第27話 リハーサルは、本番よりも心臓に悪い
学園祭準備、佳境。
生徒会室は、書類とダンボールで、埋め尽くされていた。
「ハルト。この箱、どこに運ぶ」
「そこの棚の上」
シルフィは、片手で軽々と箱を持ち上げた。
中身は、缶詰がぎっしり詰まっているはずだ。
「お前、力だけは本当にあるよな」
「だけは、とはなんだ。だけは、とは」
「事実だろ」
シルフィは箱を棚に置き、ふんぞり返った。
……相変わらず、着地音がしない。
◇
「ステージ発表のリハーサル、そろそろ始めましょうか」
玲奈の声で、実行委員たちが集まった。
我がクラスの出し物は、有志によるステージ企画。
その司会進行を、なぜか、シルフィが任されていた。
「本当に、こいつで大丈夫なのか?」
「シルフィさん、声が通るし、華があるでしょう?」
「華はまあ、認めますけど」
「それに」
玲奈は、少しだけ、声を落とした。
「あの子が頑張る姿、見たいんです」
その横顔に、また。
僕には読み取れない、何かが、混じった気がした。
◇
リハーサル開始。
シルフィが、ステージの中央に立つ。
台本を握る手が、微かに、震えていた。
「え、ええと……ただいまより、我がクラスの、し、śhikai……」
「日本語で頼む」
「わ、わかっている!」
最初の一言で、噛んだ。
顔が、じわじわと赤くなっていく。
……あれ。
こいつが、緊張してる。
いつもの、根拠のない自信は、どこへ行った。
「シルフィさん、落ち着いて。ゆっくりで大丈夫ですよ」
客席から、玲奈の声。
その瞬間、シルフィの背筋が、伸びかけて。
――今度は、伸びきらなかった。
「……はい」
小さな、返事。
いつもの「玲奈様!」の絶叫は、なかった。
◇
リハーサルは、なんとか、最後まで進んだ。
だが、シルフィの声は、最後まで硬かった。
終わった後。
彼女は、ステージの袖で、うずくまっていた。
「おい。大丈夫か」
「……ハルト」
「なんだ」
「私は、あの方の期待に、応えられなかった」
その声が、あまりに、しおれていて。
僕は、言葉を探した。
「別に、失敗したわけじゃないだろ」
「噛んだ。三回も」
「本番までに直せばいい」
「……直せなかったら?」
顔を上げたシルフィの目が、揺れていた。
いつも威張って、下僕下僕と言うくせに。
こういう時だけ、やけに、頼りない。
僕は、少し考えて。
彼女の頭に、ぽん、と手を置いた。
「大丈夫だ。お前、力だけはあるんだから」
「……それ、褒めているのか」
「今のは、褒めてる」
シルフィは、じっと、僕を見上げた。
それから、小さく。
ほんの少しだけ、笑った。
「……ふん。下僕のくせに、生意気だ」
でも、その声は。
さっきより、ずっと、柔らかかった。
◇
帰り道。
シルフィは、いつもより、口数が少なかった。
「なあハルト」
「なんだ」
「本番、お前は、どこにいる」
「客席だろ。ステージには上がらないし」
「……そうか」
シルフィは、少しだけ、俯いて。
「一番、見えるところにいろ」
「は?」
「私が緊張したら、お前の顔を、探す。だから、いろ」
突然の、指令だった。
いや、これはたぶん。
指令の形をした、お願いだ。
「……わかったよ」
「返事は一回」
「はいはい」
「一回と言っている」
いつもの掛け合いが、戻ってくる。
でも。
私が緊張したら、お前の顔を、探す
その一言だけが。
やけに、胸の奥に、残っていた。
――こいつの一番近くには、僕じゃない誰かがいる。
そう、思っていたのに。
少なくとも、明日の本番。
こいつが探すのは、僕の顔らしい。
それが、どういう意味なのか。
僕には、まだ、わからなかったけれど。
夜空を見上げると、月が、やけに近く見えた。
明日は、いよいよ、学園祭だ。




