第26話 ポスターの絵の具は、勘違いよりも乾きにくい
学園祭準備、二日目。
僕たちに与えられた任務は、宣伝用ポスターの作成だった。
「絵か。任せろ。エルフは芸術にも秀でている」
「ほう。じゃあ描いてみろ」
シルフィは筆を握り、迷いなく画用紙に向かった。
自信満々の横顔。
……嫌な予感がする。
数分後。
そこには、緑色の何かが、鎮座していた。
「……なにこれ」
「玲奈様だ」
「玲奈さんに謝れ」
どう見ても、苔むした岩だった。
崇拝の気持ちだけは、絵の具三倍濃度で伝わってくる。
◇
「では、文字は私が」
気を取り直したシルフィが、筆を持ち直す。
がくえんさい
ひらがなだけ、やたら達筆だった。
「漢字は?」
「まだ習得しておらん」
「小学生か」
「エルフの寿命は長い。焦る必要はない」
「時間の使い方が下手すぎる」
結局、文字も僕が書くことになった。
シルフィは隣で腕を組み、うんうんと頷いている。
「よし、いい字だ。下僕にしては上出来」
「その称号、いつまで続くんだよ」
◇
作業をしていると、教室の入り口に、影が差した。
「あら。頑張ってますね」
玲奈だった。
その瞬間、シルフィの背筋が、また号令を受けた騎士になる。
「れ、玲奈様! なぜここに!?」
「差し入れを持ってきたんです。二人とも、甘いもの好きでしょう?」
差し出されたのは、小さな紙袋。
中には、焼き菓子が入っていた。
「い、いただけません、そのようなもったいなきもの――」
「シルフィさんの分、多めにしておきましたよ」
「……いただきます」
手のひら返しが、光の速さだった。
玲奈は、くすりと笑って。
それから、僕の方を見た。
「鈴木くん。いつも、シルフィさんのこと、ありがとう」
「……別に。勝手に世話焼いてるだけです」
「ふふ。そういうところ、いいと思いますよ」
なぜか、その言葉が。
やけに、耳に残った。
◇
玲奈が去ったあと。
シルフィは、焼き菓子を大事そうに両手で包んでいた。
「……ハルト。私は、幸せ者だな」
「急にどうした」
「あの方の、お心遣いを賜れるとは。エルフ冥利に尽きる」
その顔が、あまりに満ち足りていて。
僕は、なんだか言葉に詰まった。
「……なあ。お前は」
「なんだ」
「玲奈さんの、どこがそんなに好きなんだ?」
聞いてから、しまった、と思った。
やけに、真剣な声色になってしまった。
シルフィは、少し考えて。
「優しいところ、だな」
「……それだけ?」
「あの方はな。役に立たない私を、一度も、咎めなかった」
その言葉に。
僕は、生徒会室で見た、玲奈の横顔を思い出す。
シルフィを見る、あの優しい目。
その奥に混じっていた、読み取れない何か。
「……ハルト。お前も、そうだ」
「え?」
「私が何もできなくても、お前は、隣にいる」
シルフィは、焼き菓子を一つ、僕に差し出した。
「だから、これは、褒美だ。下僕への」
「……それ、玲奈さんからもらったやつだろ」
「うるさい。私が良いと言えば、良いのだ」
突き出された焼き菓子を、僕は受け取る。
指先が、少しだけ、触れた。
シルフィは、ぷいと顔を背けた。
……冷たいはずの、こいつの横顔が。
夕暮れの光のせいか。
やけに、赤く、見えた。
◇
その夜。
僕は、もらった焼き菓子を、机の上に置いたまま。
なかなか、食べられずにいた。
私が何もできなくても、お前は、隣にいる
あいつの言葉が、頭の中で、ぐるぐる回っている。
――らしくない。
僕は、また頭を振った。
窓の外では、星が瞬いていた。
学園祭は、もうすぐだ。
きっと、これから。
この、名前のつかない気持ちも。
少しずつ、形を、変えていく。
結局その夜、焼き菓子は、食べられなかった。
もったいなくて、なのか。
それとも、別の理由か。
自分でも、わからないまま。
僕は、そっと、明かりを消した。




