第25話「実行委員、始動」
学園祭実行委員に任命された、翌日。
放課後の生徒会室には、すでに玲奈の姿があった。
シルフィは扉を開ける前に、深呼吸を三回した。
「ハルト。私の髪、乱れていないか」
「お前、僕には髪型なんて一度も気にしたことないだろ」
「当然だ。貴様に見せる髪などない。だが、あの方は別だ」
「ひどい言い草だな」
扉を開けると、玲奈が顔を上げて微笑んだ。
「いらっしゃい。待っていましたよ」
その一言で、シルフィの背筋がピンと伸びた。
まるで号令を受けた騎士である。
「玲奈様! 本日も光り輝いておられますね! その御身、まさに女神の化身!」
「ふふ、ありがとう。でも、玲奈でいいですよ」
「れ、玲奈さ……れ、玲奈……っ」
シルフィが噛んだ。
顔が、ゆで蛸のように真っ赤になっている。
憧れの相手に名前で呼べと言われ、許容量を超えたらしい。
僕は彼女の背中を、軽く叩いてやった。
「おい、落ち着け。鼻血出るぞ」
「だ、黙れ下僕! 今、人生で一番大事な瞬間なのだぞ!」
……下僕設定、まだ生きてたのか。
玲奈は、そんな僕たちを見て、楽しそうに笑った。
「本当に、仲がいいんですね」
「「仲良くない(よくないです)!」」
息ぴったりに否定してしまった。
玲奈の笑みが、深くなった気がする。
◇
「では、さっそく今日のお仕事を。各クラスの出し物の希望を、集計してほしいんです」
玲奈が、紙の束を僕たちに渡した。
なるほど。地道な事務作業だ。
「お任せを! この程度、エルフの叡智をもってすれば一瞬――」
シルフィは紙束を受け取り、ものすごい速さでめくり始めた。
が。
「……ハルト。これは、何語だ」
「日本語だよ」
「数字が……多い……目が、回る……」
「事務作業、向いてないだろお前」
結局、集計は僕がやることになった。
シルフィは隣で「監督」と称して、いちごオレを飲んでいる。
完全にお荷物である。
しかし、玲奈は何も言わなかった。
ただ、時々シルフィの方を見て、優しく目を細めていた。
不思議だった。
あんなに役立たずなのに、なぜか、咎めない。
◇
作業が一段落した頃。
玲奈が、紅茶を淹れてくれた。
「お疲れさま。少し、休憩にしましょう」
差し出されたカップを、シルフィは両手で、恭しく受け取った。
「あ、ありがたき幸せ……! 玲奈様自らのお茶など、もったいなきこと……」
「大げさですね。ただの紅茶ですよ」
シルフィは、一口飲んで。
ぴたりと、動きを止めた。
「……どうした?」
「ハルト。これは、罠だ」
「は?」
「美味すぎる。私を骨抜きにして、永久の忠誠を誓わせる気だ……さすが玲奈様、抜け目がない……!」
「ただの紅茶だよ。被害妄想やめろ」
玲奈は、口元を押さえて笑っていた。
その横顔を、僕はなんとなく、見ていた。
優しい人だ。
でも、時々。
その笑顔の奥に、何か。
僕には読み取れない、別の表情が、混じる気がした。
……いや。考えすぎか。
◇
帰り道。
空が、茜色に染まっていた。
「ふふん、今日も実りある一日だったな」
「お前、何もしてないけどな」
「何を言う。私は『場の士気を高める』という重要な任務を果たした」
「いちごオレ飲んでただけだろ」
シルフィは、僕の言葉を完全に無視して、スキップを始めた。
相変わらず、ジャンプ力がおかしい。
軽く二メートルは跳んでいる。
「なあハルト。学園祭、楽しみだな」
「……まあな」
「あの方の、一番近くで。役に立てるのだ」
シルフィの横顔は、夕日に照らされて。
いつもの威張った顔とは、少しだけ、違って見えた。
憧れの人のそばにいられる。
ただ、それだけのことが。
こいつにとっては、世界のすべてみたいに、嬉しいらしい。
……ちょっとだけ。
羨ましいと、思ってしまった。
僕の一番近くには。
いつだって、こいつが、いるのに。
こいつの一番近くには、僕じゃない誰かがいる。
なんて。
らしくないことを、考えてしまって。
僕は、慌てて頭を振った。
「おいハルト、何をぼーっとしている。早く帰るぞ。明日も玲奈様にお会いするのだ、英気を養わねば!」
「はいはい」
「返事は一回!」
「お前が言うな」
茜色の道を、二人で歩く。
学園祭の準備は、まだ始まったばかりだ。
きっと、これから。
もっと、賑やかになる。
そんな予感がした。




