6:どうして逃げないのか
物陰から飛び出したものの、俺みたいなヤツがアステリアを救うことができるのだろうか。
アニメで助けに入ったサイファは、軽やかな動きで暴漢を制圧してみせた。
残念ながら、俺にはそんなことはできない。
抜けない剣を正眼に構えて、俺は暴漢と対峙する。
「あん? なんだ、やるってのか?」
暴漢は立ち上がり、身体を揺らしながら俺に近づいてくる。
ひとまず、アステリアの身が自由になった。
俺はゆっくりと身を起こすアステリアへ目を向ける。
彼女は胸元を両手で覆い、こちらを見ていた。
(何で逃げないんだよぉ!)
今こそ、この場を立ち去るチャンスだ。
見ず知らずの俺なんて見捨てて、どこにでも行ってしまえば良い。
「なあ? お前、俺が誰だか知って剣を向けてんだよなぁ?」
「……いや、どこの誰かは存じないっすね」
暴漢から発せられている圧に、俺は冷や汗を流す。もしかすると小鹿のように足が震えているかもしれない。
つばを飲み込んで異様に乾く喉を湿らせながら、俺は男を真っ直ぐ睨んだ。
「お前のような活きの良いヤツは嫌いじゃねえ。だけどな、俺の楽しみを邪魔するヤツは許せねぇんだよなぁ!」
暴漢が踏み込んで来た。
目の前から突然消えたような感覚。気づいた時には暴漢の姿が目の前にあった。
「っ————⁉」
「遅ぇ!」
太い腕から放たれる拳が、俺の腹へと突き刺さる。
口から体内の空気が吐き出され、足が地から離れる。
痛い。
痛い、痛い、痛い、痛い————。
両目から思わず涙が溢れる。
それでも歯を食いしばって、剣を手放さないように握りに力を籠める。
宙に浮いている状態ではあるが、吹っ飛ばされたワケじゃない。
俺は剣を握り締め、男へ向かって全力で振り抜いた。
バコン——鈍い音が響く。
俺の振るった一撃は、確実に男の頭部を捉えた。
「痛ってなぁ!」
髪の毛を掴まれて、地へ叩きつけられる。そして、そのまま持ち上げられると、ごみを捨てるように放り投げられる。
数度転がって俺は倒れ伏す。
剣は手放さなかったが、今まで経験したことのないような痛みが全身を襲っていた。
「お前、クソ弱いな! もしかして英雄気取りだったのか?」
転がっている俺を見て、ゲラゲラ笑う暴漢。
別に英雄気取りで突っ込んだワケじゃない。ただ、本来現れるはずだったヤツが現れないから、代わりに突っ込んだだけだ。
流石にアステリアも逃げただろう——そう思って、彼女がいたところへ視線を向ける。
(——何で⁉)
彼女は涙を溢しながら、そこにいた。
(普通だったら逃げるだろ。どうして逃げないんだよ?)
俺の疑問を他所に、暴漢は「ふう」と一息吐いていた。
「これに懲りたら動くんじゃねぇぞ? さて、嬢ちゃん——待たせたなぁ?」
俺からアステリアへ、暴漢は視線を移す。
マズい。このままだと、その手がアステリアに向かってしまう。
「————待て、よ」
「あ?」
暴漢は立ち止まり、こちらへと顔を向ける。
俺はフラフラと立ち上がって、剣を再び構える。
「俺は、まだ……動ける、ぜ?」
身体が痛い。
直ぐにでもぶっ倒れて、眠ってしまいたい。
だけど、それはまだできない。
「見上げた根性だ。正直、鬱陶しい」
暴漢が手を開いて、俺の方へ突き出す。
「疲れるから使いたくなかったが……仕方ねぇ」
男の掌に赤い光が集まっていく、同時にファンタジー作品で見るような魔法陣が宙に描かれる。
俺は直ぐにそれが何かわかった。
間違いない——魔法だ。
「さあ、あの世で後悔しな! 焼き尽くせ、フレイムウェイブ!」
放たれた炎が俺の全身を包み込んだ。
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