第6回 大きくなる影
朝、起きてナギを見ると、何かが違う。違いがよくわからなかった。
『おはよう』
ナギが目をこすりながら起き上がると、違和感の理由がわかった。
大きくなっていた。
天と並ぶと同じ背の高さになっている。
「でかくなったな」
『お前が小さく見えるわ』
(だんだんでかくなるのか? どこまで大きくなるんだろう? 体格や顔つきも大人びてきた感じがする)
「ナギっていつ封印解けるかわからないの?」
『なんとなくわかるけど……』
「わかるの? いつ?」
『教えるかよ』
(……。なんかあんのかな? ……教えない理由)
いつもの朝の食卓がゆったりできない感じがする。ナギの存在感が増したからだ。
いくらか食欲がなくて、少し残してしまった。
海都が起きてきた。
「おはよ」
『お前の兄は、部活やってるんか?』
「やってないはず」
天は小声で返す。
『その割に帰宅が遅くないか? ヒヒッ』
「塾行ってるからね」
『塾ってどんなとこだ?』
(深く聞いてくるなあ……)
「勉強を教えてもらう場所だよ」
ナギはニヤリとした。天は嫌な予感がした。
◇
学校に行くと、噂好きの田中湊人が昨日の上級生の話を大きい声でしていた。
「運ばれた三年生、指の骨を複雑骨折したらしい。おまけに解放骨折。穴のようなものが空いてたらしい。イタソー!」
田中がチラッと天を見た。
(もう僕が関係してると、みんな知ってるんだろうか……?)
天は、みんなが自分を見てるのではないかと、落ち着かなかった。
ナギはいつも通り、近場をウロウロしていた。
(身体はデカくなっても、行動は変わらないな)
――二時間目の体育の時間、昼休み、午後の授業と普段と変わらない様子に、天は忘れかけていた。
◇
放課後、担任の小島先生に「職員室に来るように」と言われて、鼓動が速くなる。
(どこまでバレたんだろう)
職員室に入ると、教頭先生、学年主任、担任の先生方に囲まれた。
やはり、逃げられないんだと理解した。
担任の小島先生が重い口を開いた。
「天野。先日、右手を怪我した三年一組の古賀将史、知ってるか? 古賀は天野がいたと言っているんだが」
『知らないっつっとけ』
ナギが口を挟む。
「偶然、僕はそこにいて……。上級生が三人。その人たちに囲まれていた二組の石田がいました」
『うわっ! 馬鹿』
ナギが天を睨みつけた。
「ほう。石田の証言とも合うな」
教頭先生が小声で言った。
「止めようとしたけど、気づいたら、上級生の一人が手から血を流して痛がっていました。……僕は何もしていません」
天の声は震えていた。
「何か凶器みたいなものを隠し持ってなかったのか?」
学年主任の先生が質問した。
「いいえ、僕は何も……持ってないです」
「そうか……。わかった」
小島先生は心の中で呟いた。
(天野がそんなことするとは思えないからな……。それに子供の力じゃ無理だ)
「あんまり気にするな。止めに入るのは勇気がいることだ。古賀も手術してなんとか元に戻せるそうだ」
天は、ほっとした。
『なんだ。治るのか。つまんねーな』
ナギの言葉に、天は背筋が寒くなった。
ようやく職員室を後にした。疲れが急に肩にのしかかってきた。天は深いため息をついた。
昇降口に行くと、愛羅が段差に座っていた。
「遅いよー。どうなった?」
「多分、容疑は晴れたかも」
言葉と裏腹に、天は無表情だった。
「そっか、よかったね」
愛羅はニコッと笑った。天はなぜかその笑顔にドキッとした。
「なんか……疲れた」
俯いて呟くと、愛羅が小声で耳打ちする。
「……ナギがやったんだよね?」
天は愛羅の顔をまじまじと見た。
天は無言で靴を履いた。
天がスタスタ歩いて行くと愛羅がついて行く。
「ナギがまた大きくなった」
「どれくらい?」
天は立ち止まった。
「俺と同じくらい」
「成長早いね。日ごとに成長してるの?」
天は、日が傾きかけた空を見上げた。
「んー……、確か違う……でも、ほぼ毎日だ……」
「いまどこにいるの?」
「林の後ろにいる」
「ひゃっ」
愛羅が慌てて振り向いた。天の腕を掴んでいる。
「どこ? わかんないよ」
愛羅は必死で見つけようとしているが、見当たらない。
愛羅が振り返って天を見ると、口に手を当てた。
「天野くん……」
目が笑っている。
天の髪の毛がボサボサになって立っていた。
「ナギが髪を……」
「ほんとに!? 自分でやってないよね? あはは」
愛羅は吹き出して笑う。お腹に手を当てている。
天は髪の毛を直す。
「自分でやるかよ!」
『おもしれー!』
ナギはクスクス笑っている。
「マジで、いるんだね」
愛羅は涙を拭いた。
「可笑しい……」
「林にやってやれよ」
『……恥ずかしいよ』
ナギは俯く。
「恥ずかしいと言ってる、ナギ」
「へー。私も見えたらいいのに」
愛羅が口を尖らせた。
「なんで林や他の人には、見えないんだろうね」
『お前の中に封印されてるからだろうな』
ナギは親指で真上に球を弾いている。
パチン、パチン。
「……」
「そうだ。成長したんならまた絵に描いてよ」
「うん……。寝る前、時間あったらね」
喋っていると、分かれ道に来た。
「じゃあ、また」
「……明日は待たなくていいから」
天が控えめな声で言った。
愛羅はキョトンとした顔をした。
「ナギの話聞いてると、楽しいから。天野くんは、やじゃない?」
「い、いやじゃないよ」
「林のほうこそ、嫌じゃないのかなあって。ほら、最近僕、色んな噂あるし」
「えっと……、私平気だよ。別に気にする友達いないし……」
愛羅は俯きながら後ろに手を組んだ。少し寂しそうな表情をした。
「そっか、わかった」
天は決意した声で言った。
「天野くん、いつも付き合ってくれて、ありがとう」
「林も家とかでなんかあったら言ってよ。力になれるかわからないけれど……」
「ありがと」
愛羅は、天の顔を見て微笑んだ。
天は照れを隠すように別れの挨拶をした。
「じゃあ、明日!」
愛羅はクスッと笑って手を振った。
それから、愛羅は家のほうに歩いて行った。
ナギは面白くなさそうに天の後頭部に玉を弾いた。
「イテッ!」
天が頭をさすると、少し腫れていた。
「何すんだよ!」
ナギは、無言で他の方を向いていた。
(ナギ、もしかして林が好きなのか?)
『……うるせーな』
ナギの頬が赤くなった気がした。




