第4話 秘密の共有、夕焼けの告白
昨夜は、一緒に寝るのは勘弁してほしいと言ったら、ナギはどっかに行ったようで姿が見えなかった。
(どこかで悪いことしてないだろうか……)
余計な心配をしている自分が嫌になった。関係ないのに……。
朝起きたらナギは、床で寝ていた。二日目はさすがに驚かなかった。
父親の天野達也は、都内に勤めているシステムエンジニアで、通勤に時間がかかるため、朝が早い。天が起きる頃にはもう出勤している。
兄の海都は、天より起きるのが遅い。
朝ごはんを食べていると、海都が起きてきた。
「おはよ」
(この時間でよく間に合うな)
海都は歯磨きだけして、支度をして出て行った。
天も歯磨きして、学校に行く。
「行ってらっしゃい」
母親の秋穂が、見送りしてくれた。
秋穂もみんなを送り出した後、事務のパートの仕事に出かける。
『天の母親も父親も真面目だな』
ナギが隣で歩いている。
「……うん」
「昨夜はどこ行ってたの?」
天が聞くと、ナギは『気になる?』と聞き返してきた。
「べ、別に……。変なことしてないか気になっただけ」
『俺は普通のやつには何もしない。悪いことするやつには制裁をする。ただ、それだけだ』
『封印解きたいから、出来るだけお前の前でやるけどな! ははは!』
ナギは大口を開けて笑った。
天は聞いたことを少し後悔した。
学校に着くと、噂好きの田中湊人が話しかけてきた。
「おはよう」
「おはよう。今日さ、警察来るらしいよ。高橋先生の失踪の件で。呼び出されないか、怖いな」
田中が何か知ってるのかと思って、ドキドキしたが、単に情報を披露したいだけのようだった。
警察が校長先生や学年担任に話を聞きに来るという。
天は、自分が誰かに見られていなかったのかずっと気になっていた。
(もし、誰かに見られていて、捕まったらどうしよう……)
◇
四時間目の授業。
理科の実験の日。高橋先生の代わりに、天の担任の小島先生が教えてくれた。
「みんな、ガスバーナーの使い方は覚えてるかな?」
「覚えてるー」「忘れましたー」
「じゃあ、説明するぞ。元栓を開ける前に、調節ネジ二つ閉めておくんだぞ。マッチをつけてから、ガス調節ネジを緩めて点火すること。わかったかな?」
「「はーい」」
「食塩と砂糖と片栗粉を加熱して、どうなるか変化を見ること」
小島先生は黒板を指さしながら言った。
天のグループは、天以外の子がガスバーナーに火をつけている。
(何かあったら嫌だから触るのはやめておこう……)
ナギの姿を探すと、ベランダで身を乗り出して階下の方を見ている。
「天野くん火をつけるの怖いからやっぱり、やって!」
「え……うん、わかった」
ナギがこっちを見ていないことを確認してから、天は着火した。
空気調節ネジを回転させて、青い炎にする。あらかじめスプーンにアルミを巻き、塩を乗せて用意してあるものを、ガスバーナーに近づけようとした、その時だった。
天の後ろから声がした。
『面白そうなことしてるな。俺も混ぜて』
その瞬間、「ボボォッ!」と天井に届くほどの巨大な火柱が上がった。
「わっ!」
天は、驚いて身を引いた。
ナギは、『燃えろーっ』と言った。
小島先生が急いで走ってくる。途中、消火器を探している。
周りのクラスメートは、「うわあああ!」「逃げろ!」と叫んで椅子をなぎ倒して廊下へ逃げた。
天は慌てて元栓や調節ネジを閉めようとするが、火が強くて手が出せない。
火災報知器が、「ジリリリリ!!」とけたたましい音を鳴らす。
天は、青ざめながら右往左往していた。
ナギは、口を開けてると、天から噴き出した《恐怖の紫色のエネルギー》を美味しそうに吸っていた。
小島先生が、消火器で炎を消した。
「シューーーッ」
先生が元栓を閉めた。
理科室にはガスの匂いと、逃げ遅れたクラスメートの静けさが残った。
天は膝をつきそうになるのをこらえ、ナギの方を見た。
さっきまで『燃えろ』と無邪気に笑っていたはずのナギが、消火器の白い煙の中にぼうっと立ち尽くしている。
その一つ目は、火が消えたはずのガスバーナーを、まるで穴が開くほど凝視していた。
『……くない』
ナギの掠れた声。
「え……?」
『……あたたかくなんて、ねえんだ。……ただ、全部黒くなるだけだ』
ナギは自分の灰色の着物の袖を、千切れるほど強く握りしめていた。
いつも天を馬鹿にするような傲慢な態度はどこにもなく、そこにはただ、《火を忌み嫌う》雰囲気があった。
さっきまでの無邪気な態度とは一変していた。
「ナギ……?」
天が声をかけると、ナギはハッと我に返ったように天を睨みつけた。
『……なんだよ。……おい天、お前、今すげえマヌケな顔してるぜ?』
無理に作ったいつもの意地悪な笑み。
でも、ナギのその声は、隠しきれないほど小さく震えていた。
小島先生が、息を弾ませながら大きな声で言った。
「怪我した奴はいないか? とりあえず、怪我してない奴は教室に戻れ」
朝倉七海が天に話しかけた。
「天野くん、大丈夫?」
「うん」
(朝倉、優しいな)
「私ちょうど見てたんだけど、誰もガスバーナー触ってなかったよね?」
「うん……」
「なんだろうね?」
「わからないね」
(朝倉は巻き込みたくない……)
「天野……ちょっと」
小島先生に呼ばれた。先生が消火器をかけたところは、床がビチャビチャだ。
理科室に先生方が集まってきた。他の生徒は、教室に戻って行って天しかいなかった。
「天野は火傷しなかったか?」
「はい。大丈夫です」
「ガス調節を全開にしたか?」
「していません」
「ならなんで炎が高くなったんだ? 怒らないから正直に言うんだ」
「僕、やっていません……」
「まあ、とりあえず教室に帰れ」
残りの時間は自習時間となった。
天はその後、職員室に呼ばれることはなかった。
しかし、噂好きの田中が、『二組の林が警察に事情聴取を受けたらしい』と、言っていたのが聞こえた。
(林、警察に聞かれたのか……)
天は、愛羅が警察に喋ってないのか気になっていた。また自分のことしか考えていない自分に気がついて、嫌になった。
◇
放課後。
天が昇降口で靴を履き替えると、下駄箱の影から愛羅が顔を出した。
「話したいことがあるの。一緒に帰らない?」
「いいよ」
愛羅が何も話さないので、天が重い口を開いた。
「今日、警察に聞かれたって聞いた」
「うん。うちの担任の斉藤先生に理科準備室に入ったところ、見られちゃったらしいんだ」
「まじ……」
「でも、勉強わからないところを聞いてすぐ帰ったと言ったら、何も言われなかったよ」
「……ならいいんだ。あ、別に変な意味じゃなくって、もうあんなこと忘れたいだろ」
「うん。……でも、天野くんには本当のこと知ってほしい」
「本当のこと?」
「うん。最初はね、委員会の行事の話をしたいって、放課後に理科準備室に呼ばれたの」
「なんの委員会だっけ?」
「理科委員会。植物とかうさぎの世話とかするの。うさぎが好きなの」
「なるほど」
「そしたらね……。そしたら、委員会の話が終わった後……」
しばらく沈黙した。
天が愛羅の顔を見ると、少し目が潤んでいた。
「話しにくいなら、しなくていい」
「ううん、話す。急に抱きしめられて、びっくりしてかたまってたら、キスされたの。それで、もし友達に話したら、親とか担任にバラすぞって言われた」
天は握った拳が震えた。
「それから次の週に、また呼ばれて。行きたくなかったけど、またきてくれたら、前のことは忘れてやるって……」
「なんて奴だ……」
天が怒っていると、ナギが口を開けて吸っていた。尻尾を左右に振っている。
「好きだって言われた」
「……それは、好きなやつにすることじゃない」
「だよね」
愛羅はそう言うと、夕焼けになった空を見つめた。
天は愛羅の横顔を見ていた。愛羅は少し大人びた雰囲気がある。
「私って他にも似たようなことあったんだ。なんでかな。親に似たのかな……」
愛羅の家庭は母子家庭で、母親は夜の水商売で働いているらしい。
親の客の親しい男性が家に来て、危うく無理やりされそうになったことがあるとのことだった。
「苦労してんだな」
「しょうがないよ」
天はナギのことを打ち明けたくなった。
「林……。あのさ、変なこと言うけど聞いてくれる?」
「なに?」
「俺さ、鬼に取り憑かれてる」
「え?」
天は、校外学習からの出来事から全て愛羅に話した。愛羅は真剣に聞いてくれた。
「そのナギって今もいるの?」
「いるよ。俺と君の間を歩いてる」
愛羅は、ギョッとして飛び避けた。いるであろう場所に目を凝らす。そっと手を伸ばした。
「なんも見えない。なんもない」
愛羅の手は空を切る。
「僕には実態があるんだ。触れる」
天は触りたくなかったが、ナギの頭の上に手を乗せると、ナギは嫌がって頭を避けた。
「そんなちっちゃいんだ?」
愛羅は興味深げに言った。
「今度、絵に描いて見せてよ」
「いいよ」
天は、《理解者》が出来て嬉しくなった。自然に笑みが溢れた。
『なんかまた甘酸っぱい味がきた』
ナギは口を開けている。
「でも、騒動起こされるのは怖いね」
「うん」
「あ、ライン交換しよ」
愛羅がスマホをいじる。
「いいね」
天もスマホを出す。
通学路の分かれ道に来た。
「じゃあまた」「また明日」
二人は手を振って別れた。
ナギは頭の後ろで手を組みながら歩く。
『……なんか楽しそうだな』
ナギは人間だった頃を少し思い出していた。




