第5話 三本のツノ
朝起きて、床で寝ているナギを見ると、ナギの額の真ん中に三本目のツノが生えていた。
「ツノ三本なってる」
天が呟いた。
『おはよう。ほんとだ』
ナギは自分の額に手を当てた。
『なんか、いいことあるかな?』
ナギはそう言って鏡の前に行った。
(鏡に写るのか?)
天は鏡を覗き込んだ。
ナギが、そこにいた。
髪の隙間から、目が見えた気がした。
(ああ、僕が見てるから写ってるだけなのかな?)
天は一人合点して、下の階に降りて朝ごはんを食べに行った。
朝ごはんは、シャケの塩焼きとご飯と味噌汁だった。
「いただきます」
「海都まだ起きないわねえ」
秋穂がそう言うと、「おはよ」と海都が頭をかきながら起きてきた。
「たまには朝ごはん食べたら?」
秋穂が心配そうに言う。
「時間ないからいい」
海都はぶっきらぼうに答えて、洗面台に行った。
『俺が人間だった頃は、食べるのも一苦労だったから、作ってもらえていつでも食べられるのいいな』
ナギが珍しく自分の話をした。
「ナギは、どんな時代だったの?」
天は、梅干しを食べながら最後のご飯の塊を口に入れた。
『くっそ、生きにくい時代……。悪い奴が権力持ってた。俺の母ちゃんはそんな奴に殺された』
ナギの肩が震えた。
「……辛かったね」
天は、味噌汁を飲み干した。
『悪いやつを見ると、殺したくなるんだ』
ナギのニヤけてる口を見ると、ゾクっとした。
◇
学校。二時間目と三時間目の間の休み時間。
ナギが天に近寄ると不穏なことを言い出す。
『七海がいじめられているぞ』
(えっ?)
教室を見回すと、確かに朝倉七海はいなかった。
「どこで?」
『校舎の裏手の、誰も寄り付かない非常階段下。図書室側だな』
(あそこか……)
天は現場に急いだ。
隣の校舎の影から見ると、体格のいい上級生男子三人が、非常階段を囲んでいた。非常階段を背にして誰かがいるようだった。
(どうしよう……。でも止めなきゃ……)
『早くしないと七海ちゃん、やられちゃうよ。ヒヒッ』
ナギが笑っている。
会話の内容までは聞こえてこない。距離すると十五メートルくらいだろうか。
真ん中の上級生が、囲んでいた人の胸ぐらを掴んだ。
掴まれていた生徒の顔が見えた。一年二組の男子生徒だった。
――朝倉じゃなかった。
天は、一瞬安堵したが、足が固まって動けなかった。
(ナギ、嘘ついたな)
『あいつら、やっちゃうぞ』
ナギは指で玉滴石を弾こうとしている。
「やめろ!」
天はつい声を出してしまった。
上級生三人が振り向く。
(やばっ)
「あ? 今なんつった?」
上級生二人が近づいてくる。
「……」
天は逃げることも何か言うこともできず、固まっていた。
「もう一回言ってみろよ。お前何年だ?」
「……」
上級生は、何も言わない天が、煽っていると思い、拳を振り上げた。
殴られる瞬間、ナギは玉を弾いた。
「ぎゃっ!」
その声は上級生のものだった。
右手が血だらけで、左手で押さえている。膝を地面についた。
「いてぇ! いてぇよお!」
血がぼたぼた地面に滴る。
隣の上級生は、固まっていた。
離れた上級生は、慌てて駆け寄った。
「くそが!」
隣の上級生が、天を殴ろうとした。天は目をつぶった。
「保健室! 救急車呼べ!」
もう一人の上級生がそう言うと、殴ろうとした上級生は拳を下ろした。
「お前、覚えとけよ!」
『覚えてていいのかなあ?』
ナギはニヤリとした。
そして、上級生は三人保健室に行った。
ナギが校舎に消えていく上級生を眺めながらこう言った。
『ここで殺したらお前が犯人になるだろ。めんどくさいから手加減した』
天は無言でいじめられていた子――石田悠斗に近づく。
石田悠斗は、青ざめていた。
「大丈夫?」
天が声をかけた。
「……また余計やられるだろ」
石田は掠れた声でそう言うと、走り去っていった。
ナギはいつもの様に口を開けて食事している。青とオレンジの煙の様なものがナギの口に吸い込まれて行く。
『今日のは……微妙な味だ』
天は、既に始まった三時間目の授業に行こうと重い足を動かした。
遠くで救急車の音がした。こっちにくる音だ。
◇
教室に着くと、意を決して、後ろの扉を開けた。
授業中の静まり返った教室に、自分の足音だけが響く。
黒板に向かっていた先生の手が止まり、チョークの音が途切れる。
「天野、どうしたんだ?」
「具合悪くてトイレに行ってて遅れました」
「大丈夫か?」
「はい」
「……まあ、座れ」
クラスメイトの無言の視線が天に突き刺さった。
朝倉七海も、天の方を見ていた。天と目が合う。
七海は無表情で、黒板に視線を移した。
(朝倉に何て思われてるだろう……)
天は急いで教科書とノートを開いた。
『今度は、少し苦い味だな』
◇
――放課後。
昇降口から出ようとすると、名前を呼ばれた。
「天野くん」
下駄箱の影から林愛羅が顔を出した。
「林か」
「誰だと思った?」
「いや、別に」
「一緒に帰れる?」
「……いいよ」
後ろで靴を投げる音がした。
ポン!
天が振り返ると、朝倉七海がいた。
(会話聞かれただろうか?)
クラスメートの吉沢菜月もいた。
吉沢が七海に追いつき、何やら耳打ちしている。
こっちを見てクスクス笑っている。
「菜月いこ」
七海と吉沢は外に歩いて行った。
(なんか誤解されてる予感……)
林愛羅は、気にしてない様だった。
「私見ちゃったんだ」
「何を?」
二人は歩きながら会話していた。
「三時間目の体育の授業で、バレーしてたらさ、救急車来ててみんなで見に行ったら、三年生らしいんだけど、天野天がどーの言ってたんだよ……。なんかしたの?」
天は立ち止まった。自分で血の気が引いていくのがわかった。
「うん……。やったのはナギだ」
天は、出来事を愛羅に全部話した。
「それは……リベンジくるね……」
「……」
「ナギに守ってもらえば?」
「うーん、先生に相談するわけにいかないよね……」
「そうだね。どうやったんだって聞かれるね……」
『捕まらない程度には、守ってやるぜ! それか、めんどくさいから、あいつら殺っちゃうか?』
「ダメだろ……」
「ん? ナギと会話してるの?」
「めんどくさいから、あいつら殺っちゃうかって……」
「今のタイミングだと、捕まるかもだ」
天は長いため息をついた。
(でも、今までと違ってわかってくれる人がいる――)
「天野くんが死んだら、ナギも消えるなら、最低でも守ってくれるはず」
「まあね……あ、そうだ。絵を描いてきたよ」
夕べ寝る前に、隣でテレビを見ているナギを見ながらスケッチしたのだった。
「絵は下手だから自信ないけど」
色鉛筆で色を塗ってある絵だった。
黒い髪で、前髪は長く、小さめのツノが三本生えていて、暗灰色の着物を着ている。お尻には黒い細い尻尾が生えている。
表情は笑っている。
「可愛い!!」
「か、かわいい!? どこが? 一つ目だよ?」
天は思ってもみない反応が返ってきて戸惑った。
『……愛羅好きだわ』
ナギはニヤニヤしている。
「笑ってるし、ツノも小さめだし、体小さいし。一つ目はちょっと怖いけど。この絵もらってもいい?」
「いいけど……本気?」
「うん。変?」
「絵が悪かったのかな……雰囲気は出てると思うけど……」
(きっと、高橋先生から守ってもらったと思ってるからだ……。きっと)
天はそう思い込むことにした。
「また、変化あったら描いてくるよ」
「うん、よろしく」
愛羅の家との分かれ道になった。
「じゃあ、また」
「また明日」
愛羅は、手を振った。
(また明日も昇降口で待ってるんだろうか……?)
天は上級生のことを思い出して、また怖くなって震えた。
『俺が守ってやるから』
(そもそもお前のせいだろ!)
色々考えていると、少し胃が痛くなった。




