9:知らない天井だ――と一度は言ってみたい
瞼を突き抜けて感じる白で、俺はそっと目を開く。
ぼやけていた視界も少しだけ時間が経てば鮮明になった。
今まで感じたことのないようなふっかふかのベッド。そして、目に映るのはシミひとつない綺麗な天井。
「知らない天井だ」
人生で一度は言ってみたかった台詞を口にする。
まあ、だからと言って何がどうなるワケでもないのだが……。
上半身をゆっくりと起こし、手を組んで大きく伸びをするとパキパキと背中の骨が鳴った。
ベッド脇にあるテーブルには俺の私物である財布とスマートフォン、コンビニで買ったものが入っているビニール袋。傍には鞘に納められた剣が立て掛けられていた。
さて——と、俺は部屋中に視線を泳がせる。
俺が寝ていたベッドを含めて、高級そうな家具や煌びやかな装飾が並んでいる。どこかの屋敷の一室だろうか。
「……状況整理をしよう。あの暴漢を斬った後はそのまま気絶したんだよな? で、今の状況、と————」
暴漢には結構ボコボコにされていたような気がしたが、不思議と身体には傷跡も痛みもない。気絶している間に治療されたのかもしれないが、それにしては何事もなかったかのようだ。
まあ、多少身体のダルさはあるが、許容範囲だ。
それはそれとして、あの時のことを思い返す。
黄金の炎。鞘が無くなり現れた白亜の刀身を持つ剣——いや、刀か。
よくわからないが、黄金の炎は魔力を燃やしていたのだろう。刀の鞘については……何で無くなったんだ?
立て掛けられてあるそれを見て、俺は手を伸ばす。
そして、鞘から刀を引き抜こうとするのだが————、
「抜けねぇ……」
全力で引き抜こうとするが抜けない。
格闘すること数分。うんともすんとも言わないので、刀を元あった所に戻す。
コンコン、コンコン——ノックがされる。
俺が返事をする前にドアが開かれ、ひとりの女性が入って来た。
「あ……気が付いたのですね!」
小走りで近寄ってくるのは腰まで伸びた金色の髪とコバルトブルーの瞳の女性——アニメ『第一皇子に浮気され、濡れ衣を着せられ、婚約破棄されました』の主人公であるアステリア・コランダムだ。
「調子はいかがですか?」
「あー、痛みもないし、絶好調……ですぅ?」
やはり美少女。そして、アニメの主人公。嫌でも緊張してしまう俺は悪くない。
声が裏返って変な語尾になってしまって恥ずかしさを覚えつつ、俺はカチコチになった表情で無理矢理笑みを浮かべた。
……口元引き攣ってるんだろうなぁ。
「ふふ、緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
「あ、ああ……それよりも、君は大丈夫なのか?」
「はい、貴方のおかげで大丈夫でした。私を助けていただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げるアステリアに、俺は気恥ずかしさに頬を掻く。
その後、俺が気絶している間のことを、アステリアの口から語られた。
まず、あの晩から二日が経過しているらしい。その間にコランダム公爵家の屋敷に運び込まれ、魔法による治療が施されたとのこと。
俺の記憶が確かであれば、あの婚約破棄の場にはアステリアの父であるブルー・コランダム公爵もいたはず。屋敷に運び込まれたということは、お咎めはなかったのだろう。まあ、サイファに助けられたアニメでは「娘を信じる」と断言していたので、余計な心配だったか。
「自己紹介がまだでしたね? 私はアステリア・コランダムと申します。お名前をお伺いしても良いですか?」
コバルトブルーの双眸で見つめられると、流石の俺でも胸が高鳴ってしまう。しかし、実際に彼女を目の当たりにすると、婚約破棄した第一皇子の「見る目はないな」と切実に思う。
俺は身体の強張りを誤魔化すように咳払いし、口を開く。
「俺は六条蒼。いや、こちら風に名乗るなら、アオ・ロクジョウだな」
「アオさん——————ですね?」
……何やら熱っぽい視線をアステリアから感じた。
いや、きっと気のせいだ。美少女と話ができるだけでも奇跡なのだから、勘違いをしてはいけない。
俺は内心でそう言い聞かせながら小さく息を吐く。
————と、再びノックがされ、男性が入ってきた。
「お目覚めのようだね?」
「お父様!」
金髪とコバルトブルーの双眸の男性——この人こそ、アステリアの父親であるブルー・コランダム侯爵だ。
「はじめまして。私はブルー・コランダム。娘の危機を助けていただき、本当にありがとう」
ブックマーク等々お待ちしております!




