第2話 残存能力を見る
介護技術の基本は、相手をよく見ることである。
どれだけ職員側に技術があっても、利用者の状態を見誤れば介助は危険になる。
逆に、利用者の状態を正しく見られれば、必要以上に手を出さず、本人の力を活かしながら安全に介助しやすくなる。
介護とは、何でも職員がやってあげる仕事ではない。
できることは本人にしてもらう。
危ない部分を支える。
足りない部分を補う。
できない部分を介助する。
この判断が重要である。
そのために見るべきものが、残存能力である。
残存能力とは、その利用者にまだ残っている力のことである。
自分で立てるのか。
少し支えれば立てるのか。
立つことは難しいのか。
座位は保てるのか。
足に力は入るのか。
手すりを持てるのか。
声かけを理解できるのか。
動作の手順を覚えているのか。
体調によって能力が変わるのか。
そうした力を見極める必要がある。
介護では、大きく分けて三つの段階で考えると分かりやすい。
全介助。
半介助。
見守り。
この三つである。
全介助とは、本人の力がほとんど使えず、職員が大部分を介助する必要がある状態である。
立位が保てない。
自分で体を動かすことが難しい。
指示が通りにくい。
身体機能がかなり低下している。
安全に動くためには、職員側の介助量が大きくなる。
こういう場合、職員は無理に本人へ動作を求めすぎてはいけない。
できないことを無理にさせれば、転倒や受傷につながる。
本人も不安になる。
職員側の身体にも負担がかかる。
全介助では、安全を第一にする必要がある。
ただし、全介助だからといって、本人を物のように動かしてよいわけではない。
声かけは必要である。
今から何をするのかを伝える。
身体に触れる前に一言かける。
痛みや恐怖がないかを見る。
表情や反応を見る。
本人の反応が少なくても、尊厳は守るべきである。
半介助とは、本人にできる部分があり、職員が足りない部分や危険な部分を支える状態である。
介護技術として一番判断が必要になるのは、この半介助である。
本人は立てる。
しかし、ふらつく。
手すりを持てば立てる。
しかし、向きを変える時に不安定になる。
声かけがあれば動ける。
しかし、手順が抜けることがある。
足に力は入る。
しかし、途中で膝折れする可能性がある。
こういう利用者には、全てを職員がやってしまうのはよくない。
本人ができる部分まで奪うと、残っている力を使う機会が減る。
本人の自信も失われる。
身体機能の維持にも悪影響が出る可能性がある。
だから、半介助では本人の力を活かす。
立ち上がる時に、本人が足に力を入れる。
手すりを持つ。
声かけに合わせて動く。
職員は、その動きを邪魔しないように支える。
危ない部分だけ補助する。
これが大事である。
半介助で大切なのは、職員が動かしすぎないことである。
職員が急ぎすぎると、本人の動きが追いつかない。
職員が強く引きすぎると、本人の重心が崩れる。
職員が全部支えようとすると、本人が自分で力を出す機会を失う。
半介助では、本人の動きと職員の支えを合わせる必要がある。
見守りとは、本人が基本的には自分で動けるが、転倒や判断ミスのリスクがあるため、職員が近くで確認する状態である。
見守りは、何もしないことではない。
ここを誤解してはいけない。
見守りとは、手を出しすぎず、しかし危険があればすぐ動ける距離で見ることである。
本人は歩ける。
しかし、ふらつきがある。
本人はトイレに行ける。
しかし、ズボンの上げ下ろしでバランスを崩すことがある。
本人は車いすへ移れる。
しかし、ブレーキを忘れることがある。
本人は薬を飲める。
しかし、口に残りやすい。
本人は食事ができる。
しかし、むせ込みやすい。
こうした場合、職員が全部やるのではなく、本人にやってもらいながら、危険なところだけ確認する。
見守りとは、自立を支える介助である。
ただし、見守りの判断を甘くすると危険である。
見守りでよいと思っていた利用者が、実際にはその日の体調が悪く、ふらついていることもある。
昨日できたことが、今日もできるとは限らない。
朝できたことが、夕方にもできるとは限らない。
利用者の状態は変わる。
だから、介助量は固定ではない。
この人は全介助。
この人は半介助。
この人は見守り。
そう決めたとしても、それは絶対ではない。
体調が悪い日。
眠気が強い日。
発熱がある日。
薬の影響が出ている日。
不穏が強い日。
足の痛みがある日。
気分が落ち込んでいる日。
そうした日は、普段より介助量が増えることがある。
逆に、調子が良い日は普段より動けることもある。
だから職員は、毎回見る必要がある。
前回できたから大丈夫。
いつもこうだから大丈夫。
この人は見守りだから大丈夫。
そう決めつけると危ない。
介護技術とは、固定された分類を暗記することではない。
その時の状態を見て、必要な介助量を判断することである。
残存能力を見る時に大切なのは、身体機能だけではない。
認知面も見る必要がある。
足腰はしっかりしている。
しかし、認知症症状によって手順が分からない。
立てる。
しかし、どこへ向かうのか分からなくなる。
歩ける。
しかし、危険な場所へ行こうとする。
トイレに行ける。
しかし、トイレの場所が分からない。
薬は飲める。
しかし、飲んだことを忘れる。
このような利用者の場合、身体能力だけを見て「できる」と判断すると危険である。
介護では、身体能力と判断能力の両方を見る必要がある。
身体は動くが、危険判断ができない人もいる。
身体は弱いが、理解力はしっかりしている人もいる。
声かけがあれば安全に動ける人もいる。
声かけをしても混乱する人もいる。
その人に合わせて、介助の形を変える。
残存能力を見るとは、単に筋力を見ることではない。
身体、認知、理解、意欲、不安、体調、その場の状況を合わせて見ることである。
ここで重要なのは、職員の思い込みを入れすぎないことである。
この人はできない。
この人は危ない。
この人はどうせ無理。
この人は自分でやらせると遅い。
そう考えて、すべて職員がやってしまうと、本人の能力を奪うことがある。
一方で、
この人はまだできる。
この人は前もできた。
このくらいなら大丈夫。
そう考えて、必要な介助をしなければ事故につながる。
過介助も危険である。
介助不足も危険である。
介護技術とは、その間を見極める技術である。
本人にできることはしてもらう。
しかし、危険は見逃さない。
本人の力を活かす。
しかし、無理はさせない。
自立を支える。
しかし、事故は防ぐ。
このバランスが難しい。
だから、介護は誰でも同じようにできる仕事ではない。
たとえば、移乗介助で考える。
本人が立てるかどうかを見る。
足を床につけられているかを見る。
手すりを持てるかを見る。
立ち上がる意思があるかを見る。
声かけが通じているかを見る。
重心がどこにあるかを見る。
立った後に向きを変えられるかを見る。
座る時に急に落ち込まないかを見る。
この確認をしながら介助する。
残存能力を見ずに介助すれば、力任せになる。
力任せの介助は危ない。
利用者が怖がる。
拒否が出る。
身体がこわばる。
職員の腰に負担がかかる。
重心が崩れる。
転倒リスクが上がる。
逆に、残存能力を正しく使えれば、介助は軽くなる。
本人が立つ力を使う。
本人が手すりを持つ。
本人が足を動かす。
本人が座るタイミングを理解する。
職員はそれを支える。
利用者も職員も楽になる。
残存能力を見ることは、利用者のためだけではない。
職員のためでもある。
本人の力を活かせば、職員が全部抱え込まなくて済む。
無理に持ち上げる必要が減る。
腰への負担が減る。
介助がスムーズになる。
拒否や不安も減りやすい。
だから、残存能力を見ることは、介護技術の土台である。
新人が最初に覚えるべきなのも、この視点である。
全部やってあげることが介護ではない。
放置することも介護ではない。
その人ができることを見て、必要な分だけ支えることが介護である。
分からなければ、勝手に判断しない。
この人はどこまでできるのか。
どこから危ないのか。
どの程度支えればよいのか。
どの職員なら上手く対応できるのか。
不安なら先輩職員に聞く。
新人のうちは、それでよい。
介護現場で危険なのは、分からないまま独断で動くことである。
残存能力の判断を誤れば、事故につながる。
過介助になれば、本人の力を奪う。
介助不足になれば、転倒や受傷につながる。
だから、報告、連絡、相談が大事になる。
利用者の状態は変わる。
介助量も変わる。
昨日の正解が、今日も正解とは限らない。
だからこそ、介護職は利用者を見る。
歩き方を見る。
立ち上がりを見る。
表情を見る。
反応を見る。
声かけへの理解を見る。
体調を見る。
不安を見る。
その日の違いを見る。
介護技術の第一歩は、手を出すことではない。
見ることである。
そして、見たうえで、どこまで本人に任せ、どこから職員が支えるかを判断することである。
残存能力を見極めることができれば、介助は安全に近づく。
本人の力も活かせる。
職員の負担も減らせる。
介護技術は、ここから始まる。




