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第9話 介護技術は現場を軽くする

 

 介護技術は、利用者を守るためにある。


 これは間違いない。


 転倒させない。

 むせさせない。

 無理に動かさない。

 不安にさせない。

 羞恥心を傷つけない。

 本人に残っている力を活かす。

 必要な部分だけ支える。


 介護技術は、利用者の安全と尊厳を守るために必要である。


 しかし、それだけではない。


 介護技術は、職員を守るためにもある。

 そして、現場全体の負担を軽くするためにもある。


 ここを理解しなければならない。


 介護技術が低いと、現場は重くなる。


 移乗介助が雑なら、利用者が不安になる。

 無理に引っ張れば、拒否が強くなる。

 重心が崩れれば、転倒リスクが上がる。

 職員の腰にも負担がかかる。


 排泄介助が雑なら、漏れが増える。

 漏れれば、更衣が必要になる。

 寝具交換が必要になる。

 清掃が必要になる。

 本人の不快感も増える。

 職員の業務量も増える。


 声かけが雑なら、認知症利用者の拒否や不穏が強くなる。

 強く否定すれば怒る。

 無理やり誘導すれば不安定になる。

 その場だけでなく、後の時間帯にも影響が出ることがある。


 投薬確認が雑なら、薬を飲めていない可能性を見逃す。

 口の中に残っているかもしれない。

 吐き出しているかもしれない。

 むせ込みがあるかもしれない。

 それを見逃せば、後で問題になる。


 報連相が不足すれば、情報がつながらない。

 次の職員が状態を知らない。

 同じ危険が繰り返される。

 異変に気づくのが遅れる。

 事故の予兆が共有されない。


 つまり、介護技術が不足すると、問題はその場で終わらない。


 後で大きくなって戻ってくる。


 これが介護現場の怖さである。


 逆に、介護技術があると現場は軽くなる。


 上手い移乗介助は、利用者を安心させる。

 本人の残存能力を活かし、必要な分だけ支えることで、職員の身体への負担も減る。

 利用者が怖がらなければ、次の介助もスムーズになりやすい。


 上手い排泄介助は、漏れを減らす。

 その人に合ったおむつ、紙パンツ、パットを選び、適切に当てることで、汚染や更衣、寝具交換が減る。

 本人も不快になりにくく、職員の後始末も減る。


 上手い声かけは、拒否を減らす。

 認知症利用者に対して、正論をぶつけるのではなく、受け入れやすい言葉に変える。

「確認だけさせてくださいね」

「今のうちに行っておくと安心ですよ」

「少しこちらで休みましょう」

 そうした言葉が、無理な誘導を減らす。


 上手い投薬確認は、見落としを減らす。

 飲めたように見えても、口内に残っていないかを見る。

 むせ込みがないかを見る。

 拒否があれば報告する。

 水分形態や服用方法に注意が必要な人は、施設の手順や看護師の指示に従う。


 上手い報連相は、現場をつなぐ。

 利用者の変化を伝える。

 危険な兆候を共有する。

 服薬拒否やむせ込みを報告する。

 トイレ訴えや不穏の傾向を申し送る。

 そうすることで、次の職員が動きやすくなる。


 介護技術とは、一人の職員だけが上手くなるためのものではない。


 現場全体を安定させるためのものである。


 介護現場では、一つの対応が次の仕事に影響する。


 トイレ誘導が遅れれば、失禁対応になる。

 パットの当て方が悪ければ、更衣と寝具交換になる。

 姿勢を直さなければ、ずり落ちや転倒リスクになる。

 投薬確認が甘ければ、服薬ミスや報告不足につながる。

 声かけが悪ければ、拒否や不穏が強くなる。

 申し送りが不足すれば、次の職員が同じ危険を知らずに対応することになる。


 つまり、介護では一つの雑さが、後の複数の仕事を生む。


 逆に、一つの丁寧な技術が、後の複数の仕事を減らす。


 ここに介護技術の価値がある。


 ただし、ここでいう丁寧さとは、何でも時間をかけることではない。


 介護現場では時間が限られている。

 人員も限られている。

 全ての対応に無限の時間をかけることはできない。


 だから、丁寧さと効率を分けて考えてはいけない。


 本当に上手い介護は、丁寧でありながら効率がよい。


 雑に早くするのではない。

 必要なところを押さえて、後で大きな問題にならないようにする。


 今トイレ誘導をしておけば、後の失禁対応を減らせる。

 今パットをきちんと当てておけば、後の更衣を減らせる。

 今姿勢を整えておけば、転倒リスクを減らせる。

 今声かけを工夫しておけば、拒否や不穏を減らせる。

 今報告しておけば、次の職員が対応しやすくなる。


 これが介護における効率である。


 介護技術とは、手を抜くためのものではない。

 現場を崩さないためのものだ。


 介護技術がある職員は、先を見て動く。


 今この人を誘導した方がよい。

 この人は少し不穏になりそうだ。

 この姿勢は危ない。

 この薬は飲み込めたか確認が必要だ。

 この訴えは放置すると強くなりそうだ。

 この利用者はこの職員の声かけの方が通りやすい。

 この人は今のうちに臥床した方が安全かもしれない。


 そうした判断ができる。


 介護技術は、目の前の作業を処理するだけのものではない。

 次に起きることを減らすためのものでもある。


 もちろん、どれだけ技術があっても、すべてを防げるわけではない。


 利用者は人間である。

 体調は変わる。

 認知症症状や精神症状も変動する。

 急な立ち上がりもある。

 転倒も完全には防げない。

 服薬拒否もある。

 排泄トラブルもある。

 夜間の不穏もある。


 介護技術は万能ではない。


 だが、事故や負担を減らすことはできる。


 完全に防げないから意味がないのではない。

 少しでも減らせるから意味がある。


 転倒を一件減らす。

 漏れを一回減らす。

 拒否を一度減らす。

 むせ込みに早く気づく。

 薬の飲み残しに気づく。

 新人が独断で動く前に相談する。

 不穏が強くなる前に声をかける。


 その積み重ねが、現場を軽くする。


 介護技術は、特別な才能だけで決まるものではない。


 観察する。

 覚える。

 考える。

 聞く。

 相談する。

 上手い職員の動きを見る。

 失敗した原因を考える。

 利用者ごとの特徴をつかむ。

 施設の手順を守る。

 必要なことを報告する。


 こうした積み重ねで身につく。


 新人が最初から完璧である必要はない。

 むしろ、最初から完璧だと思い込む方が危ない。


 分からないことを聞く。

 危ない介助は一人でしない。

 利用者の状態がいつもと違えば報告する。

 投薬や水分補給で不安があれば確認する。

 トイレ誘導や移乗で迷えば相談する。


 それができることも、介護技術の一部である。


 介護技術とは、身体介助だけではない。


 観察。

 判断。

 声かけ。

 移乗。

 排泄。

 投薬確認。

 水分補給。

 事故予防。

 報連相。

 記録。

 申し送り。

 他職員との連携。


 これらすべてがつながっている。


 どれか一つだけ上手ければよいわけではない。

 しかし、どれか一つが上手くなるだけでも、現場は少し軽くなる。


 移乗が上手くなれば、利用者と職員の身体を守れる。

 声かけが上手くなれば、拒否を減らせる。

 排泄介助が上手くなれば、汚染を減らせる。

 投薬確認が上手くなれば、見落としを減らせる。

 報連相が上手くなれば、現場がつながる。


 介護技術は、現場にいる全員の負担を少しずつ変える。


 だから、介護技術は軽く見てはいけない。


 介護は、優しさが必要な仕事である。

 だが、優しさだけでは利用者を守れない。


 優しい気持ちがあっても、無理な移乗をすれば危険である。

 思いやりがあっても、パットの当て方が悪ければ不快感や汚染につながる。

 親切なつもりでも、認知症利用者を強く否定すれば不穏につながる。

 一生懸命でも、報告しなければ情報はつながらない。


 だから、優しさには技術が必要である。


 介護技術とは、優しさを安全に実行するための道具である。


 利用者を守る。

 職員を守る。

 事故を減らす。

 後始末を減らす。

 不穏を減らす。

 現場の流れを整える。

 次の職員へ情報をつなぐ。


 そのために、介護技術はある。


 介護技術を身につけることは、単に上手く仕事をこなすことではない。


 利用者の生活を守ること。

 職員自身の身体を守ること。

 一緒に働く職員の負担を減らすこと。

 現場全体を少しでも安定させること。


 そこにつながる。


 介護技術は、現場を軽くする。


 そして現場が軽くなれば、利用者にも職員にも余裕が生まれる。


 だから、介護技術を学ぶ価値がある。


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