灯された火
女の子視点です。
街に吹く海の風は冷たいまま、道端に置き去りにされていた花の蕾が開き始めた。
宿屋のオジサンが、港に人が増えるから気を付けたほうがいいと教えてくれた。
「嬢ちゃんは要領がいいんだから、もうこんなにオヤジんとこに通い詰めなくていいんじゃないか?」
いつも通り癖毛の男の子が宿まで迎えに来て、歩き出してからそんなことを言い始めた。
どういう意味かと聞こうとしたら、男の子は私が尋ねるより早く答えた。
「嬢ちゃん、もう十分強いだろう。オレなんかよりすぐオヤジに気に入られて。それに、嬢ちゃん賢いし教養があるんだろ」
男の子は自身の前髪を弄りながら、言った。
「嬢ちゃん、あの坊っちゃんは内緒にしてたのかもしれないけど、字も読めるしそれなりのことはできるんだろう?」
男の子の言葉が途中から頭の中に入ってこなかった。肯定も否定も、私にはできなかった。
私は、もうここには居ない彼に、内緒にしていることは一つだけだと思ってた。
意図して話さなかったわけではない。きっと聞かれれば答えたと思う。
でも、今になってそう思うのは、言い訳になるのだろう。
私は、私が字を読めることを彼が知らないと考えつかなかった。彼が字の勉強をしたいと言ったのも、自分の力で何かを成したいと考えた末なのだと思った。
彼がやりたいことができたと聞いたとき、理由もなく嬉しかった。
それを聞いて、私も初めて彼のために何かをしたいと思った。
人形だと呼ばれていたとき、こんな気持ちは知らなかった。
何かをしたいと思うことも、それを誰かのためにしたいと思うことも、無かった。
でも、今ならわかる、と思いたい。
彼がやりたいことを頑張っているとき、私は急き立てられたような、何か彼のためにできることが自分にないかと思った。
結果、彼に秘密にしてしまったけど、今は次会ったときは打ち明けようと思う。
「……ゴメン」
突然、小さな謝罪の声が聞こえた。
さっきまで前髪を弄っていた男の子が、視線を落として私の後ろに立ち止まっていた。
「嬢ちゃんの問題なのに、口を突っ込みすぎた。嬢ちゃんが考えて決めたことなのに、オレ、なんて声をかけたらいいか分かんなくて。ゴメン」
私が振り返ったことに気がついたのか、そうではないのか、今度ははっきりした声で謝られた。
片目が癖の強い髪に隠れてはいるけど、男の子自身が落ち込んでいることがよく分かる、沈んだ目をしていた。
「あなたが、私に謝る必要はない」
私がそう言うと、男の子はより視線を下げた。
「…………ゴメン」
普段ならもっと言葉を重ねて話すはずなのに、今の男の子はその様子の見る影もない。
その姿が、不思議と彼と重なって見えた。
でも、不思議と彼より小さくも見えた。
体格はほとんど同じだと思っていたはずなのに。
「行こう」
私は男の子のもとまで歩いて、力なく垂れるその腕を取った。
無理やりその腕を引いて歩けば、男の子も何も言わずそのまま付いてきた。
いつもの稽古場に辿り着けば、私と男の子の様子を見たオジサンたちがニヤけた顔で騒ぎ出した。
さっきまで沈んだ顔をしていた男の子は、真っ赤な顔でオジサンたちを怒鳴りつけ、いつも通りの様子に戻っていた。
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