辞書丸読みと体験格差
どう転んでも小説には作者の体験がそれなりに投影されるものでして。
拙作の現代モノには「子ども時代、親が土日に働いていてヒマだからと、友達の家ピンポンしまくって迷惑がられていたヤンキー」とか「小学生時代、外に出たらいじめに合うし、家にいたら『外で遊べ』と追い出されるため、物置に隠れて親の学生時代の教科書や辞書を読んでいたら、いつの間にか勉強だけはできるようになった千円男娼」とかが出てきますが、アレは狸の実体験を盛り盛りしたものです。
実際、私の親は土日も働いておりまして。ヒマを持て余した小学生時代の私は、友達の家を朝九時に訪ねていってご両親の貴重な休日の安眠を妨げてしまったり、お出かけの予定があるところへと押しかけてしまったりといったことをやらかしてしまいました。
そして。友達の親の迷惑顔を見て「土日は誰かのウチに遊びに行ったらアカンな」と悟り、その後は大人しくひとりで虫を取るか、家で親の学生時代の漢文の教科書や漢和辞典を読んで過ごしておりました。
大人になってからやっとわかったのですが、子ども時代の私に「今日は遊べないよ」と言わなくちゃいけなかった先方のご両親は、ずいぶん気まずい想いでこうおっしゃったのだと思います。ホントに申し訳ないです。
で、表題の「辞書丸読み」。文字通り、なんらかの辞書の最初から最後までを順に読んでいくという、狂気に満ちた行為。私は人生で三度コレをやっていますが、よほどのヒマか対象言語への熱烈な関心、もしくは語彙増強への切羽詰まった必要性が無いとできない所業だと個人的には思います。
「個人的には」というのは、私自身は正気のときには辞書読みなどすぐに飽きるし、紙の辞書を引くのは大キライ。日頃ナニか読んでいて分からない言葉があったところで、前後の文脈からテキトーに推測するか、単語を長押しコピーして検索窓にベタッと貼り付けて終わりという、語学に対する態度が不真面目極まりない人間だからです。
辞書丸読みの一度目は小四のとき。親の漢和辞典。これは中国の故事の宝庫で読み物として面白かった! 「梁山泊と祝英台」の話などはこの辞書で知りました。「え、なにそれ、もっと詳しく」の連続でしたね。辞書だから概略しか載っていないのです。
二度目の辞書丸読みは成人してから。ある日いきなり「スコッツ、かっけぇ。寒すぎて口を開かない雰囲気と硬質が同居したあの発音。それに古いものがそのまんま残ってる感じの語彙!」などと痺れてしまいまして。あ、スコッツというのは、スコットランドの低地地方で話されている言葉です。英語方言というひともいるし、「Scots」という独立した言語だというひともいる。そんな言葉。
私が一番好きなスコッツの単語は、Naeです! 英語でいうとNoですね。英語の「ナッシング」はスコッツでは「ネー・ゥン」みたいな音になりがちです。スコッツでは語中のthはグロッタル・ストップという詰まった感じの謎音へと変化し、語末のgは発音を省略されることが多いからです。
あと、夜がNicht、光がLichtなところがカッコいい。ただし発音は「ニフト」「リフト」みたいな雰囲気です(「ch」部分、発音記号で表記すると「x」)。ドイツ語とはちょっと違う。Rを発音するとき、舌を軟口蓋にガチッと付けるのもイイ。特に語末のrをガッツリ発音するの、超酷!
スコッツにドハマリした私。だけど、なかなか語彙が頭にたまってこない。ええい、まだるっこしいな、辞書を丸読みしよう!
そんなわけで、Collins gemのScots Dictionaryを一晩で一気読み。250ページくらいだし、辞書だから英語も簡単なので意外とイケるんですよね。おかげでその後は本読んだりドラマみたりするのがかなり楽になりました。
ちなみにScotsの単語、電子辞書によく入っているジーニアス英大にはわりと載っているため、普段はそちらで調べます。Web上に辞書サイトもありますが。紙の辞書は読む用です。ですが、何度か引っ越ししているうちに、どっかいっちゃいました。
で、三度目が現在ですね……「漢詩創作のための詩語集」。これは必要に迫られて、です。こないだ「凝脂のような肌」のつもりで「牛脂のような肌」と危うく書きそうになった時点でね。もう一度、語彙増強のハイウェイに乗る決意を固めたのです。ホンマ、すき焼きやってんじゃねえんだよ、狸!
子どもの体験格差が話題になっております。博物館やキャンプなどに家族みんなで出かけたり、プログラミングなどを子どものうちに習いに行ったりするの、大事なことだと思います。ぶっちゃけ、私もそのような小学生時代を過ごしてみたかったなぁ、と。
ですが……。夏休み。日本のどこかの辺境にて。ひとりでエアコンの無い部屋に寝転がって「この『レ』っていうのは下の字が先ってことなんやな……『一、二』というのは読む順番か……」などと、むにゃむにゃテキトーに推測しながら漢詩を読んでいた瞬間。私は確実に豊穣なる漢語の世界に触れていたのです。




