第3話 鬼付き、学校に行く
朝からでかい声を出してしまった。
「わっ!!」
ベッドの隣にナギが横たわっていたからだ。
『うるせーな……。おはよ』
「おばけも寝るのか……」
『誰がおばけだ。お前が寝てるから、夜はつまらんし、寝た』
「ちょっとどいて」
部屋の真ん中寄りにナギがいたから出れなかった。
『早く学校行こうぜ』
天は頭を抱えた。
(こいつも行くのか……)
ナギの後ろ姿を見ると何かに気づいた。
(あれ? 尻尾ってあったっけ?)
着物の裾から黒い細長い尻尾のようなものが出ていた。
ニョロニョロと動いている。
ナギは天の視線に気付いたらしい。
『これいいだろ? 昨日生えたわ』
天は嫌な想像をしてしまった。
(これからどんな姿になっていくんだ……?)
◇
昨夜よりは少し食欲が湧いて、朝ご飯を完食できた。
学校に歩いて行く。ナギは後ろからついてくる。足が重い。お腹が痛くなってきた……。
昨日の映像が甦る。歩いているなんでもない時間は、やたら思考が冴える。
(警察に捕まらないだろうか、誰かに見られてはなかったのか――)
気づくと、先生や愛羅のことを考えていない自分がいた。嫌になった。
「天野」
名前を呼ばれて、ビクッとした。
「おはよ」
友達の矢萩だった。
「おはよう」
出した自分の声が弱々しいことに気づいた。
「元気ねーな。なんかあった?」
矢萩が心配してくれている。
「なんもないよ」
天はなるべくそっけないフリをした。
「告白して振られたか? 朝倉に」
「シーッ」
天は人差し指を口に当てる。
「告白するとか言ってなかったっけ?」
天は朝倉七海の誕生日にプレゼントを贈る予定だった。
「あれは中止」
「なんで?」
「なんでも! もういいだろ」
そんな会話をしていると、昇降口についた。
すると、二人の前を林愛羅が横切った。
天に気づいたようだが、そのまま通り過ぎて行った。
教室に着くと、クラスメートの田中湊人が「高橋先生が失踪したらしいぜ」とみんなに言いふらしていた。
天は心臓の鼓動が速くなった。もうバレている。
(理科準備室のあの玉はどうなったんだろうか……。死体に戻ったりするんだろうか)
鐘が鳴り、朝のホームルームの時間になった。担任の小島先生が暗い顔をして入ってきた。
「おはよう」
「起立……礼。着席……」
バラバラに礼をして、座る。
「えー……みんな知ってるかもしれないが、二年二組担任の高橋先生が連絡取れなくなってるらしい。何か知ってる人がいたら教えてくれ」
天は先生の顔をまっすぐ見れなかった。手元をじっと見て、手や肩が震えそうになるのを堪えていた。
『まあ見つからないだろうな』
天が振り向くと、ナギが教室の後ろのロッカーの上に腰掛けて足をぷらぷらさせていた。
(なんもしないでくれよ……)
天は心の中で祈った。
◇
給食の時間になった。ナギは今のところ特に問題はなかった。強いて言えば、あちこち歩き回るくらいだ。たまに姿を消す。
白衣姿の給食当番が運んできた大きな器の蓋を開けると、教室に湯気とカレーの匂いが広がった。
「今日カレーじゃん!」
田中が勝ち誇ったように声をあげた。
天は配られたカレーをしばらく見つめていると、スプーンが勝手に動いた。
いや、ナギがスプーンでカレーを食べている。
『味見……。まずっ』
ナギが天の顔に咳き込み、天の顔はカレーにまみれた。
(うわっ!)
周りを慌てて見回すと、誰も見ていなかったようでホッとする。
(何すんだよ……)
天が小声で言うと、ナギは口を開けて赤いエネルギーを吸っていた。
『量は無いけど、こっちの方がよっぽどうめえ』
(うぜえ……)
『なんか言ったか?』
(なんも)
天はナギが食べたところを避けて食べたが、味がしなかった。
五時間目――。
社会科の時間だった。この関口先生の授業はいつも眠くなる。給食後だから尚更だ。
まるで子守唄のような先生の説明。大半の生徒は静かになっていた。
ナギが目を使って天の消しゴムを下に落とした。
(何するんだよ)
天は消しゴムを拾う……いや、拾おうとしたがまたコロコロ転がっていく。
まるで手からこぼれるように消しゴムは逃げていき、先生の教壇の後ろを周り、Uターンして教室の後ろまで追っていく羽目になった。
「クスクス」
みんなに笑われていた。寝ていた奴も目を開けた。
「何やってんの。天野」
「ごめんなさい」
やっとのことで消しゴムを掴むと、ぎゅーっと掴んで逃げられないようにした。
自分の席に戻る時、朝倉七海と目が合った。天は顔が赤くなる。
ナギは口を開けて吸っている。
『なんか甘酸っぱい』
天は恥ずかしくて、広げた教科書で顔を隠した。
◇
帰り前の掃除の時間。
天が箒で教室を履いていると、雑巾を持った七海が天に寄ってきた。
「天野くん。ちょっと聞いてもいい?」
「え、何?」
天はいきなり好きな子に話しかけられて心臓が高鳴る。
「さっきの消しゴム落とした時のことだけど」
「うん」
「消しゴムが勝手に転がってなかった!?」
「え……」
隣のナギが『鋭いなこいつ。消すか』と言った。
「やめろ」
天がつい言ってしまう。七海は自分が言われたと勘違いする。
「ごめんなさい。余計なこと言っちゃったかも。気にしないでね」
そう言って七海は女子トイレの方へ走って行った。
(ああ……。やっちゃった……。ナギのせいだ)
天は肩を落とした。
◇
放課後、天は精神的に参ってしまい、早く家に帰りたかった。靴を履いて昇降口を出ると、声をかけられた。
「天野くん」
林愛羅だった。
天はなんと言っていいのかわからなかった。
「大丈夫?」
「うん……ありがとう」
「いや……うん。色々合ったけど、林が楽になったのなら、良かった」
しばらく沈黙。自然と二人で家路を歩いていた。
「天野くんて、あんな力あるの?」
「んー……。正確には僕では無いけど……。あるよ」
「そっか……。やっぱり……。でも、私は天野くんのこと……怖くないから」
愛羅はそう言ったあと、走って帰ってしまった。
『あの子……お前に気があるな』
「うるさいよ」
天は、愛羅が落ち込んでいなそうで良かったと思った。
――でも今日みたいな心労が毎日続くと考えると、目の前が暗くなった。




