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「ああ、いいねえ、その間抜けヅラ。つくづくこの瞬間のためだけに生きていると実感する」


 凍り付いて動かなくなった時計の針。

 回転を止めた惑星、流れぬ雲、空に立ちっ放す鳥の群れ。

 彫像が如く微動だにしなくなったドラゴリュートとアクアマリオン。


 何もかもが色を失った世界。

 ――今、この宇宙で無邪気にお喋りできているのは、この私だけだ。


「ちなみに、私が今使っている魔法は、まあ、予想は付いているだろうけれど――時間停止だよ。……あ、もしかして引いちゃった? あはは、まあそうなるよね。我ながらとんでもないことをしているなあって思うもの」


 いや、実際凄いことなのだ、これは。

 何せ時間停止――正確には時空操作の魔法なんだけど。

 私をして実在するのかどうかすら見当が付かなかったレベルでとんでもない術なんだよね。


 てっきり神話や伝説上の存在だと思っていたんだけどさ。

 まさか本当にあるとはなあ。

 そしてそれを手こずりながらも修得しちゃう私も大概物凄い。


「いや、長いこと生きているとねえ、どうにも退屈で退屈で仕方がなくってさ。色んなヤツを焚き付けて遊んだり、暴走し始めた所でズタズタにして心をへし折ってやったり、結構やんちゃしていたんだけど――ここ何百年かはマンネリ気味でさ。それで初心に帰って、こうね、若者の自尊心をね……ふふふ」


 正直に言うと、学院だとか以来だとか本当はどうでもいいのだ。

 実際、私が生徒たちに望んでいるのは、優れた業績などではない。

 ――傑出した才能と、相応に膨れ上がったプライドだ。


 鍛え上げられ、研ぎ澄まされた魔法の腕と。

 数多の修行の中で得た自尊心。

 その全てを圧倒的な力で踏み潰す。

 これをやりたいがためだけに、依頼などという踏み倒そうと思えば幾らでも踏み倒せるようなものをわざわざ引き受け、優秀な生徒に任せているのだ。


 さて、ドラゴリュートの精神はどうなっているかな。

 読心の術で彼の頭の中を覗こうと振り返り――頭にクエスチョンマークを浮かべた。


「あれ? ドラゴリュート、一体どこに――」

「へえ、これが時間の止まった世界か。なんかズル休みした時の街の静けさを思い出すな」


 ――心臓が、止まり掛けた。


「あ、え? ドラゴ、リュート? なんっ、どうして、動いて……」

「どうしてって言われてもな。単にお前の術がショボいだけじゃねえの?」


 混乱とパニックの中で何も言えなくなってしまう。

 そんな私を無視するかのように、ドラゴリュートは言った。


「にしても、コレが時間停止か。案外大したことなさそうだな」


 だって、とドラゴリュートは片手で壁に触れた。


「似たようなことなら、俺もできるしな」

「なっ!?」


 瞬間、大量の魔力を流し込み――途端、急激に壁が風化していった。

 まるで砂のように姿が変質し、ボロボロと崩れていく。

 どういうことだ!?

 時の止まった空間の中で、物質の在りように干渉できる訳がない。


 そう――同じ、時空操作の魔法でも使わなければ。

 だとしたら、今彼が使った術は、まさか――


「……時間加速、だと……!?」

「おっと、これじゃあ器物損壊だな。仕方がねえ、戻してやるか」


 戻す?

 混乱した頭でも彼の言うことが如何にバカげているかくらいは分かった。

 ふざけたことを、時の止まった世界で修復魔法なんて使える筈がない。


 ――しかし。

 部屋の中が七色の光で満たされた直後――壁は、完璧に元通りになっていた。

 信じられない、意味が分からない、訳が分からない。

 ……まさ、か……!


「時間を、巻き戻した……!?」

「そこまで完全なモンでもねえけどな。完璧にコツを掴むには、あと何回か使わねえと無理だろうが――あんまりやり過ぎると、不味いことになりそうだし」


 なんかこう、パラレルワールドとか生まれちゃいそうだし。

 端正な顔に薄く笑みを浮かべる――その表情に、私は底知れない何かを見た。


 ――ありえない。

 無意識の内に、全身が震えていた。

 大魔導師、賢者、マスターウィザード――

 ありとあらゆる名声を恣にした私が数百年、数千年、或いはそれ以上を費やしてやっと、時空をコントロールする魔法――その力の一端を掴むことができたというのに。

 いとも容易く、彼はそれを踏み越えてみせた。


 時間加速に時間逆行?

 冗談じゃない、私ですら数分程度時間を停止させるのが精一杯なんだぞ。

 何だよ、何なんだよ、その力は、その才能は。

 怖い怖い怖い怖い。


「なあ、お前。もしかして――ガンドウにも、こんな圧迫面接染みたことをやったのか?」

「は……? い、いきなり何をっ」

「答えろ」


 翡翠が如く透き通った瞳に、真っ黒な冷気が宿る。

 千の達人魔術師よりも、万の最上級モンスターよりも凄まじい鋭さ――あまりの恐怖に、ひっ、と引き攣ったような悲鳴を挙げてしまう。

 震える喉を必死で働かせ、私は言った。


「あ……ああ、そうさ。で、でも何も、彼にだけ意地悪をした訳ではないんだよ?ほ、ほら、学生というのは得てして調子に乗りがちなもので――あ、き、君に言っている訳ではなくてね? そのっ、乏しい才能を鼻に掛けているような人間に、立場と礼儀を教えてやるのも大人の務めだろう? そ、そうだろう?」

「……ふむ、なるほど。一理あるな」


 無表情に指を頬に這わせるドラゴリュート。

 私はほっと胸を撫で下ろした。


「そ、そうか、分かってくれたか! 君も才有る魔法使いだ、やはり――」

「だからさ」


 ――直後、向けられた氷のような声に、私は凍り付いた。


「今、俺の目の前に居る、乏しい才能を鼻に掛けたガキに立場を教えてやらなきゃよ――やっぱし、不味いよな?」


 瞬間――シズムの全身から、途方もない量のエネルギーが噴き出した。

 私のフルパワーの百倍――いや、その程度では収まらない。

 部屋を、学院を、国を、世界を、宇宙を――

 何もかも全てを覆い尽くさんとする魔力の暴風雨。


「若者の自尊心をへし折る、か――ああ分かるぜ。始めから持ってたデカい力で、初めから何も持ってなかったヤツをブン殴るのってさ、楽しいよな。俺も散々やってきたし――散々、本当に散々やられてきたから、よく分かるぜ、ようく分かるぜ」


 知らず、ぺたんとその場に尻餅を着く。

 全身に抗いようのない恐怖と震えが走る。


「あれから随分時間が経ったけどさ。まだ心が痛えよ。お前らにとっての娯楽は俺たちにとっちゃ一生残る酷い大怪我なんだぜ。別に、どうでもいいことだけど……ははは」


 知らない、知らない、こんな感情知らない。

 この世に生を受けて幾星霜、数え切れないほどの恐ろしい怪物、想像を絶する窮地、邪悪な企みに襲われてきた――そして同時に、その全てをただ一つの例外もなく叩き潰してきた。

 邪魔者は笑い嘲り玩具にし、飽きたら適当にズタズタにして放り出す。

 今までずっとそうしてきた。


 そう――今まで、は。


「さて、依頼だったか。ま、折角だし受けてやるよ――ただし、まともにやってやるのは今回きりだ。それ以降はまあ、内容次第かな。面白そうだったら受けるし、そうでもなさそうだったら蹴る。そこにお前の意思は介在しない。――いつまでもふんぞり返っていられると思ったら、大間違いだぜ?」


 で、今回の依頼は何なんだよ?

 ドラゴリュートの口元が、三日月のようにぱっくりと裂けた。




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