21:到着早々に
馬車に揺られて数時間——ようやく見えてきた魔法学院の建物を窓から眺めつつ、俺はこれから起こるかもしれない厄介事に思いを馳せる。
「見えてきましたね。あれが王立魔法学院セレマギアです」
王立魔法学院セレマギア。
魔法の才能を有する若者が集い、その知識を探求し、実力を蓄える教育機関。
魔法の才能を有する者の大半を貴族が占めるが、平民であっても才能さえあれば平等に門戸は開かれている。
だがしかし、入学者の大半が貴族故に、平民の学生は肩身の狭い思いをしている問題があったりする。
中央に聳え立つ塔を起点に、円を描くように広大な土地を有する学院。さながら、学院そのものがひとつの都市と言っても過言ではない。
「改めて、これからよろしくお願いしますね?」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
さて——と、俺はアステリアの学院復帰早々に起こる面倒事について考える。
アニメでは馬車から降りるや否や、サレンディアが絡んで来る。そこで押し問答があってから、彼女の守護騎士とサイファが決闘を行うことになるのだが……。
俺は頭を抱えたくなる。
サレンディアの中身が誰かは知らないが、アニメ通りに進むなら決闘云々の話は発生するはずだ。仮にそうなった場合、俺がサレンディアの守護騎士と戦う羽目になる。なお、その相手はサイファとなるだろう。
今世紀最強と謳われる守護騎士であるサイファと戦って勝ち目があるかと問われれば、否である。
戦う前から諦めるのは早すぎる——と、思うかもしれないが、相手は主人公であるアステリアの守護騎士になるはずだったキャラクターだ。俺の知る限り、アニメでは負け知らずであり、ラスボスすら圧倒的実力で捻じ伏せた最強。傷をひとつでもつけることができれば御の字だ。
「難しい顔をしていますけど、どうしたんですか?」
「あー、アベル皇子とサレンディアにバッタリ遭遇したら面倒そうだと思ってさ」
「ご心配は無用ですよ。まあ、多少の嫌味はあるでしょうけど、向こうから手を出すことはないと思います」
そうだったら良いんですけどね。
ま、まあ……アニメ通りに進まないこともあるんだ。ここはどっしり構えて守護騎士として任を全うしよう。
俺は決意する。
そうこうしている内に馬車が止まる。
「到着しましたね。降りましょうか?」
俺は頷き、馬車の扉を開く。
先に飛び降りて、アステリアに手を差し出す。
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべて俺の手を握り、馬車から降りるアステリア。
その時だった。
「あら? 学院に復帰するなんて、恥知らずにもほどがありますわね? 大罪人アステリア・コランダム」
仰々しく悪意に満ちた大声が響く。
声のした方へ顔を向けると、そこにはあくどい表情を浮かべたサレンディアとアベル皇子、その取り巻き。そして、サイファの姿があった。
「それもご丁寧に守護騎士まで侍らせて、随分と傲慢ですわね?」
どの口が言っているのだろう。アンタは守護騎士どころか寝取った皇子と取り巻きまで侍らせてんじゃねぇか。
清々しいまでの悪役令嬢っぷりに呆れを通り越して、笑いが込み上げそうだった。
「傲慢ですか? そうは思いませんが?」
「負け惜しみ? あらあら、大罪人は恥を知らないようですわね?」
周囲へ言い聞かせるように、声を張り上げながら言うサレンディア。
こいつ性格悪すぎだろ。しかし、アニメではここまでではなかった気がするのだが……。
「それにどこの馬の骨かわからない男を守護騎士にしているみたいじゃない? もしかして股でも開いたのですか? あらあら、厭らしい」
ピキリ——と俺のこめかみ青筋が立つ。
アステリアのことをここまで罵倒される筋合いはない。俺としても非常にイラつくものだ。
しかし、アステリアは俺を制止するように目配せし、口を開く。
「ご想像されるのは自由ですが、そのようなことを大勢の前で口にしない方がよろしいのではありませんか? 品がありませんよ?」
「は……はぁ⁉」
アステリアの言葉に、サレンディアが顔を真っ赤にしながら声を上げる。
「品がないのは君の方じゃないか? 母上のブローチをくすねた盗人め!」
アベル皇子が叫ぶ。
「アベル様、私は大丈夫ですわ」
「いや、サレンディアが傷つく姿が見たくなくてね」
「ありがとうございます。ですが、ここで捻り潰すのも悪くありませんわね?」
サレンディアがにやつきながら、俺を見た。
…………この流れ、俺は知っているぞ。
「サイファ」
「はい」
サレンディアがサイファの名を呼ぶと、彼は抑揚のない声で返事をする。
「彼女の守護騎士と戦って、格の違いを見せつけなさい」
「サレンディア⁉ 何を勝手な————」
ギョッとしてアステリアが声を上げるが、それはアベル皇子によって遮られる。
「良いだろう。この俺が許可しよう!」
アベル皇子による鶴の一声。
一国の皇子が許可した以上、それを覆すことは難しい。
「そこの守護騎士? もちろん、逃げませんわよね?」
挑発するように俺を眺めながら、サレンディアは言う。
その眼差しは完全に小馬鹿にしているようなものだ。そりゃあ、サイファが守護騎士なら、そうなっても仕方がない。
「アオ……」
心配そうに顔を向けるアステリア。
俺は溜め息交じりに頷く。
「サレンディア様でしたか? 俺は逃げも隠れもしませんよ。その申し出、受けさせていただきます」
「あら、殊勝な態度ですわね? もしかしてサイファを知らない田舎者なのかしら?」
周囲から笑い声が上がる。
サイファのことは嫌というほど知ってるわ!
「はあ……田舎者で悪かったですね」
俺は後頭部を掻きながら面倒臭そうに答える。
すると、サレンディアが怪訝そうな表情を見せる。
「……まあ、良いですわ。それでは決闘場へ参りましょう」
ふん、と鼻を鳴らしながらサレンディアが踵を返して歩き始める。
俺はアステリアへ顔を向ける。
「アオ、大丈夫ですか?」
「うーん……まあ、何とかするしかないな」
断ることも選択肢としてはあったのだが、そうした場合はアステリアへの風当たりが悪化することは間違いない。
これは受けざるを得なかった。
それに————、
「言われっ放しは気に食わないんで、できる限り頑張りますよ」
「アオ……」
「それに俺はアステリアの守護騎士なんでね」
俺はそう言って、腰に差している白刀の柄を握りしめた。




