19:成すべきことを成す
それからの一週間は怒涛のように過ぎ去った。
日中はハレンによる剣術指南。時折、他の騎士たちに揉みに揉まれ、最後はボロ雑巾のように突っ伏すことになっていた。
陽が落ちてからはアステリアが教鞭を取り、この世界の文字を教わる。
剣術指南はとにかく身体を動かして、食らいついて、体力の続く限り動き続ければなんとかなった。まあ、実際はもっと考えることはあるのだが……。
意外にも文字の勉強がとにかく大変だった。
発音は日本語なのに、文字はひらがな、カタカナ、漢字とは完全に別物。更にはアルファベットでもないのだから馴染まない。
単語にしても見えている文字と日本語の発音が合致しない。
例えるなら——「apple」と文字は記されているが、発音は「りんご」と言った具合だろうか。とにかく脳が……震えるくらいに疲れるのだ。
人生で最も勉強をした期間だったと思う。
高校受験? あれは中学の授業をしっかり受けておけば、偏差値が異様に高い学校以外ならなんとかなるものだ。
さて、明日からアステリアが魔法学院に復帰すると共に、俺も彼女の守護騎士として、同行という名の下に編入することになる。
魔力がからっきしの俺が魔法学院に? 冗談だろ?
内心ではビビり散らかしているのだが、決まってしまった以上は腹を括るしかない。
一応、ハレンからは「一部を除く学生以外では遅れは取らないだろう」という少しも安心できない言葉をいただいている。ああ、その一部が怖いんだよ。
「楽しみですね、アオ」
目の前でルンルン気分で荷物を纏めているアステリアに、俺は「そうだな」と赤べこの如く頷いていた。
いつの間にかアステリアが俺を呼ぶ際に「アオさん」から「アオ」と呼び捨てに変わっていた。突っ込むだけ野暮だと思ったので、スルーしていた。
「俺は面倒事が起こらないことを祈っているよ、アステリア」
俺は守護騎士として、アステリアのことを「お嬢様」と呼ぼうとしたのだが、ハイライトの消えた瞳で「アステリア、とお呼びください」と脅迫されたので呼び捨てしている。決して怖かったワケではない。
「学院に着いたら、職員室で先生と挨拶ですね」
「もう何回も聞いたよ。わかってるさ」
「この一週間でアオのことは大体理解できましたけど、結構な面倒臭がりですよね?」
「面倒臭がりじゃないな。省エネだ」
「省エネ?」
「おっと伝わらなかったか」
省エネの説明をしつつ、俺は明日からの学院生活に思いを馳せる。
サレンディアとサイファの関係。
サレンディアの転生者疑惑。
魔法学院内で起こる派閥抗争。
…………既に胃がやられそうだ。
更に懸念されることとして、件の婚約破棄だ。
どこまで広がったのかはわからない。ただ、サレンディアとアベル皇子が在学している以上、少なくとも学院内では広まっていると思った方が無難だろう。
「大丈夫ですよ、アオ」
俺の心配を悟ったのか、アステリアが言う。
「多少の嫌がらせはあるかもしれませんが、その時は護ってくれますよね?」
「……できる限りは頑張りますよ」
「できる限りじゃなく、断言してほしかったですね」
「善処します」
くすくすと笑うアステリアに、俺は困り顔を浮かべる。
まあ、なるようにしかならないか。
手を抜くつもりはない。
成すべきことを成す——それだけだ。




