16:拍車をかけよう
訓練着に着替え、抜けない刀を片手に、アステリアの案内で修練場へやって来た。修練場には既にハレンとコランダム侯爵の姿があり、野次馬で一般騎士の面々が集まっている。
漏れ聞こえる声は案の定で、俺に対する辛辣な言葉の数々。
少しだけアステリアの機嫌が悪くなったような気がしつつも、俺は修練場中央に立っているハレンの前に立つ。
「お待たせしました」
「ようやく来たか。では、旦那様とお嬢様は隅へ離れてください」
ハレンに促され、修練場の隅へ移動する二人。
中央には俺とハレンが向かい合うように立つ。
ふぅ——と、一息吐いて、俺は抜けない刀を構える。
「抜けない獲物で私と張り合えるとでも思っているのか?」
「思っているワケないですよ。そもそも持って来いって言ったのは、貴女じゃないですか」
「ああ、そうだな」
ハレンが腰の剣を抜く。
煌びやかな鞘から抜かれた直剣の切っ先が俺へと向く。
「剣は寸止めで済ませるつもりだ。まあ……多少の怪我は治癒士が魔法で治療するから大丈夫だろう」
……大丈夫じゃないです。
ハレンは切り傷にはある程度慣れているかもしれないが、平和ボケした時代を生きてきた俺にとっては慣れているはずもない。せいぜい料理中に包丁で指の薄皮を切ったくらいだ。
「実戦に近い形で実力を確認させてもらう。よって魔法の使用は当然ありだ。威力は抑えるつもりではある。とは言え、直撃すればそれなりだ」
「……お手柔らかにお願いします」
「戯け! 私も全力で行かせてもらう」
……いや、下手をすれば大怪は必至だ。
俺とハレンとの間に沈黙が落ちる。
開始の合図はない。どちらかが動いた瞬間に戦いは始まる。
ザッと靴底が擦れる音がした。
「っ————⁉」
「どこを見ている、戯け!」
速い——。
目の前から消えたと思った瞬間、ハレンの姿が眼前に迫っていた。
辛うじて刀の鞘で迫る刃を弾き、俺は後方へと下がろうと足を動かす。
「足元が縺れているぞ」
ハレンがしゃがんだと思えば、俺の視界が大きくブレ、背中に衝撃が走ると同時に空を仰ぎ見ることになった。
そして、俺の喉元に剣の切っ先が突きつけられる。
「まずは一本だ。さあ、立て。二本目だ」
そう言って、ハレンが中央へと戻っていく。
俺は立ち上がり、服の埃を払うと中央でハレンと向き合う。
「今のままではお嬢様の守護騎士としては不適格だ。貴様はあまりにも弱過ぎる」
再びハレンが初めに動き、俺の前に一気に移動する。同じようにその刃を弾く。
後ろに下がれば、また足を払われる。
ならば、前へ踏み込む。
一歩、大きく前へ。
「甘いな」
腹部に衝撃が走る。
視線を向けると、俺の腹にハレンの左手が突き刺さっている。
あまりの痛みに膝を着き、俺は大きく咳き込む。
「ゲホッ、ゲホッ——」
「この程度で膝を着くな、戯け!」
ハレンの罵声に俺は顔を顰める。
この程度とは言うが、俺にとっては激痛でしかない。
恐らく手加減はしているのだろうが、それでも痛みに耐性のない俺にはかなり効く。
野次馬の騎士たちの声が聞こえる。
「弱過ぎる」
「アレがお嬢様の守護騎士? 冗談だろ」
「あんなヤツが守護騎士になれるんだったら、俺でもなれるだろ」
クソ、好き勝手言ってくれる。
俺は立ち上がり、刀を構える。相変わらず鞘から抜ける気配がない。
「————貴様がお嬢様を暴漢から助けた時、黄金の炎が上がったと聞いている。なぜ使わない?」
使えたら苦労しねぇよ!
そんな魂の叫びを押し殺しながら、俺は口を開く。
「さあ、何ででしょうね?」
「ふざけているのか?」
「ふざけるワケないでしょう。それだとまるで俺がドMみたいじゃないか」
「……ドM?」
怪訝な表情を浮かべるハレン。
どうやら意味が伝わらなかったらしい。
まあ、それはどうだって良い。今はどうやって切り抜けるかだ。
剣の腕は圧倒的に劣り、身体捌きも同様。視野の広さも体力も——すべてが完全敗北だ。
……勝てる要素がないな。
「……もっと追い詰めれば良いのか?」
ハレンが剣を掲げる。
「ライトニング」
一小節。
瞬間、俺の足下に稲妻が落ちる。
「っ————⁉」
「ぼさっとするな、戯け!」
「クソったれ」
俺はハレンへ向かって足を踏み出す。
しかし——、
「ライトニング」
踏み出した俺の右足に稲妻が直撃する。
「ぐぅ……」
叫びそうになる声を押し殺し、何とか耐える。
崩れ落ちないのは根性。なんとか両足で踏ん張った。
「さて、拍車をかけよう」
一切の温情をかける気もないハレンに、俺は歯を食いしばるしかなかった。




