23話 シルフィのいない、初めての雪
翌朝も、雪だった。
昨日の夜から、降り続いたらしい。
通学路の植え込みに、薄く、白がのっていた。
校門をくぐる足が、いつもより、重かった。
教室に着いた。
シルフィの席は、空いていた。
分かっていた。
分かっていても、見てしまう。
見るたびに、昨日の涙の続きが、喉のあたりに、たまっていく。
ホームルーム。
「白森」
返事は、ない。
「……欠席」
担任のペンが、出席簿を走る。
昨日と、同じ音。
違うのは、僕が、もう、跳ねなかったことだった。
期待しなくなった、わけじゃない。
期待することに、慣れ始めた、だけだった。
慣れたくなんて、なかったのに。
一時間目が始まる前、玲奈が、僕の席まで来た。
昨日の、強張った顔とは、少し違った。
決めてきた顔、だった。
「鈴木くん」
「……はい」
「放課後、白森さんの行きそうな場所、一緒に回らない?」
「……場所」
「心当たり、全部」
「……」
「私と鈴木くんで、半分ずつ知ってると思う。合わせたら、たぶん、もっと分かる」
その通りだった。
玲奈の知っているシルフィと、僕の知っているシルフィは、たぶん、少しずつ、違う。
違うところを、足したら。
僕は、頷いた。
「……行きます」
頷いてから、気づいた。
昨日、僕は、立ち上がる力が出なかった。
今日は、立てている。
立たせてくれたのが、誰なのか、考えるまでもなかった。
隣で、玲奈が、小さく笑った。
「……うん。その顔の方が、いい」
午後の授業は、昨日より、少しだけ、進んだ。
ノートに、文字が、書けた。
ときどき、隣の空席を見た。
見ても、胸を押される感覚は、まだ、あった。
でも、押されたまま、ペンを動かせるようになっていた。
六時間目の終わり。
チャイムが、鳴った。
僕は、今日は、立ち上がれた。
帰りのホームルームが終わって、玲奈が、コートを羽織りながら、入口で待っていた。
「行こう」
「……はい」
雪は、やんでいた。
でも、空は、まだ、重く垂れていた。
二人で、校門を出た。
「まず、どこから」
「……駅前の、本屋」
僕が言うと、玲奈が、少しだけ、目を見開いた。
「本屋?」
「シルフィ、機嫌が悪いとき、本屋にいる。誰にも言わずに」
「……知らなかった」
「玲奈の前では、たぶん、しない」
玲奈は、しばらく黙ってから、小さく頷いた。
「……鈴木くんの方が、知ってるんだね。そういうの」
「……世話、焼いてきただけです」
「ううん」
玲奈は、首を振った。
「それは、見てきた、ってことだよ」
その言葉が、なぜか、胸の奥に、刺さった。
駅前の本屋に、シルフィは、いなかった。
店員に聞いても、心当たりは、なかった。
次に、玲奈が、行き先を言った。
「……河川敷」
「河川敷?」
「白森さん、嫌なことがあると、川を見に行くって、前に言ってた」
「……知らなかった」
「鈴木くんの前では、しないのかも」
お互い、知らない場所を、一つずつ、持っていた。
河川敷にも、シルフィは、いなかった。
川は、灰色で、ゆっくり、流れていた。
冷たい風が、二人の間を、抜けていった。
次の場所も、その次の場所も、空振りだった。
日が、落ちていく。
心当たりの最後の一つを、回り終えたとき、あたりは、すっかり暗くなっていた。
街灯の下で、玲奈が、立ち止まった。
「……いなかったね」
「……はい」
「全部、回ったのに」
玲奈の声に、初めて、疲れが、にじんだ。
ずっと、強い顔を、保っていた人だった。
その顔が、街灯の下で、ほんの少しだけ、崩れた。
「……鈴木くん」
「はい」
「私、強がってた」
「……」
「白森さんがいなくなって、一番、怖いの、たぶん、私」
「……」
「だって、私が、屋上で、嘘つかないって、言わせたから」
玲奈の目が、潤んでいた。
昨日、僕の背中をさすってくれた手が、今、自分の腕を、抱いていた。
僕は、何を言えばいいのか、分からなかった。
分からなかったから、昨日、玲奈がしてくれたことを、した。
玲奈の背中に、手を、置いた。
玲奈が、小さく、息を呑んだ。
「……鈴木くん」
「……昨日の、お返しです」
「……ずるい」
「すみません」
「ずるいよ、それ」
玲奈が、笑った。
泣きそうな顔で、笑った。
雪が、また、ちらつき始めた。
二日目の雪だった。
その時、僕のポケットで、スマホが、震えた。
心臓が、跳ねた。
昨日の朝みたいに、跳ねた。
画面を、見た。
知らない、番号だった。
市外局番から、始まる、固定電話の番号。
僕は、玲奈を見た。
玲奈も、僕の画面を、見ていた。
雪の中で、スマホは、震え続けていた。
僕は、震える指を、画面に、滑らせた。




