消されない燈火
女の子視点です。
「だから、オレと嬢ちゃんはそんなんじゃないったら!」
「言ってらぁ、生意気坊主。顔真っ赤にして怒ってるぞ!」
いつまで待っても稽古のオジサンが癖毛の男の子をイジり遊んでいるので、私はどうしたらいいか分からなかった。
もう先に帰ろうかと思ったところで、オジサンがニヤッと笑いこっちを振り返った。
「嬢ちゃんはどうだ?こんな生意気坊主、好きにならんだろ」
「すき?」
突然ふられた言葉に、私は意識する前に聞き返す。
けれど、私の聞き返した言葉も聞かれた質問の答えも話す前に、二人はまた口喧嘩に戻ってしまった。
「おいこの変態オッサン!これ以上余計なこと言うなっ!」
「ああ゛ん?俺だってお前に変態って呼ばれる趣味はねえよ!」
「俺じゃなきゃ呼ばれてもいいのかよ!?このッ変態!!」
止まらぬ二人の猛攻に、私はどうしたらいいか分からず、帰ることもできなかった。
結局その日の稽古は二人の喧嘩で終わり、普段の癖毛の髪がよりボサボサな状態の男の子と帰ることになった。
宿に着くまで送ってもらうのはいつものことだったけれど、その間終始その子が無言だったのは今までで初めてだった。
「おかえり、嬢ちゃん。母さんはまだ買い出しで帰っていないからゆっくりしているといいよ」
宿屋のオジサンが帰ってきた私に気付くと、やわらかく笑った。以前よりも更に穏やかな空気をまとうようになったオジサンは、のんびりとした口調に拍車がかかっていた。
「ありがとう」
私がオジサンの言葉に応えると、オジサンはまたニンマリと笑って小窓の外を見た。
しばらくそうしているから、私もオジサンのマネをして狭い範囲に見える外を覗く。
少し経ってから、オジサンが眉を垂らして独り言をこぼした。
「母さん、どこに行ったかな。一体いつ帰ってくるのか」
オバサンを心配するような言葉に、ホワッとした感触が胸に宿る。毎日買い出しに出てるオバサンをいつもこうして部屋の小窓から心配していたんだと、私は初めて知った。
「買い出しなら遠くないよ」
まだ帰らぬオバサンへ心を傾けるオジサンに、どんな言葉をかけたらいいのかは分からなかった。どんな言葉も、オバサンが今ここに帰らなければオジサンにとっては意味がないのだと、私は何となく感じ取っていた。
だから何とでもない、意味を成さない言葉も当たり前のように口から出た。
「そうか、母さんは買い出しに出たのか。一体いつ帰ってくるのやら。嬢ちゃんは外で母さんと話したのかい?」
「ううん、会ってないよ」
些細な違和感が音に匂いをつけた。
ふと感じたそれを、吹き去る風のように忘れて私は言葉を返す。
「そうか、母さんはどこまで行ったんだろう」
しきりにオバサンを心配するオジサンの言葉は本心なのだろう。心から、オバサンの帰りを心配している。
けれど、昨日までと今での会話は明らかに違うと、私は感じた。
今まででオバサンが少し家を空けようと、港まで顔を出しに行こうと、オバサンが明るく帰ってくるまで穏やかな表情で待っていたオジサンが、今はずっと不安そうな顔をしている。
オバサンを心配する優しいオジサンであることは確かなのに、どうしてか私は纏わりつく違和感の匂いを拭いきれずにいた。
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