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玉滴石  作者: 蒼井みつき


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第13話 闇に晒されたナギ

 パキィィィィンッ!


 天は破片が飛び散るのをスローモーションのように感じた。


『もう逃がさねえぜ! ヒヒッ』

 ナギは天の肩に手を置いた。爪が肩に少し食い込む。

 

 丁度その時、背後から天を呼ぶ声がした。

 

「天野くん!!」

 一目散に駆けてくる、七海と明玄住職、そして母の秋穂の姿だった。


「天野くん、大丈夫か?!」

 みんなは、天の姿を見ると安堵した。


 明玄住職は、辺りを見回す。

「まだ……いるな?」

 (変だ……殺気は消えている……)


「天野くん、ナギはまだいるの?」

 七海が天の顔を覗いて聞いた。


「僕の肩を掴んでる。右にいる」

「いっ……」

 七海はビクッとして、くうをみる。


「天野くん、数珠は?」


 天は無言で足元の粉々に砕け散った破片を指差した。


「これは鬼がやったのか?」

 天は頷いた。


 明玄住職は肩を落とし、力のない声で言った。

 

「……そうか。鬼の詳しい話は七海から聞いた。鬼が天野くんの恐怖とかを吸い尽くして最終変化しない限り封印されたままだと……」

  

「お父さん! 天野くんを助けてあげて」

 七海は明玄住職の袂を引っ張った。


「……ナギは、人を殺さないと約束したんだ。もし殺したら僕は死ぬからって言った。僕が死ねばナギは消える……」

 

 天は、自分が淡々と喋っていることに気づく。


「僕の運命だから、みんなには迷惑かけたくない……」


 秋穂は天を抱き寄せてぎゅっとした。

 

 ナギは手の力が抜け、抱きしめられる天をじっと見ていた。


「鬼は何て言ってるんだ?」

「逃さねえぜって」

 

 周りの空気が変わる。 

 

「鬼はいまどんな様子だ?」

「様子見てる感じ」


 明玄住職は、天の肩を掴む。

「とりあえず、寺に行こう。ついてこないかもしれんし」


「天野さん、今日は学校は休ませてもらってもいいですか?」


「もう学校には連絡しました。……ほんとになんと言ったらいいのか……。申し訳ないです」

 秋穂が頭を下げて謝った。


「天野くんは被害者です。何も悪くありませんよ」

「お母さんも来られますか?」 

「はい。行きます」 


 七海が明玄住職の顔を見た。

「お父さん、私も学校休んでいい? ……心配だから」

「……ああ、わかった」


 明玄住職は、秋穂に話しかける。

「心当たりある知り合い、みんな声かけてみます」

「よろしくお願いします」


 こうして皆で一旦、天照院に向かうことになった。


 天は明玄住職のバンに乗せられた。秋穂は自宅の車で向かう。


 天は車に乗せられたあと、後ろから飛んでついてくるナギを見ていた。


「ついてきてる?」

 七海が天の顔色を見る。


「うん。飛んで来てる」

 (でも、いつもより元気なく見える)


『みんなでよってたかって俺を悪者扱いしやがって……。なんで天は仲間がいっぱいいるんだよ……』


 バサッ……バサッ。


 ナギの羽音は、誰にも聞こえなかった。

 

 ◇

 

 夕方の天照院。


 天照院の客間には、大勢集まっていた。

 

 天の母・秋穂、父・達也、兄・海都を始め、天の友達の林愛羅と矢萩蓮、七海の友達の吉沢菜月。


 みんなには和歌子と七海から経緯を説明してあった。

 特に天野達也と海都は、受け入れ難い表情をした。

 

「ほんとに?! 信じられないな」と達也。

「知らなかった……」と海都。


 天と明玄住職は本堂にいて、念仏をあげていた。


 朝倉和歌子と七海は、今までの経緯や、これからの流れを説明している。


「これからなんですが、二人の住職が封印の手伝いに来てくれます。天野さんのご家族は、一緒に念仏をお願いします。……もう少ししたら天くんも来るので、話はその時に」

 

 達也は、胸に手を当てながら質問する。

「私たちはなにをしたらいいんですか?」


「幸い寺には鬼は入ってこないようです。協力者を呼んだので、鬼を封じます。ご家族は、その手伝いをお願いします。……祈りの力は一人でも多い方がいいのです」

 和歌子は静かに話した。


「僕らも一緒にやりたい」

 矢萩は、正座を崩さず、真剣な顔で頼む。

 

「私も!」

 愛羅もだ。


 和歌子は顔を綻ばせた。

「気持ちは嬉しいのよ。だけど、矢萩くんと林さんは、帰りがいつになるかわからないし、危険なの。だからお家でお祈りをお願い」

 

「はい」

「わかりました」


「そろそろ天くんがこっちに来ると思うから、元気づけてあげて」

 

「「はい!」」


 そんな会話をしていると、本堂から明玄住職、その後ろに天が歩いてきた。 


 天は少し疲れた顔をしていた。


「天!」

 達也は、天に駆け寄り抱きしめた。


「大丈夫か?」

「……うん」


「今日、鬼を封印してくれるらしいぞ」

「うん。知ってる……」

 (でもうまく行くんだろうか……)


 天が愛羅と矢萩の姿に気づく。

 

「あ、林……、矢萩まで……」 

 

 天は胸がキュッとなった。


「ナギに会ったら、天野くんになんかあったら愛羅が許さないって言ってたと伝えて」

 天は少しだけ笑った。


「俺は寝ないでずっと応援しとく」

「ありがとう。矢萩」


「お夕飯食べて、体力温存しときましょう。天くんも少しでもいいから食べときなさい」

 和歌子がダイニングへ誘う。


「林さん、矢萩くん、そろそろ暗くなるから帰り気をつけてね」


 二人は少し名残惜しそうにしていたが、意を決して玄関へ。

 

「頑張ってね」「頑張れよ!」


 天にはその声が温かかった。


 ◇


 朝倉家のダイニング。 


「天くん、食欲は?」

「あんまり……」

「おにぎりなら食べられる?」

「はい」

 天はおにぎり一つと味噌汁を飲んだ。


 秋穂、達也、海都もご馳走になっている。

「本当にお世話になりっぱなしで……。もう、感謝しきれないですよ」

 秋穂が目に涙を湛えている。


 達也が切り出す。

「さっき古文書を見せていただいて、鬼と縁があるのは分かったんですが、なんでこれほどまで親身に助けてくれるんですか?」


 明玄住職が少し笑った。

「まあ、仏に使える身として、目の前に困っている人を見放したりしたら、法然上人に叱られます」

 

「……それに、天くんは自分の運命として受け入れようとしてるんです。その姿に……心打たれたんです。自分も何かできないかと考えさせられました」

 (この子は自分より立派かもしれない)


「そうですか……ありがとうございます」

 達也は深々と頭を下げた。


「しかし……まだ実は半信半疑でして……」

「そりゃそうですよ。一人で飛んでいく天くんをこの目で見ても、まだ信じられませんから」


「何か……私にもできることはないでしょうか」

「……一緒に念仏を唱えてください。天くんの身が安全になるように。鬼の封印が成功するように」

「はい」


 ピンポーン。


「住職が来たようです」


 二人の住職がダイニングに入ってきた。

 

 二人とも黒色の法衣に金色の袈裟の姿。一人は屈強な体躯に若々しい姿。もう一人は痩せているが、眼光鋭く遠くをも見通すような瞳を持つ僧侶だった。


 二人とも天を見つめる。

「この子か……。ちと厄介だな」

「わかるか? 流石だな」

 明玄住職が少し笑った。

 

「結界は張ってある」

「……早速始めるか」

 

「皆さん、本堂に向かってください」

 みんな不安そうな面持ち。足取りは重かった。


 天はナギのことを思い浮かべていた。

 

 ――また封印されたらなんて思うだろう。


 古いお堂の床が軋む。

 

 本堂には、ご本尊の前に、縄で四角く囲まれた場所があった。

 三人の住職が三角形を描くように座り、その中心に天の座布団が置かれている。

 その外側、後方には、家族たちが横一列に並んでいた。

 

 結界の四隅には蝋燭が灯され、ご本尊の前には阿弥陀如来の木像が置かれ、穏やかな顔をして立っている。


 天は真ん中の座布団に座って息をついた。

 

「始めます……」

 

 三人の住職の力強い念仏が始まった。


「……鬼の魂をこちらへ呼び寄せ、仏像へ封じたもう……南無阿弥陀仏」


「南無阿弥陀……南無阿弥陀……南無阿弥陀」


 秋穂と達也は、天の様子を伺いながら、両手を合わせ念仏を唱える。


「南無阿弥陀……」


 海都は唱えながらも少しそわそわしていた。天の方を見る。


 天は正座をして目を瞑って唱えていた。少し手が震えている。


「南無阿弥陀。南無阿弥陀。南無阿弥陀」

 

 リズムを合わせて、三人の念仏がこだまする。


 プチッ……パキン……パキ!

 

 パキッ! パキッ!


 本堂の入り口の玄関の方で、箸を折るような音がする。


 住職の声は強くなっていく。


「南無阿弥陀! 南無阿弥陀! 南無阿弥陀!」


 海都が秋穂に囁く。

 

「今、音しなかった?」


 秋穂は念仏を唱えながら、頷いた。


『ドン! パシッ! パキッ! ドンドン!』


 今度は、天井の方から大きな音がした。屋根裏に何か落ちたような音。


 達也は天井を見上げる。

 

「屋根裏……か?」


「ここの本堂、屋根裏部屋ないの」

 

 和歌子が小声で言った。

 

「たぶん……来たわ」


 秋穂、達也、海都は一斉に天の方を見た。


 天は、身体が前後左右に揺れている。

 (ナギが……両肩を掴んで痛い……)

 

 天の肩に爪が食い込む。


 達也が立ち上がりかけた。

 

「天! ……大丈夫か?!」


 和歌子が達也の袖を引いた。

 

「今、声かけないで! 天くんが危ないわ」


『ドンッ! ドンッ!』


 ピシッ。


 何かが割れるような音がした。


「南無阿弥陀!」 


「南無阿弥陀!」


「南無阿弥陀!」


 空気がビリビリする。


 結界の四隅に置いた、蝋燭の炎が風がないのに揺らいだ。

 

 フッ。一つが消える。


 天の呼吸が荒くなってきた。それでも、目を瞑り念仏を唱えている。


 また隣の蝋燭の光が消えた。


「南無阿弥陀!」 


「南無阿弥陀!」


「……南無阿弥陀」


 また一つ、さらにまた最後の蝋燭が消えた。


 ――そして真っ暗になった。


 和歌子は七海に言った。

 

「今明るい電灯はつけられないの。スマホの灯りで灯してくれる?」


 七海は結界を照らした。


 手元を固定しようとした……。


 ――何かいる。


 人? ……違う。

 

 大人よりも少しでかい、着物を着た一つ目の化け物が天の肩にしがみつきながら大きな口を開けていた。


「あっ……」

 

「きゃーー!!」


 ビシッ!!


 阿弥陀如来の木像の頭に亀裂が走る。


 住職の一人が息を呑んだ。


 ――バキィッ!!


 念仏が止まった。

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