第20話 魔王
昨日はたくさんのPVをいただきました。初めてのことで、少しだけ胸が高鳴りました。本当にありがとうございます。
あまりこうしたことを語るのは、物語の空気を乱してしまいそうで迷いましたが……それでも、感謝の気持ちだけはどうしても伝えたくて。心より、ありがとうございました。
山の中腹にぽっかりと口を開けた洞窟。
その奥を真下におよそ百メートル降りた先――そこに広がっていたのは、地下都市とよく似た、巨大な地下空洞だった。
その中心には、静かに水面をたたえる円形の湖。
そして湖の中央には、まるで浮かぶように、孤立した円形の小島が佇んでいた。
ヒナタたちは湖のほとりまで歩を進め、ふと足元を見下ろす。
「これ……なに?」
リーネが興味深そうに声を上げる。
そこには、突如として現れた転移魔法陣が、淡い光を帯びて広がっていた。
「これに乗れば、たぶんあの中央の島に飛ばされるはずだ」
ヒナタが小さく頷き、皆に目を向ける。
リーネもクロノも、ためらわずに頷き返した。
「よし、行こう。せーの!」
三人が魔法陣に同時に飛び乗った瞬間、ふわりと身体が浮き上がる感覚が全身を包む。
次の瞬間、視界が揺らぎ――気づけば、一行は湖の中央、孤島の上に立っていた。
すると、空気がわずかに震え、周囲が眩い光に包まれ始める。
そして――
「ん? 誰か来たのか!?」
少女のような甲高い声が、突然、ヒナタたちの頭の中に響き渡った。
突如響いた声に、三人は思わず顔を見合わせた。
クロノも尻尾をピンと張り、低く唸りながら警戒の構えを取っている。
ヒナタはおずおずと前に出て、慎重に声を返した。
「あ、はい……急にすみません。ヒナタと申します」
前回の経験を踏まえ、相手はおそらく“神”だろうと見当をつけた。
無礼な態度はさすがにまずい、と判断し、自然と敬語が口をついて出た。
ただ――ひとつ気になることがある。
その声は、前に聞いた神の声とはまるで違っていたのだ。
甲高く、どこか幼さと無邪気さを含んだ、少女のような響き。
「むむむむ? お主……変わった形をしておるな! 死者が迷い込んできたのか?」
楽しげな、きらきらと跳ねるような声が、脳内に響き渡った。
「……いえ。元は人間でしたが、少し前に幽霊の魔物となりました」
ヒナタは言葉を選びながら続ける。
「そしてこちらも、かつては人間。百年ほど前に命を落とし、魔物になりつつも人格を保ったリーネです」
そう言って横のリーネを示し、
「それから、魔獣のクロノ。確か……人間たちからはフェングレイ、という種族名で呼ばれていたはずです」
落ち着いた声で名乗り終えると、三人はぴりりと張り詰めた空気の中で、相手の反応を待った。
「人間……!? 少し前? お主、変わったことを言うな!」
甲高い少女の声が、頭の中に響く。
「そこの女はまだ分かるが、この世界に人間などおらんぞ?」
――ん? 今、なんて言った?
「カルネア王国にも、同じような泉の神殿があったんです。
そこでスキルを習得し、魔物化を果たしました」
ヒナタが丁寧に説明を加えると、少女の声はさらに怪訝さを増した。
「へ? なんだそれ!? 神殿で魔物化?
ってことは……お前、本当に人間だったのか!?」
だから、それを何度も言ってるんだけど――。
ヒナタは内心で小さく肩を落とす。
確かに、人間が魔物になること自体は、この世界では珍しいことではない。
ただ、リーネや自分のように意思を持ち、会話ができる存在はほとんどいないはずだ。
もしかすると、“異世界から来る”という前提がなければ、決して成し得ない変化なのかもしれない。
……それを考えず、最初から正直に話したのは少し迂闊だったか。
「はい、そうです。元は人間でした」
「うーん……そんなことがあるんだなー」
少女の声が一拍置いて、ぱっと明るく跳ね上がった。
「あ! 今そっちへ行くから、ちょっと待ってな!」
その言葉が響いた瞬間、ヒナタたちの目の前に転移魔法陣が浮かび上がった。
魔法陣の縁を縫うように、キラキラとした光粒が渦を巻き、
それはみるみるうちに人の形を形作っていく。
――姿を現したのは、小柄な少女だった。
小柄な体つきで、背丈はリーネの胸元にも届かないくらい。
鮮やかな金色の髪は、高い位置で結ばれたツインテールが特徴的で、動くたびに陽光を跳ね返し、まるで光の糸のように輝いた。
瞳は透き通るような水色。
好奇心に満ちたその瞳は、何か面白いものを見つけるとキラキラと光り、少女の活発さをさらに際立たせる。
服装は軽やかで動きやすいデザイン。
濃紺と白を基調にした短めのコートを羽織り、足元には細かい装飾の入ったブーツ。小さな腰のベルトには魔導装置らしき小物がいくつもぶら下がり、彼女の手足と同じくらい、常に軽やかに跳ねていた。
ぱっと見は無邪気な冒険好きの少女。
しかしその立ち姿からは、油断ならない“力”の余韻が滲み出していた。
ヒナタは思わず浮遊した体を仰け反らせ、驚きの表情を見せた。
「よっ! 来てやったぞ!」
目の前に現れた少女は、満面の笑みで胸を張り、ヒナタたちを順番に見回していく。
「しかし、なんだか変わったメンバーで集まってるなー、お前たち!」
「あ、あの……あなたは、神様ですか?」
リーネがおずおずと声をかける。
どこか怯えつつも興味を隠せない様子だった。
「ん? 違うぞ?」
少女は笑みを浮かべ、ツインテールを揺らしながらにんまりと答える。
「ファルはな、魔王なのだ!」
「……ファル?」
「そうだ! お主たちの目の前にいる、この可愛い美少女がファルだ!
ファル・ネヴァロアというのだ!」
少女は腰に両手を当て、お腹を突き出し、堂々としたドヤ顔を見せつける。
まるで「どうだ、すごいだろ!」と全身で語るかのように。
魔王――。
その響きに、ヒナタは小さく息を呑んだ。
魔王とはつまり、敵対するべき存在なのか?
いや、それを言うなら自分だって、魔物という立場だ。
考えすぎるな――そう思い直し、ヒナタは首を小さく振った。
「……魔王が、なぜこんな場所に?」
相手が神ではないとわかっても、見た目が少女だろうと“魔王”という肩書きは軽くない。
ヒナタは言葉遣いを崩さず、丁寧に問いかけた。
「ここはファルの“場所”なのだ!」
どこか得意げにそう言い放つ少女。
その答えはよくわからなかったが――。
魔王の逆鱗に触れては危険だ、と判断したヒナタは、それ以上深掘りすることをやめた。
「……なるほど、承知しました」
ヒナタは小さく頷き、そっと一歩後ろに下がって言葉を続ける。
「ところで、先ほど仰っていた《この世界に人間はいない》というのは、どういう意味なのでしょうか?」
話題を変えるように、ヒナタが慎重に問いかける。
するとファルは、さらりと――しかしとんでもないことを口にした。
「言葉の通りだ! この世界にはもう人間は生存しておらん!」
「……え?」
ヒナタは一瞬、耳を疑った。
では、地下都市で出会ったザイルやアレンたちは、なんだったというのか?
「ですが魔王様、俺は確かにカルネア王国という地下の都市で、人間と出会い、会話を交わしたはずです……」
ヒナタが食い下がると、ファルはきょとんとした顔で首を傾げ、軽く笑った。
「お主、あれらが“人間”に見えておったのか? あれは確かに“人類”ではあるが、人間ではないぞ。
成れの果て、言うなれば――ゴブリンという魔物だ。」
「……え?」
ヒナタの背筋に冷たいものが走る。
横から、リーネがそっと口を開いた。
「ヒナタ……。あの人たちは、確かに“人間”じゃないと思うよ?
私、憑依されてないときは何を話してるのか理解できなかったし……」
「な……なに?!」
思わずヒナタはリーネの方へ向き直る。
「じゃあ、リーネにはどんなふうに聞こえてたんだ!? あの人たちの言葉は!」
「うーん……うまく真似はできないけど……。
キーキー? っていうか、ちょっと甲高い、鳴き声みたいな感じだったかな……?」
――なんということだ。
自分にははっきりと日本語のように聞こえていた。
普通に言葉を交わし、笑い合い、会話をしてきたと信じていた。
まさか、ザイルも、ギルドマスターのアレンも、あの地下で暮らす人々全員が――魔物だったなんて。
ヒナタは、頭の奥で何かが崩れ落ちるような感覚を覚え、思わず息を呑んだ。
魔王ファルが続ける。
「百年以上前、瘴気が世界を覆い尽くしてな、人間は死滅したんだ。それに、あの陽の光も届かない地下で、人間が生き続けられるはずがないだろう?」
ヒナタは脳裏にゴブリンの姿を思い浮かべる。だが、どう考えてもザイルたちのそれとは結びつかない。
「ゴブリンって……見た目は人間に似ているんですか?」
「似てるぞ。そもそも同じ“人類”だからな!」
ファルの説明はこうだった。
百年ほど前、突然地上を覆った瘴気によって人類は地上を追われた。だが人々は生き残るため、必死に生活できる場所を探し続けた。
そんな折、異世界からの転移者が現れ、彼らに救いをもたらす。転移者は人間たちを精霊に近い存在へと進化させ、瘴気にわずかばかりの耐性を与えたという。
もっとも、それでも完全な適応ではなく、瘴気は依然として有害だった。やがて元人間たちは地下へと逃げ込み、そこで地下都市を築いていった。そこからの話はアレンたちが語っていた話と一致していた。
「そんな……まさか人間が、もう一人も残っていなかったなんて……」
ヒナタは小さく息を呑む。
その肩に、クロノがそっと寄り添ってきた。
「ヒナタ、大丈夫?」
「クロノ、お前……最初から彼らが人間じゃないって気づいてたのか?」
「僕は“人間”がどういうものか、そもそも知らないからね。でも、“ゴブリン”だってことは知ってたよ」
知らなかったのは、ヒナタだけだったようだ。
だが、それでも――ザイルへの想いや、人類のために地上を取り戻そうとする気持ちは揺らがなかった。
「そうか……わかった。ひとまず割り切るか……」
ヒナタは自分に言い聞かせるように、少し大きめの声でそう言い、魔王の方へと向き直った。
まだ知らないことは、あまりにも多い。
ヒナタの頭の中には、聞きたいことが次々と湧き上がっていた。




