第8話 新人に必要なのは報連相である
新人の介護職に、最初から完璧な技術は求めにくい。
移乗介助。
排泄介助。
おむつ交換。
パットの当て方。
認知症利用者への声かけ。
投薬確認。
水分補給。
事故予防。
記録。
申し送り。
介護現場には覚えることが多い。
利用者の名前を覚えるだけでも大変である。
そのうえで、一人ひとりの身体状態、認知状態、排泄パターン、食事量、水分量、薬の飲み方、声かけの通りやすさ、移乗方法、転倒リスクまで覚えなければならない。
最初からすべてを完璧にできる人は少ない。
だから、新人にまず必要なのは、何でも一人でできることではない。
分からないことを分からないと言えることである。
つまり、報告、連絡、相談である。
報連相は、社会人としてよく言われる言葉である。
しかし、介護現場における報連相は、ただの礼儀ではない。
利用者の安全を守るための技術である。
介護現場で危険なのは、分からないまま独断で動くことである。
この人は一人介助でいいだろう。
このくらいなら見守りで大丈夫だろう。
薬は飲めたように見えるから大丈夫だろう。
トイレはさっき行ったと言っているから大丈夫だろう。
少しふらついているけれど、いつものことだろう。
汚染はなさそうだから確認しなくていいだろう。
こうした自己判断が、事故やトラブルにつながることがある。
もちろん、経験を積めば判断できることは増える。
しかし、新人のうちは判断材料が足りない。
利用者ごとの普段の状態を知らない。
いつもと違うのかどうか分からない。
その人の移乗リスクを知らない。
薬の飲み方の癖を知らない。
拒否が出やすい声かけを知らない。
排泄のタイミングを知らない。
その状態で、自分だけで判断するのは危険である。
分からないなら聞く。
迷ったら相談する。
いつもと違うと思ったら報告する。
これが新人にとって最も大事な技術である。
たとえば、移乗介助で不安がある場合。
この利用者はどこまで立てるのか。
膝折れはあるのか。
一人介助でよいのか。
二人介助が必要なのか。
車いすの位置はどうすればよいのか。
トイレへの移乗で注意点はあるのか。
分からないなら、必ず聞くべきである。
移乗介助は、失敗すれば転倒につながる。
転倒すれば、打撲や骨折につながることもある。
利用者の生活が大きく変わることもある。
「たぶん大丈夫」で動かしてよい仕事ではない。
排泄介助でも同じである。
この人は紙パンツなのか。
おむつなのか。
どのパットを使うのか。
漏れやすい方向はあるのか。
交換時に注意することはあるのか。
汚染確認はどの程度必要なのか。
トイレ誘導のタイミングはいつがよいのか。
これも利用者によって違う。
自己判断で合わない用品を使えば、漏れにつながる。
漏れれば更衣や寝具交換が増える。
本人の不快感も増える。
職員の負担も増える。
排泄用品は、ただ使えばよいものではない。
その人に合ったものを使う必要がある。
だから、新人は迷ったら聞くべきである。
認知症利用者への声かけでも、報連相は重要である。
この人はどんな声かけなら動いてくれるのか。
どんな言い方だと拒否が出るのか。
誰の声かけなら通りやすいのか。
トイレ誘導はどう言えばよいのか。
帰宅要求が出た時はどう対応するのか。
同じ訴えが続く時はどうすればよいのか。
これも経験が必要である。
新人が正面から否定してしまうと、利用者が怒ったり不安定になったりすることがある。
「もう行きましたよ」
「違いますよ」
「さっきも言いましたよ」
「危ないから座ってください」
これらの言葉が、相手によっては強い拒否につながることがある。
だから、先輩職員に聞く。
この人にはどう声をかけるのか。
拒否が出た時はどうするのか。
無理に誘導してよいのか。
少し時間を置くべきなのか。
別の職員に頼んだ方がよいのか。
聞くことは、恥ではない。
むしろ、聞かずに悪化させる方が危険である。
投薬でも同じである。
薬を飲めたかどうか分からない。
口の中に残っているかもしれない。
むせた。
服用拒否があった。
水分を飲まない。
いつもより飲み込みが悪い。
薬を吐き出した可能性がある。
こういう時は、報告する。
薬に関する自己判断は危険である。
介護職が勝手に「大丈夫だろう」と判断してはいけない場面がある。
飲めなかったなら、飲めなかったと伝える。
拒否があったなら、拒否があったと伝える。
むせ込みがあったなら、むせ込みがあったと伝える。
口内残留が疑われるなら、確認や相談をする。
看護師や責任者につなぐ必要がある。
介護職は、医療判断をする立場ではない。
だからこそ、気づいたことを報告する力が必要である。
報告とは、失敗を告白することではない。
次の対応につなげるために、事実を共有することである。
この利用者が薬を拒否した。
この利用者がむせた。
この利用者の水分量が少ない。
この利用者がいつもよりふらついていた。
この利用者が何度もトイレを訴えている。
この利用者が帰宅要求を繰り返している。
この利用者の皮膚に赤みがあった。
この利用者が転倒しそうになった。
こうした情報は、現場全体で共有する価値がある。
なぜなら、介護は一人で完結する仕事ではないからである。
日勤から夜勤へ。
夜勤から日勤へ。
入浴担当からフロア担当へ。
介護職から看護師へ。
新人から先輩職員へ。
リーダーから他職員へ。
情報がつながって、初めて安全が保たれる。
申し送りも、ただの形式ではない。
申し送りは、次に対応する職員へ利用者の状態を渡す仕事である。
今日は何があったのか。
いつもと違うことはあったのか。
転倒リスクは高まっていないか。
不穏はあったか。
食事や水分はどうだったか。
排泄はどうだったか。
服薬はできたか。
家族から何か話があったか。
看護師へ報告したことはあるか。
これらを伝えることで、次の職員が動きやすくなる。
記録も同じである。
記録は、面倒な事務作業ではない。
次の対応につなげるための道具である。
何が起きたのか。
何をしたのか。
その後どうなったのか。
誰に報告したのか。
今後何に注意すべきなのか。
これを書くことで、情報が残る。
記録がなければ、次の職員が分からない。
同じミスが繰り返される。
事故の予兆が共有されない。
後から確認できない。
責任の所在も曖昧になる。
だから、記録と申し送りも介護技術の一部である。
ただし、新人が最初から完璧な記録を書けるとは限らない。
何を書けばよいのか分からない。
どの程度詳しく書けばよいのか分からない。
事実と自分の感想が混ざる。
必要な情報が抜ける。
逆に余計なことを書きすぎる。
これは最初は仕方がない部分もある。
だから、最初は確認する。
この内容は記録に残すべきか。
どう書けばよいのか。
誰に報告すればよいのか。
申し送りで伝えるべきか。
看護師へつなぐべきか。
ヒヤリハットにするべきか。
分からなければ聞く。
介護現場で大事なのは、分からないことを隠さないことである。
新人が分からないのは当然である。
問題は、分からないのに分かったふりをすることである。
分かったふりをすると、事故につながる。
利用者に負担がかかる。
他職員が後からフォローすることになる。
信頼も失われる。
分からないと言える新人は、伸びる。
最初から全てできる必要はない。
むしろ、最初からできると思い込む方が危険である。
介護の仕事は、三ヶ月ほどで一通りの流れを覚えられれば、かなり良い方だと思う。
もちろん、施設や業務量、本人の経験によって違いはある。
しかし、新人が短期間で全てを完璧にするのは難しい。
利用者ごとの特徴を覚える。
一日の流れを覚える。
排泄介助を覚える。
移乗介助を覚える。
記録を覚える。
投薬確認を覚える。
声かけを覚える。
夜勤があるなら夜勤の流れも覚える。
これには時間が必要である。
だから、新人に必要なのは、焦って独断で動くことではない。
一つずつ覚える。
分からないことは聞く。
危険なことは相談する。
異変は報告する。
教わったことはメモする。
同じミスを減らす。
利用者ごとの特徴を少しずつ覚える。
これでよい。
介護技術は、経験の中で身につく。
しかし、その経験は安全に積まなければならない。
危険な独断を繰り返して事故を起こしながら覚えるのでは困る。
だから、報連相が必要になる。
報告することで、他職員が状況を把握できる。
連絡することで、必要な人へ情報が届く。
相談することで、危険な独断を避けられる。
報連相は、新人を守る。
利用者を守る。
現場を守る。
新人は、できないことを責められるべきではない。
しかし、分からないことを隠して勝手に動くことは避けなければならない。
介護現場で一番困る新人は、何もできない新人ではない。
分からないのに聞かない新人である。
危ないのに相談しない新人である。
異変に気づいても報告しない新人である。
自己判断で進めて、後から問題を大きくする新人である。
逆に、最初は動きが遅くても、きちんと聞ける人は育ちやすい。
この人はどうすればいいですか。
この介助は一人で大丈夫ですか。
薬を飲めたか確認してもらえますか。
この記録はどう書けばいいですか。
この利用者がいつもと違う気がします。
トイレに何度も行きたがっています。
少しふらついていました。
こう言える人は、安全に成長できる。
介護現場では、黙っていることが美徳ではない。
必要なことは伝える。
分からないことは聞く。
危険なことは共有する。
異常は報告する。
これができる人は、現場にとって大事である。
介護技術とは、身体を使う技術だけではない。
声かけの技術だけでもない。
利用者を観察する技術だけでもない。
情報をつなぐ技術でもある。
報連相ができなければ、現場はつながらない。
現場がつながらなければ、利用者の安全は守りにくい。
新人に必要なのは、最初から完璧な介助ではない。
まず、報告、連絡、相談である。
それができることが、介護技術を身につける第一歩である。




