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第7話 事故を減らす先回り技術

 

 介護現場で大事なのは、事故が起きた後に対応することだけではない。


 もちろん、事故が起きた時の対応は重要である。

 転倒した。

 ずり落ちた。

 受傷した。

 むせ込みが起きた。

 体調が悪化した。

 薬を飲めていなかった。

 汚染が広がった。


 そうした時には、状態確認、報告、記録、再発防止が必要になる。


 しかし、本当に大事なのは、事故が起きる前に気づくことである。


 介護技術とは、目の前で起きた問題を処理する技術だけではない。

 これから起きそうな問題を予測し、小さいうちに潰す技術でもある。


 事故を減らす職員は、問題が起きてから慌てるのではない。

 問題が起きる前の兆候に気づいている。


 この人は立ち上がりそうだ。

 この人は車いすからずり落ちそうだ。

 この人はトイレに行きたがっている。

 この人は不穏になりそうだ。

 この姿勢では危ない。

 この水分量では足りないかもしれない。

 このパットの当て方では漏れそうだ。

 この利用者は薬を口に残しやすい。

 この時間帯は帰宅要求が出やすい。


 こうした小さな気づきが、事故を減らす。


 介護現場の事故は、突然起きるように見えることがある。


 だが、よく見ると、事故の前には兆候がある場合も多い。


 車いす上で体が傾いている。

 足がフットレストから落ちている。

 お尻が前へずれている。

 テーブルに手をついて立とうとしている。

 何度も周囲を見回している。

 そわそわしている。

 トイレに行きたいと言い出しそうな様子がある。

 眠気が強く、座位が崩れている。

 普段より反応が鈍い。

 いつもより歩き方が不安定である。


 こうした兆候を見逃さないことが重要である。


 事故を防ぐには、まず姿勢を見る。


 車いすに座っている利用者の姿勢は安定しているか。

 体が左右に傾いていないか。

 お尻が前へずれていないか。

 足の位置は悪くないか。

 手すりやテーブルに無理な形で寄りかかっていないか。

 眠気で首や体が崩れていないか。


 姿勢が崩れている利用者は、ずり落ちや転倒のリスクが上がる。


 少し姿勢を直すだけで防げる事故もある。

 座り直しを促す。

 足の位置を整える。

 車いすの位置を調整する。

 必要なら臥床を検討する。

 他職員に相談する。


 姿勢の崩れは小さなことに見える。

 しかし、放置すれば大きな事故につながることがある。


 次に見るべきなのは、立ち上がりである。


 介護現場で多い危険行為の一つが、利用者の急な立ち上がりである。


 本人はトイレに行きたい。

 家に帰りたい。

 何かを取りに行きたい。

 誰かを探している。

 ただ落ち着かない。

 自分は立てると思っている。


 理由はさまざまである。


 しかし、職員から見れば、転倒リスクがある。


 立ち上がりそうな利用者には兆候があることが多い。


 手をテーブルにつく。

 車いすのアームレストを握る。

 足を床に引く。

 体を前へ倒す。

 何度も周囲を見る。

「トイレ」「帰る」「行く」などの言葉が出る。

 落ち着きなく身体を動かす。


 こうした兆候があれば、早めに声をかける。


「どうされましたか」

「トイレに行きましょうか」

「少しこちらで休みましょう」

「今行くと危ないので、一緒に行きましょうね」


 ただ座らせればよいわけではない。


 なぜ立とうとしているのかを見る必要がある。


 トイレなら誘導する。

 不安なら声をかける。

 帰宅要求なら話を聞きながら別の行動へつなげる。

 眠気が強いなら臥床を検討する。

 体調が悪そうなら看護師や他職員に報告する。


 立ち上がりを止めるだけでは、根本対応にならないことがある。


 原因を見て対応することが大事である。


 センサーマットも、事故防止のための道具である。


 しかし、センサーが鳴ってから動けばよいという考えだけでは遅い場合がある。


 センサーは便利である。

 ベッドから起き上がった。

 足を下ろした。

 立とうとした。

 そうした動きを知らせてくれる。


 だが、センサーが鳴った時点で、すでに利用者は動き始めている。


 職員が向かうまでの間に、立ち上がるかもしれない。

 転倒するかもしれない。

 トイレへ向かおうとするかもしれない。


 だから、センサーは万能ではない。


 重要なのは、センサーが鳴りやすい時間帯や利用者の行動パターンを覚えることである。


 この人は夜間に何度も起きる。

 この人は食後に立ち上がりやすい。

 この人は夕方になると帰宅要求が出る。

 この人はトイレ間隔が短い。

 この人は眠りが浅い。

 この人は声かけすれば落ち着く。


 こうしたパターンを知っていれば、センサーが鳴る前に対応できることがある。


 事故を減らすには、道具に頼るだけでは足りない。

 道具と観察を合わせる必要がある。


 排泄も事故予防に関わる。


 トイレに行きたい利用者を放置すると、急な立ち上がりにつながることがある。

 失禁への焦りから、無理に動こうとすることもある。

 頻尿の利用者は、何度も行きたがることで転倒リスクが増えることもある。


 だから、排泄パターンを読むことは事故予防でもある。


 早めに誘導できるタイミングがあれば誘導する。

 危険が少ないなら観察頻度を増やす。

 本当にトイレの訴えなのか、不安から来ている訴えなのかを見る。

 頻回であっても、放置してよいかどうかは判断する。


 トイレ誘導は、単なる排泄対応ではない。


 転倒や不穏を減らすための先回りでもある。


 水分補給や投薬確認も、事故予防につながる。


 水分が足りなければ、体調不良や不穏につながることがある。

 薬を飲めていなければ、体調に影響する場合がある。

 薬が口に残っていれば、後で吐き出したり、正しく服用できていなかったりする可能性がある。

 むせ込みがあれば、誤嚥リスクに関わる。


 だから、投薬や水分補給は、終わったように見えても確認が必要である。


 本当に飲めたか。

 むせていないか。

 口の中に残っていないか。

 いつもと違う様子はないか。

 拒否があるなら報告したか。


 こうした確認も、事故を減らす先回りである。


 認知症利用者の場合、同じ行動が繰り返されることが多い。


 この人はこの時間にトイレを訴える。

 この人は夕方になると帰りたがる。

 この人は夜間に起きやすい。

 この人は特定の言葉で拒否が出る。

 この人は特定の職員なら落ち着く。

 この人は無理に誘導すると後で不穏が強くなる。


 こうした傾向を覚えることが大事である。


 大体の行動は同じである。


 もちろん、体調や環境によって変わることはある。

 だが、傾向はある。


 その傾向を覚えれば、職員は先回りできる。


 帰宅要求が出る前に別の行動へ誘導する。

 トイレの訴えが強くなる前に声をかける。

 拒否が出やすい言い方を避ける。

 不穏になりやすい時間帯に観察を増やす。

 通りやすい職員に対応を頼む。


 これができると、現場は安定しやすい。


 事故を減らす技術とは、特別な技を使うことではない。


 小さな兆候を見ること。

 利用者ごとのパターンを覚えること。

 危険が大きくなる前に対応すること。

 必要なら他職員に共有すること。

 分からない時は相談すること。


 この積み重ねである。


 事故が起きた後の対応は重要である。

 しかし、事故が起きた後では遅いこともある。


 転倒すれば、骨折する可能性がある。

 受傷すれば、生活が変わることがある。

 誤嚥すれば、体調に大きく関わることがある。

 服薬できていなければ、状態悪化につながることがある。


 事故後の対応だけでなく、事故前の対応が必要である。


 介護職は、未来を完全に予測できるわけではない。


 どれだけ注意していても事故は起きる。

 利用者は機械ではない。

 職員がすべてを見続けることもできない。

 人員にも限界がある。

 一つの対応中に、別の場所で事故が起きることもある。


 だから、事故を完全にゼロにできるとは言えない。


 しかし、減らすことはできる。


 姿勢を見る。

 立ち上がりの兆候を見る。

 排泄パターンを見る。

 不穏の兆候を見る。

 水分や服薬を確認する。

 センサーだけに頼りすぎない。

 利用者ごとの行動を覚える。

 危険度に応じて観察頻度を変える。

 必要な時に他職員へつなぐ。


 これらは、事故を減らすための技術である。


 事故を減らす職員は、単に反応が早いだけではない。


 見るべきところを見ている。

 起きそうなことを考えている。

 後で大きな問題になりそうな小さな変化を拾っている。


 介護では、問題が起きてから動くより、問題が小さいうちに動く方がよい。


 ずり落ちてから戻すより、ずり落ちそうな姿勢を直す。

 失禁してから更衣するより、間に合ううちにトイレへ誘導する。

 不穏が強くなってから対応するより、落ち着かない兆候に声をかける。

 薬を吐き出されてから気づくより、飲み込みを確認する。

 転倒してから報告するより、立ち上がりの兆候に気づく。


 これが先回りである。


 介護技術とは、利用者を支える技術である。


 しかし、本当に上手い介護技術は、支える前に気づく。

 転ぶ前に気づく。

 汚れる前に気づく。

 拒否が強くなる前に気づく。

 体調が崩れる前に気づく。


 すべてを防げるわけではない。

 それでも、気づけることはある。


 その気づきが、利用者を守る。

 職員の負担も減らす。

 現場全体を少し軽くする。


 事故を減らす先回り技術とは、小さな違和感を見逃さない技術である。


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