストの歴史の中では本当にとんでもない――
驚くようなことが結構頻繁に起こっていたりする。
例えば、そうだな……。
今、世に浸透している術のほぼ半数がココで開発されたものだってこととか。
その術の大半が一人の魔女によって作られたこととか。
彼女は現在、学院の校長を勤めていることとか。
――エストの校長は、創立当時から一度も交代されたことがないこととか。
そんな背景があるモンだから、校長と言われて、てっきり命の水やら賢者の石やらで強引な延命を繰り返してきた死ぬほど醜い老人を想像してたんだけど。
これは、ちょっと、予想外だったな――目の前の少女を見つめる。
視線に気が付いた彼女は、蠱惑的なまなざしを俺に返してきた。
「もしかして――私のこと、少し若作り過ぎないって思っちゃったのかな」
「まあな。一体どんな裏技を使ったんだよ?」
「裏技だなんて。別に大したことはしていないさ」
校長は妖艶に笑った。
「魔法使いというのはね、その力量がある一定の段階に達すると成長が止まってしまうものなんだよ。本来は、才有る術師がヨボヨボの爺さん婆さんになる頃、始めてそうなれるんだけど――私は十代半ばでその域に辿り着いてしまったからさ」
それだけの話だよ。
と、校長は爪先で床を叩いた。
「アクアマリオンの方はまだ全然だけど――君は、私と同じだろう? 年の割に、幼過ぎるものね」
「……ああ、そうだな」
喋りながら俺はアクアマリオンの言葉を思い出していた。
――校長は、良い人であるとは言い難い。
今になって彼女の言っていたことが分かる気がした。
何か、会話していていい気分がしない。
存在の軸が掴めない、まるで化かされているような気分だ。
モヤモヤするというか、上手く言えない、掌の上で踊らされているような感覚。
「――そろそろ本題に移りたい。“今回”は何の用?」
丁度いいタイミングで、アクアマリオンがずいと進み出た。
何だかちょっと怒っているような調子だ。
校長はおどけた仕草を取りながら、椅子に腰掛け直す。
「うん、そうだな――それじゃ、無駄話はこの辺にしておこうか」
などと言いながらも、ニヤニヤ笑いが剥がれていない。
つくづく腹の底が読めん。
……さっさと切り上げて帰りてえモンだな。
俺はポケットに手を突っ込みつつ言った。
「で、本題は何なんだよ、結局」
「いや、何。大した話ではないよ」
校長の背後――窓ガラスを、雨粒が勢いよく叩く。
「魔法学院なんぞやっていると、色んな所に貸しができてしまうものでね――定期的に“お願い”を聴いてやらなくちゃいけなくなるのさ」
やれやれ、いつの時代も学校の先生は苦労するものだね――
露骨に哀れっぽい風情を作る校長。
恐ろしく白々しいな。
「とは言え、私もそれなりに忙しい身でね。連中の吹っかけてくる無茶に一々付き合っていられるほど暇ではない。――そこで、私は考えた訳だ」
言って、彼女は芝居がかった調子で人差し指を俺たちの方へ向けた。
「うちの学院の生徒を、社会見学の名目で諸々のことに使えないかってね」
「……おい」
「いやいや、ただのパシリって訳ではないんだよ? エストの現状と生徒のレベルを各所に示すという意味合いも兼ねている訳だしね。だから、私の御眼鏡に叶う生徒にしか頼まないんだ――むしろ光栄に思うべきなんだって」
「……戯けたことを。興味があるけど、自分の身と地位に危険が及んだら困るから生徒を使いっぱしりにしているだけの癖に……」
アクアマリオンが小声で苛立たしげに突っ込む。
それに気付いてるのかそうでもないのか、校長はアメジストの瞳を俺へ向けた。
「さて、どうかなシズムくん? 私のお願い、引き受けてくれるかい?」
俺は、すう、と息を吸い――
「断る」
「んまあ、そうなるよね」
校長は俺の返答を予想していたかのように肩を竦めた。
当然だ。
何が悲しくてそんな便利屋染みたことをせにゃならんのだ。
遊びの約束もあるってのに、んなこたやってらんねえっつの。
しかし、ド直球に頼みを断られたというのに校長はまるで機嫌を損ねた様子がない。
どちらかというとむしろ、面白がっているような――
「でも君は怖くないのかい? 君は自分の通う学院の、その学長の頼みを断るんだよ? のちのち不味いことになっちゃうんじゃないかなー、とか思わない?」
「思う訳ねえだろう」
俺は校長に対抗するかの如く、ニタリと笑った。
「だって、お前よりも俺の方が遙かに強いしな。いざとなりゃ、学院ごとお前をねじ伏せて黙らせるだけだ」
「わははっ、そりゃいいね。素敵な決断だ」
彼女は怒るでもなく、ぱちぱちと両手を叩いて鳴らした。
「君も大概プライドが高そうな子だし、若いし、才能があるし。この世の誰よりも自分が優れていると思っている。そんな決断を下してしまうのも無理はないさ。いいねえ、若さ故の無根拠な万能感!」
――そういう子には、さ。
校長の唇が、三日月のように鋭く歪む――その白魚のような指が、動く。
「きちんと、身を以て分からせてあげなきゃね」
ぱちん、と軽い音が鳴って。
瞬間――世界が、ぴたりと止まった。




