第12話 歪んだ契約
朝、天が寺の境内から外に出たがナギの姿は見えなかった。
明玄住職が見送りに来てくれた。
「気をつけてな。なんかあったら連絡するんだぞ」
七海が頷く。
天は目の前の空からナギが飛んでくるのが見えた。
「向こうの空からナギが来る……。羽が生えてる」
七海は空を見てキョロキョロしている。
『天はどこだ……? 匂いはするのに見えねえ』
「ナギが僕のこと、匂いはするのに見えないって」
すぐに明玄住職がお経を唱える。
「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」
『そこかッ!』
ナギはザザッと地面に降りて、天の体を手探りで探す。すぐに腕を掴まれた。
「ああーっ!」
ナギが天を無理矢理抱き抱えた。天は抵抗するが力でねじ伏せられた。
「ナギ! やめろっ!」
ナギの肩を押さえる手に鱗の硬い感触がする。爪が鱗に引っかかる。ガリッ。
「天野くん!」
七海は天の手を握ろうとしたが、何かに弾かれた。
「っ……!」
明玄住職も、天の手を引っ張ったが、あっという間に天は空中に浮いた。手がほどける。
そのまま天を抱き抱えてナギは飛んでいった。
七海は空を飛ぶ天を口を開けて見ていた。
「あ……あ……あ」
明玄住職はスマホを手に取ると、急いで天野家に電話をした。
◇
バサッバサッ。ビューー。
足元の家々の屋根が小さくなってゆく。
ナギはガッシリ爪で天を掴んでいるが、動くと落とされそうで動けず全身に力が入る。心臓が暴れるように打った。
ナギの息遣いと風の音が天の鼓膜に張り付く。
黒い大きな羽を上下するたびに体が浮く感じがする。
『天……いるよな? お前の持ってる何かのせいで見えねえんだよ!』
天のズボンのポケットのスマホが震える。ゆっくりスマホを取り出した。つい下を見てしまう。
足は宙を舞い、足元のはるか下の街が見える。車が米粒のようだった。
両手でスマホを落とさないように見ると、七海からのライン通話だった。
『もしもし? 天野くん? なんかすごい音がするよ! 今どこにいるの?』
「……今飛んでる」
『何? 今どこ? ちょっと代われ、七海』
『天野くん、明玄だ。どっち向かってる? 太陽はどっちに見える?』
「えと……太陽は右です。山が見えてきました」
『わかった。このまま切らないでくれよ! ……その山は、おそらく《天狗山》だ。ナギが封印されていた場所だぞ。天野くん、ナギを刺激するな。いいか、絶対に……』
「……はい」
天狗山のてっぺんの広場が見えてきた。右側に展望台があり、左側は広場になっている。人影は見えない。
天はスマホを握りしめたまま、体を硬直させていた。
バサッ。ドサッ。
天は足をつこうとしたが勢いが強く、地面に転がった。
「っ……」
骨盤の横を打ったようだった。肘や手のひらにも血が滲む。スマホは画面が割れて壊れていた。
『ああ……、手を離してしまった。天……どこだ?』
天は息を殺して、山の出口に向かおうとした。
手のスマホを地面に落としてしまった。
カラカラカラ。
ナギが天の方にくるっと首を向けた。
『そこかァ!』
天は走ろうとするが、それよりナギが体を掴む方が先だった。
爪が天の腕に食い込む。
「痛い!」
『天、こっち来い』
天はナギに腕を掴まれ、引っ張られていった。
しばらく歩くと、滝の近くについた。水が落ちる音がする。
滝の手前に、大きな岩があった。しめ縄が地面にまだ落ちていた。
先月、ナギの封印を解いてしまった場所だった。
『俺らが出会った場所だ……。岩の下の方に碑文があるはずだ』
天が岩の下の方を見ると《宝暦六年八月十一日 村田小太郎 鎮之》と彫ってある。
『俺がここに封印されてた時は、真っ暗で誰もいない。数百年の間、ひとりぼっちだった。ただ、近くの景色は見れた』
天は黙って聞いている。
『いつの頃からか毎年俺くらいの年齢の子が大勢来るようになった。誰か封印を解いてくれないかと願ったが、近寄るものはいなかった』
『天だけだ。ここまで来たのは。俺は石を採取しようとしているお前に落ちて封印を解け! と願った。願い通りになったってわけだ』
ナギが天ににじり寄る。
『封印を解いてくれたお前は……傷つけたくない』
ナギは大きな目を一瞬閉じた。
『俺が最終変化までいければ、封印は解ける。あと少しだ』
「そうなの? ナギは自由になったらどうなるの?」
『知らん……。多分、強くなると思う』
(ナギ、暴走したりするんだろうか?)
天は想像すると身震いした。
『天の姿が見えないと、封印も解けなくなる。姿を消すやつ、手放してくれないか?』
天はすぐ拒否したらどうなるのか、一瞬考えた。
「僕が嫌だと言ったら……?」
『天の家族がどうなるのかわからないぞ?』
「……」
天はしばらく沈黙した。
口をキュッと真一文字に閉じている。
掠れた声で話し始めた。
「もし……もし僕の家族になんかしたら……」
天の口が緊張で震えた。
「お、お前と共に死ぬ」
天は拳を握り、肩を震わせた。
『自殺するってーのか? それはやめてくれ!』
「なら、約束して。もう人は殺さないって」
天は涙で潤んだ瞳をナギに向けた。
『う……』
「じゃなきゃ、僕は隠れる」
『……わかった……。約束する』
天は手首の数珠を外し、地面にそっと置いた。
『見えた! 見えたぞ!! 天の姿が!』
ナギは数珠を凝視すると、粉々に砕けた。
パキィィィィンッ!
ナギの一つ目が大きくカッと開いた。




