部活動紹介
グダグダと考えても、結論は出なかった。ということは、部活動見学で答えを出すしかないということ。
憂鬱になる所だろうが、ワクワクしている俺は、Mなのかもしれない。
目の前が学校のため、優雅な朝の時間を取れる。
家を出る時間をそこまで切り詰めなくていいし、忘れ物をしてもまだどうにかなりそうな距離感がある。朝の空気はまだ少し冷えていて、マンションのエントランスを抜けると、陽の当たる校門のあたりだけが白く明るく見えた。
「おはよう」
先に来ていた宇羽野に、自然に挨拶が出来た。
「おはよう」
ただ挨拶が帰ってきただけなのに、嬉しい気持ちになる。知ってはいたが、俺という人間は単純だ。
「宇羽野さん早いね、家近くなの?」
家の場所を聞くのは、少しばかり躊躇しかけたが、話題を広げられるなら是が非でもしたい。1回捨てた人生だ。何もしないよりはましだろう。
「北門出て二十分くらい。岡君は?」
待っていました。その質問。
「正門の目の前のマンション」
「え!あのマンション?すごく近いじゃん」
予想通りのリアクションだ。苦しゅうない。
「何分前に出るの?」
教室に掛けられている時計に、目を向ける。
「今から2分くらい前に出たかな」
「えーいいなー」
そんなありふれた会話が、朝の教室で繰り広げられていた。
三時間目終わって少しすると、担任が教卓を軽く叩いた。
「これから体育館で部活動紹介を行います。荷物は机の横に掛けたままでいいから、筆記用具だけ持って、静かに移動して」
俺は、ペンケースだけ持って立ち上がった。
「岡君、行こうぜ」
杉本に話しかけられ、教室を出て体育館へ向かう。
体育館の入口に近づくにつれて、独特の匂いが混じり始めた。
磨かれた床のワックス、少し湿ったような体育館シューズの匂い、それから人が集まった時にだけ生まれる、布と熱の薄いこもり。
忘れ去られていた感覚や、嗅覚などが戻ってくるのを感じる。人間が、一番早くに忘れるのは、匂いだと聞いたことがある。その分、思い出した時に、インパクトがあるのかもしれない。ただの憶測だが。
中へ入ると、中央に一年生用の列が作られていて、クラスごとに座る場所が決められていた。壇上の前にはマイクスタンドが二本立ち、その脇に長机が置かれている。舞台袖のカーテンは少しだけ開いていて、その隙間から上級生らしい影が動いているのが見えた。
全クラスが座りきるまでに、体育館の中のざわめきは少しずつ大きくなっていった。
天井が高いせいで声が上へ逃げていくのに、それでも人の数だけ熱が溜まっていく感じがある。誰かが後ろを振り向いて友達を探し、どこかで短い笑い声が上がる。ステージの方では、先生がマイクの位置を直していた。
やがて、スピーカーが一度だけ「ボン」と低く鳴った。
「静かにしてください」
生徒指導らしい先生の声がマイクを通して響く。
その瞬間、一年全体のざわめきがざっと引いていく。数秒前まで広がっていた雑音が、綺麗に消え去った。
「これから部活動紹介を始めます。各部、紹介は二分以内。実演がある部も、安全に十分気をつけること。新入生は私語をせず、興味を持った部があれば配布した一覧に印をつけておきなさい」
配られていた一覧表を見下ろす。
運動部、文化部、その横に活動日や簡単な説明。
最初に出てきたのは、生徒会の先輩だった。九年前にも見た人なのだろうが、記憶の片隅にも存在しなかった。
真ん中まで歩いてきて、マイクの前で一礼する。前は三年の先輩なんて、大人っぽく見えたものだが、薄っぺらいが九年の人生経験を経て改めて見ると、中学生はもれなくガキだ。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。本日は、各部活動の紹介を通して、この学校での放課後の過ごし方を少しでもイメージしてもらえたらと思います」
よく通る声だった。
最初の部は、野球部だった。全員知った顔だ。名前は思い出せない。すまない名無しの先輩方。
次はサッカー部。
こちらは人数が多いらしく、横一列に並んだだけでそれなりの迫力がある。ひとりが話し、ふたりがボールを使って軽くリフティングを見せる。ボールが足の甲から膝、肩へと小気味よく移っていくたび、あちこちから「おお」と小さな声が漏れた。体育館の床にボールが一度落ちると、乾いた音が高く跳ね返る。
バスケ部はもっと派手だった。
ドリブルの音だけで体育館らしさが一気に増す。先輩のひとりがマイクで話しながら、もうひとりがその後ろでレイアップシュートの動きを見せる。ボールが床を叩く音が連続すると、体育館の空気そのものが跳ねているみたいだった。最後にリングへ吸い込まれる音がして、拍手が少し大きくなる。
女子バレー部の紹介では、床に落ちるボールの重い音と、「お願いします!」という声が印象に残った。
揃って礼をする姿がきれいだったし、喋っている先輩の口調は柔らかいのに、実演に入った瞬間だけ目つきが変わる。そういう切り替え方が、なんだか大人っぽく見える。
テニス部、陸上部、卓球部。
部ごとに声の出し方も、立っている時の体の癖も違っていて、見ているだけでもけっこう面白い。陸上部は走る場所がないせいでフォームの説明だけだったが、それでもふくらはぎの締まり方や姿勢の良さがいかにも陸上部だった。卓球部はラケットと球を使って台なしで打球感を見せるしかなかったが、それでも手首の動きが速すぎて、後ろの方のやつが「見えん」と笑っていた。
紹介が進むにつれて、おれの一覧表には丸や三角が少しずつ増えていった。
見に行く候補、くらいの意味しかない。けれど、何も決まっていない白い紙だった時よりはずっとましだ。
全部の紹介が終わった頃には、体育館の中の空気は最初よりだいぶあたたかくなっていた。
ずっと座っていたせいで尻は痛いし、太ももの裏も少しだるい。それでも、退屈だったかと言われるとそうでもなかった。むしろ、思っていたよりちゃんと面白かった。あの頃の俺も、今の俺と同じように面白いと思えただろうか。
最後に生徒会の先輩がもう一度マイクの前に立つ。
「以上で部活動紹介を終わります。このあと、見学したい部がある人は自由に見に行ってください。気になる部がなくても、とりあえず一度見てみることをおすすめします」
解散の合図が出ると、体育館の中にまたざわめきが戻ってきた。
今度のざわめきは最初のものとは違う。さっきまでは「何が始まるんだろう」という手探りの音だったのに、今は「あれ見ようぜ」「吹部すごくなかった?」「おれ絶対サッカー部」と、ちゃんと中身のある声になっている。
今日も今日とて、忙しなく時間は過ぎ去り、入学式から続いていた最後の午前中授業が終わりを告げた。
「今日はこのあと部活動見学があります。見たい部を自由に回ってください」
教室内が、騒がしくなる。
「岡君、野球部見に行こう」
ニコニコして話しかけている杉本、君は俺を野球部に誘おうとしているのか。そういう思惑なら、悪いが断る。野球部は絶対に嫌だ。嫌だ。嫌だ。
磨き上げられたその足で踏み出せ今ここで




