57.「仇討ち」
*
「……なるほどな」
モニターの前にいた洋が、指で弾いてその画像を消した。それに倣うように、シュンシュンと別のモニターも消えて無くなる。
全てが消えたところでシンと、中央地下室に静寂が訪れた。
椅子に座りため息をつく洋を、朝季と凪、背広の男がじっと見つめる。
「いつから画策していた?」
『俺は冬那から又聞きしただけですけど……夕季さんの案、二年以上前からです』
洋の言葉に答えたのは茉理だった。
夕季という名前に朝季がぴくりと反応したが、声は発さなかった。
『他の案も出たんですけど、冬那が、夕季さんの意思を守りたいと』
「あぁ、冬那と白河夕季の関係には気付いていたよ。だから処分を伝えたんだが……なるほど、二年も経ってから、こう来るとは」
くくっと笑みを漏らした洋が、凪を見つめた。
びくっと肩が跳ねるが、凪は目を逸さなかった。
「まさか自分の娘が巻き込まれるとは、思ってもみなかった。凪、この街に来た目的は?」
「……傍観者を、やめたかったから」
「そうか……しばらく会わないうちに大きくなったな」
困ったように、いや呆れたように嘆息し、洋は居住まいを正した。
朝季に向き直り、その瞳を見つめる。
「君の勝ちだ、朝季くん」
「……俺じゃないです。俺たちの勝ち、です」
「そうだね。君は本当に、お兄さんそっくりだ。聡明で人望があって、他者に対して優しい」
「義兄です。血は繋がっていない」
「義理でも兄弟は兄弟だろう。君たちは真に家族だった。さて、朝季くん。これからどうしようか。偽りの戦場、人間兵器育成のための戦場システムは崩壊した。田舎には再び犯罪者がはこびり、日本国民は再び、異邦の脅威の下で暮らすことになるのか?」
「……考えましょうか」
「考える?」
「人間だから、俺たちは。これから先の未来をどうするか、考えましょうか、一緒に」
目を見開く洋だが、しばらくしてくすくすと笑みを溢した。
口元に手を当てて上品に、閑雅な笑みを。
「難しい課題になるかもしれないねぇ」
「日本が、東京も田舎も関係ない、全ての人が当事者意識を持てば、一億人分の知恵が集まります」
「それは頼もしい……日本全てが傍観者をやめる日か、来るといいねぇ、そんな未来が」
再度一笑する洋に、朝季は張り詰めていた表情を崩した。
恨みはある、だってこの人がいなければ東京内戦は、夕季は死ななかったかもしれなくて。傍観者の町なんて存在しなかった。もっと早く……本当の意味で東京の人々が、楽しく笑って暮らせていたかもしれない。
だから夕季はずるいと、朝季は思った。
よく見れば目元が似ている、さらっとした綺麗な髪も、痩せ方の体格も、微笑んだ顔も。凪に……朝季が守りたいと思った少女に、よく似ている。
「だけどそれでも俺は、あなたを許せない」
洋に向けられる白い空気銃。
朝季から笑みは消えていた。洋は笑顔のまま、朝季を見上げる。
「夕季くんのことかい?」
「殺処分決定を行うのは軍長かもしれないけど、引き金をひいたのはあなたですよね? さっき話をしたと言っていたしなにより、凪がこの街に来たのが、夕季の案なので」
「凪と君を引き合わせて、私に対する憎悪を中和しようと……それで私のいる中央を目指したのか、彼は」
「馬鹿ですよね、夕季は……考えが、浅はか過ぎる。凪が凪じゃなかったら、どうしていたのか」
朝季の隣に立つ凪の瞳が揺れた。ちらっと朝季の手元、白銃の弾倉の色を確認する。
綺麗な薄紫、ラベンダー色の空気弾の群れ。
「やめようと、殺さないと言ってくれていたら、夕季は死ななかった」
朝季が話を続ける。
洋は表情一つ変えず、朝季の言葉に返答した。
「それが君の、私を撃つ理由かい?」
「俺があなたを撃てば、夕季は浮かばれると思いますか?」
「それは私より、君がわかっているんじゃないか?」
「俺だけじゃない。あなたに銃口を突きつけている人間は他にもたくさんいる。今、俺が代表して、ここにいるだけです」
「そうだね。名前も知らない誰かを、たくさん殺したからね」
堪らず、背広の男が動いた。
しかし洋は手で彼を制止する。
「これは私の罪だ。君だけじゃないんだろう? ならばここで全ての意趣を受け止めよう。君のその、一発で」
洋は朗らかに銃口に向けて笑む。
目線も、手の位置も変えない朝季。
「撃ってくれ、それが君の願いならば。ここで全て、終わらせよう」
「……わかってないな」
ゆっくりと瞳を閉じる洋に、朝季は撃針を押した。
ガチン、と平常のそれからは考えられない、大きな音が響く。
「さようなら、洋さん」




