第21話 血統
この世界には、もともと「魔物」と呼ばれる存在はまったくいなかった。
土地は広大で、国同士の領地争いとも無縁――ただ、平和な時間が長く続いていたのだ。
だが、地上を覆い尽くした瘴気によって、世界は反転した。
人間が消え去り、魔物だけの世界が生まれてしまったのである。
そんな中、奇跡とも言われる確率で「人間のまま生き延びる」道を見つけた者たちがいた。
彼らは瘴気に蝕まれ、死に至る寸前――スキルに目覚めたのだ。
そのスキルは「血統スキル」と呼ばれた。
・竜の血統
・精霊の血統
・神族の血統
・魔王の血統
・英雄の血統
・超越者血統
・異形の血統
これらの血統スキルに目覚めた者たちは、瘴気の影響を受けることなく生き延びることができた。
しかし、地下へと逃げ込んだ人々――人類の“なれの果て”たちと共に暮らすことは叶わなかった。
皮肉なことに、地下に生き残った者たちは、今も自分たちを「人間」だと信じ込んでいる。
だが、血統を有する者たちから見れば、それはまったくの別物だった。
姿かたちこそ似ていても、彼らはすでに人間とは呼べない存在だったのだ。
本当の人間――すなわち、血統スキルを得た者たちにとって、その事実はあまりにも耐え難いものだった。
目の前の「人のような存在」が、実は人ではない。
その隔絶こそが、彼らを孤独へと突き落としたのである。
そうして、いつしか七人の〈血統スキル〉を持つ者たちは、ひとつの場所に集まることとなった。
だが――彼らが互いに寄り添うことはなかった。
単純な理由だった。性格が合わない。それだけのことだ。
そもそも彼らは、血統スキルを所持した際に生殖器を失ってしまったのだ。
人間最後の生き残りだとはいえ、子を残すことができない者同士、愛を育む必要もない。
老いることもない。食事も排泄も不要となった身体には、助け合う必要性すら存在しなかった。
そして何より、彼らは強かった。
血統スキルの力を得た後も、さらに複数の戦闘スキルを習得し続けた。
その力は、地上を支配する魔獣や魔物たちを前にしても、一切遅れを取ることのないほどだった。
しかし――そんな中で、ある事件が起きる。
《異形の血統》の持ち主が、突如として暴走を始めたのだ。
地上を蹂躙し、魔物を吹き飛ばし、魔獣を蹴散らす。
暴れ続けるその姿は、三日三晩止まることがなかった。
当初、他の者たちはそれを黙って見守っていた。
だが――暴虐が止まらぬまま数日が経つ頃、一人がついに動き出す。
《英雄の血統》の持ち主であった。
両者は激突した。
その戦いは、数日間にわたり、山ひとつを消し飛ばしてしまうほどの大規模なものとなった。
だが、結果は悲惨なものだった。
英雄は力尽き、命を落とした。
これには、残された者たちも黙ってはいられなかった。
残る五人が力を合わせ、暴走する異形の者を討ち取ったのだ。
無我夢中で暴れ続けていたかのような彼は、五人がかりでやっと倒せるほどの、圧倒的な強さを誇っていたという。
こうして、かつて七名存在した血統スキル所持者たちは、二名を失い、残るは五名となった。
――だが、誰一人として彼らの死を悼む者はいなかった……。
この世界に、生きる意味などあるのか。
終わりなき無為の時間をただ漂うだけなら、むしろ幕を下ろした方がよいのではないか――
彼らの心は、そんな無気力と虚無に沈んでいた。
しかし、沈黙を破った者が一人いた。
《超越者血統》である。
彼女は他の四名を呼び出し、驚くべきことを語った。
――間もなく、この世界に未知の生物が襲来する。
そやつらを打ち倒せれば、もしかすると、この世界に再び安寧を取り戻せるかもしれない、と。
だが、誰も興味を示さなかった。
あるいは、あの《英雄の血統》が健在であれば、話は違ったかもしれない。
彼ならば、ゴブリンですら守るべき存在だと声を上げていただろう。
《超越者血統》には、未来を垣間見る力――予知能力があった。
その予知が示していたのは、血統スキル所持者が六名揃わねば、未知の殺戮者に打ち勝つことはできないという未来だった。
だが、それはそもそも不可能ではないのか。
今、生き残っている血統スキル所持者は五名しかいない。
新たな血統者が現れるなど、あり得ない話だ。
しかし残りの四人は渋々《超越者血統》である、ヴェルの言うことに従ったのである。
こうして、彼らは新たな血統スキル所持者を探し出すべく、それぞれの戦いを始めるのであった。
ここまでのやり取りを経て、エイドが静かに言葉を発した。ステータス画面が自動的に開かれる。
『恐らく、皆様の“血統スキル”とは――私のような〈残滓〉との融合によってもたらされたものだと思われます。そして暴走とは、その残滓か肉体のいずれかが、瘴気への適応に失敗した結果かと推測されます』
ああ、あのときの街――レガルディアにいた骸骨のような存在。ヒナタの脳裏にあの光景がよぎる。
そのとき、魔王ファルがきょろきょろとあたりを見回しながら、声を上げた。
「なあお前、どこから喋ってるんだ?この世界を長いこと歩いてきたけど、こんな奴は初めて見たぞ!それに〈残滓〉って何者なんだ?」
ヒナタは簡潔に、ステータス画面の存在と、そこに宿る“記憶の断片”であるエイドの正体を説明する。どうやらファルにとっても、ステータス画面という概念そのものが未知の代物だったらしい。
だが――ヒナタには、もう一つ話さねばならないことがあった。
「魔王さん、あと……今更なんですけど、俺……おそらく、異形の血統の……二代目にあたる存在です」
ファルが硬直した。
「なっ……なんだとぉー!!?」
洞窟に少女の金切り声が木霊する。
「まさか!アヴァリスに押しつけたあの面倒な任務――血統探しを!このファルが!あっさり成し遂げてしまうとはぁああっ!!」
彼女は両手を腰に当てて、お腹を前に突き出し、勝ち誇ったように笑い声を響かせた。
どうやら、かなり嬉しいらしい。
「それで、その“未知なる侵略者”というのは、どんな存在なんでしょうか?」
ヒナタの問いに、ファルは即座に首を振った。
「ファルは知らないぞ? 予知能力はヴェルの役目なんだ! だからファルには分からん!」
そうか。ならば仕方がない。おそらく“ヴェル”というのが、超越者血統の名を持つ者なのだろう。
「では、そのヴェルという方にお会いしたいのですが……どうすればよろしいでしょうか?」
しかしファルは、あからさまに面倒そうな表情を浮かべながら、あっけらかんと答えた。
「そんなの知らん! 他のやつらが今どこにいるかなんて、ファルは全然把握してないぞ!」
見た目だけでなく、中身もやはり子供そのものだった。だが、ここで機嫌を損ねてはまずい。相手は魔王。恐らく、常識外れの強さを秘めているに違いない。
ヒナタは、慎重に言葉を選びながら続けた。
「そうですか……。なら、自分たちで探してみます。ですが、もし魔王さんが先に見つけたら、俺に教えていただけませんか?」
「どうやって教えるんだ?」
ファルが不思議そうに問い返してくる。
その返答に、ヒナタは微笑みながら手をかざした。そして、経験値付与を静かに発動する。
同じ“血統スキル”を持つ者同士なら、すでに心のどこかで“絆”が繋がっているはずだ――そう信じて。
「これで、俺たちは遠く離れていても意思疎通ができます。何かあれば、こちらからも声をかけますし、魔王さんも何かあったら教えてくださいね」
ファルは少し驚いたように目を見開いたあと、小さく笑って頷いた。
「まてまてっ! せっかくファルが見つけた血統持ちなのに、どこに行くんだよ!」
名残惜しそうに身を乗り出すファルを、ヒナタは苦笑いしながら制した。
「俺たちは他の四人を探しに行きますよ。別行動のほうが効率いいでしょ?」
本音を言えば、できるだけ早くこの“子供魔王”と距離を置きたかった。もし逆鱗に触れたりしたら対応できる自信はなかったのだ。
「う、うむ。……そうだな、その方が効率が良い!」
ファルは何とか体裁を保とうと、腕を組み、最初から分かっていたぞと言いたげな顔をした。
こうして、一行はファルと別れることになった。
立ち去る直前、ヒナタはふと気になって、洞窟の入り口で門番のように佇んでいたゴーレムについて尋ねてみた。
ファルによれば、あの岩守はこの洞窟の岩石から自然発生した魔物らしい。そして、生まれた場所を“守るべきもの”と認識した結果、自発的に入り口を守るようになったのだという。
別れ際、ヒナタはファルのステータス画面をそっと覗き見た。そして、思わず息を呑む。
能力値こそ推し量れないものの――並んだスキルの名前が、どれも規格外だったのだ。
“名は体を表す”というならば、あのスキル群はまさに、桁外れの力を物語っていた。
ヒナタは心の奥で思う。
――こんなやつが、本気で暴れたらどうなるんだ……。
驚愕と、ほんの少しの嫉妬を抱えながら、ヒナタたちは静かにその場を後にした。
【ファル・ステータス画面】
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名前:ファル・ネヴァロア
種族:魔王
レベル:1
スキル:魔王の血統 (Lv.5)/魔導展開(Lv.5)/制御核解放(Lv.5)/機構舞陣(Lv.5)/魔導支配(Lv.5)/光輪爆撃(Lv.5) /次元穿孔(Lv.5)/極限展開(Lv.5)
獲得可能スキル:なし
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