消えない火は怖い、だけではない
女の子視点です。
猛々しく燃え盛る火。
遠目に見える火は、まるで今にも間近に迫るように熱風を周囲に撒き散らす。
視界いっぱいに、火が舞う。
「ぉい、おい!」
肩を引かれ振り返れば、男の子が赤い顔で怒っている。肩に触れる手はこの暑さの中で冷えていたように感じた。
「早く海に行くぞっ!火の手も海にいれば怖くないっ!!」
私の腕を無理やり引きながら、男の子は海に向かおうとする。先程までの気だるさも忘れ、必死に火から逃げようとしてる。
「おいっ!もっと急げよっ、火の回りは早いっ!!」
私の足がもたついていると、男の子が赤い顔のまま振り返る。額から汗を垂らし、頬を伝って顎の先から滴が落ちる。
男の子が振り返る一瞬、背後から熱風が押し寄せた。男の子の片側の前髪がふわりと浮き上がる。
「火が、怖いの?」
初めて、気がついた。
「こんな時にっ、お前何言ってんのっ!?」
男の子は叫ぶように声を荒げる。
その様子が少し、この場にいない彼と重なった。
私はもたついていた足に力を入れて止まる。
男の子がまた、何かを怒ってる。
私は男の子の目をまっすぐ見て、聞いた。
「火が、怖い?」
男の子も、足を止めた。口を閉じて、子供が夜の暗闇に対峙するような顔をしていた。
「怖くないやつなんていない」
震えた声で、途切れ途切れに男の子は言葉を紡ぐ。
心から怯えている。
また、背後から熱風が背中を叩くように吹き付ける。
段々と火傷をしたような、ヒリヒリとした痛みを背中に感じる。
男の子の前髪がふわりと跳ねる。片側の額から、瞼にかけての赤黒い大痣が、背後から迫る火に照らされる。
「お前は、嬢ちゃんは、怖くないのか……?」
男の子の思考に冷静さが戻ってくる。
迷うように揺れる瞳が、私の顔に焦点を定めようとする。
きっと、本当に怖いんだ。
私は不思議な感覚のまま、男の子の問いに答えた。
男の子は、まるで私を見知らぬ人みたいな、夜の暗闇から姿を現した化け物みたいな目で、慌てたように掴んでいた私の腕を振り払った。
「お前、やっぱりおかしいよっ、火はあるもの全部燃やすんだぞっ!家も、服もっ、人も肉も骨もっ!!何も残らないっ!煤と灰と、焦げた臭いしか残らないっ!!」
「なら、一人で逃げて」
私は、自分の胸の内からあふれる感情を理解した。
私は、火の怖さがわからない。
耳に入る叫びも泣き声も、建物が崩れる音もたいして気にならない。
身体に吹き当たる熱波も、暑さと痛みしか感じない。
あの日の火も、きっとそうだった。
私は背後を振り返る。
空にも届きそうなほど高く高く昇る火。
目の当たりにした今でも、恐怖を感じない。
腕に何かが掠れたような気がして後ろを向くと、男の子が真っ赤な顔で怯えていた。
確かに、腕をこちらに伸ばしている。
「怖いなら、逃げていいよ」
男の子は、動かない。後退ろうと足を引きずる真似はするのに、顔上げたり下げたりして何度も私の顔を確かめる。
「…………っ、や、やっぱり無理だっ!俺には無理だっ、きっと、お前にだって、嬢ちゃんにだって無理に決まってる」
男の子は、迷うように一人つぶやく。
何度も何度も頭を横に振るって、合間に縦に振る。
何を葛藤しているのか、私にはわからない。
ふと、男の子は私を見た。
真っ赤な顔で、震えが止まらないようだった。
「な、なんで」
呂律が回らないと言うように、声も言葉も、口もずっと震えてる。でも、ほんの一瞬震えが止まった。
彼の瞳が、震えずにまっすぐ私を射抜く。恐怖に支配されていた瞳が、紅く燃えている。
「なんで笑ってるんだよっ!」
気が付かなかった。
胸の内からあふれる感情が、自然と表情に出ていた。
男の子は、火が怖いと言った。
体中が震えて、顔を表情も、声も口も震えてる。
きっと、それぐらい怖いものなんだ。
男の子は、怖くないやつなんていない、と言った。
確かに、そう言った。
知らなかった。火は、こんなにも怖いものなんだ。
初めて、知った。
あの日の彼も、きっと、これぐらい怖かったんだ。
嬉しい気持ちが胸の内からあふれ、体中に行き渡るのを感じる。
私は初めて、自分が笑ってることがわかった。
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