古代中国、コレだけは喰われへん! あと、コレが食品に対する形容か?
ようこそのお運びをありがとうございます。
※ 寄生虫ネタがあります。ゲテモノ喰いの話もあります。苦手な方はご注意ください。
こんにちは、狸です。
月の裏でBLに「金も女も出世も思いのまま」などと昭和オッサンみたいなタイトルをつけて、金瓶梅の西門慶みたいなヤツを主人公にしているヤツです。「劉明睿・二十四歳。正妻ひとりに妾が三人! 工部の偏屈技官にガチ恋!」このアオリ、いったい何回書いたんだろう。
えーと。今回は私が古代中華の食べ物系で「コレだけは喰われへん!」「コレが食品に対する形容か?」と思ったものについてお話します。
「これだけは喰われへん!」:膾!
膾なるもの。私、「羹に懲りて膾を吹く」ということわざ自体は知っていましたが、羹と膾がどんなものなのか、よお分からへんまま「なんか熱い料理となんか冷たい料理なんやろな、知らんけど」くらいのテキトーな認識で生きてきました。
で。中華ヒストリカルを書くにあたって、さすがに羹と膾がナニか調べたところ……なに? 膾とは「生肉や生魚を細く切って酢などで調味したもの」だと!?
生肉! すぐに狸の脳に半鐘が鳴り響く。O-157!
そして生魚だと!? 当時の中国は海が遠いから内陸の淡水魚を食べていたはず。つまり、鯉だの鮒だのを生食していたのか? 肝吸虫! 顎口虫!
拙作をお読みになった方は「そうはいってもアンタ、淡水魚生食文化圏のひとなんじゃないの? きっと、鯉の洗いとかフナの子付き(フナの卵あえ刺身)とかを食べてきたんでしょう?」とお思いのことかと思います。
しかし! 鯉の洗いに使う鯉は、寄生虫がつかないようにコンクリ池とかで蓄養などしてきたキレイな鯉だからぁっ! そのへんの都市河川でマックのポテト食べてるデブ鯉とか、私、絶対食べないからっ。
狸はこれまで、魚の寄生虫をイヤになるほど見てきました。海の魚でも油断大敵。口をああんと開けてやればウオノエがくっついていて、肝臓をみれば半分が虫。
そういや昔の知人が「ウオノエは甲殻類系の味で美味しいんだよ」って言ってました。マジな話なのか、私のことをからかっていただけかは知りませんが。グソクムシゆでて食べた知り合いもいる。コレもエビカニ系の味なんだそうです。そりゃそうか。みんな何でも食べますな。私はイヤですが。とはいえ、シャコ・ナマコ・ホヤは自分で調理して食べたんだから、あと一歩だけ勇気を出せば……。
ヤだ。そんな勇気、要らない。話を戻そう。
あ、でも、膾って細切りにするらしいから! 昔、また別の知り合いが言っていました。「アニサキスはよく噛んで食べたら平気なんだよ」……って、そんなの「部分的にそう」なだけです。アニサキス噛み切れたら苦労しません。魚の身を細かく切ったところで、そりゃあ寄生虫は多少ちぎれるかも知れないが、そんなの気休めだっ。
うん……万が一、私が中華後宮の寵妃にでも転生して皇帝が宴席で膾をあーんしてくれたとしても、絶対に口を開くもんか。氷が無いため生ぬるい生肉or生魚(寄生虫つき)。断固として拒絶するっ。
「コレが食品に対する形容か?」:緑蟻!
漢詩の詩語集を丸読みしていたとき、酒の項で出会った言葉が「緑蟻」。どうやら緑色の酒のことらしいのですが……?
まず。緑色の酒ってナニ? 草でも入ってんの? ズブロッカみたいに。
あと……蟻、浮いてんの? 異物混入???
えーと。調べましたところ、「緑蟻」の出典は白居易の「問劉十九」という五言絶句ですね。寒い日に「一杯、やりませんか」って友達を誘う詩。
当時のお酒は濁り酒で、できたての新鮮なお酒は薄い緑色をしていたそうです。まだ発酵中の生酒からは、細かな泡がふつふつと昇ってきて。その泡を「蟻」に例えているのですね。
すなわち、「緑蟻新醅酒」。白居易は「あたらしく醸した微発泡生酒がうちにありますよ」と友達を誘っているのです。こう聞けば、なんだか美味しそうな気がしてきますね!
ですが……この言葉、拙作の作中詩には使いにくいな。令和のムーンライトノベルズで使用するには、あまりにも解説を要するのです。




