56.「テレビ配信」
「ミスしたらすみません」
「……なんのつもりかな? 凪、お前はわかっていたのか?」
惚けた顔の凪だが、洋の言葉にさっと耳を塞ぐ。
「会話はしない、か」
それを横目で見つめ、朝季は笑みをこぼした。
「ごめん、凪」
そっと前髪に触れ、額が傷ついていないことを確認する。
唇の動きから言葉を読み取り、凪はコクコクと頷いた。
「なんとも思われなかったのですか?」
背広の男が呟いた。目線は下、彼を見つめている洋の表情は酷く不機嫌なもので。男は顔を上げることが出来なかった。
「たとえ真似事だとしても自分の娘が危険に晒されて、なにも感じなかったのですか?」
「問題ないと思っていたが?」
「私には娘がいます。彼女が同じ状況になった場合、耐えられません」
「どうした? 感情移入でもしたか? 凪と自分の娘を重ねて?」
「私は自分が正しいと思ってこの街を支配してきました……他人に目を向けなければ、自分だけの利益を考えたら、正しい道だったかもしれない……だけど世界は回っていて、その中には自分じゃない他者もいて……傍観者を、やめようと思いました」
男が顔を上げ、凪を見つめた。
じっと目線が絡み合ったあと、男が呟く。
「テレビ配信、かっこよかったですよ」
眉をひそめたのは洋だけではない、朝季も同様の仕草を見せる。
「……テレビ配信?」
「拙いですが、これが今の私にできる精一杯の考えです。今まで申し訳なかった」
男は拳銃を床に置き、涙を流して凪に向かって土下座した。
耳を押さえていたせいで男の声を聞き取れなかった凪の手を、朝季が掴む。
「テレビ配信ってなに?」
「え? あぁ、さっきの……あれリアルタイムだったの? ていうか本当に流れたの?」
「リアルタイム?」
「えっと、斗亜さんと二人で演説を……あ、すみません。頭上げてください」
床に顔を伏せる男の肩に凪が手をかける。
わたわたと会話する朝季と凪の背中を見つめ、洋は舌を鳴らした。
「テレビ、配信?」
次の瞬間、机上にあるパソコンが起動した。
機械音を立て、自動でパスワードが入力される。デスクトップに画像が現れると同時、ノイズの入った音声。
『よかった、ちょうどいいタイミングだ』
「茉理?」
『朝季か、無事に着いてよかった……無事でよかった』
安堵のため息のあと、茉理は再び話を始めた。
『すみません、洋さん。パソコン乗っ取ってました、随分前から』
「見ればわかる。他人は信用ならないと、お前にメンテナンスを任せたのが失敗だったな」
『そうですね。でも相手が誰であっても、同じ結果になっていたと思いますよ。あなたはこの街一番の傍観者だから』
カタンと大げさにキーボードを押す音。空中にヴンッと、映像モニターが浮かび上がった。ウィンドウの数は二十を超えており、全てのモニターに現在の東京の街の様子が映し出されていた。
斗亜が解説をしている東京案内の他に北基地で制圧されている支配者側の人間。東基地で言い争いをしている学医たち。
南基地では、白黒混じった服装の人間兵器たちが人造人間兵器と戦っていた。外域軍、内域軍の境なしに全員で協力して、生きるために。
『基地には普通の人間もいる、ここで抑えよう』
そう叫んだ兵士の身体が次の瞬間二つに割れたが、生き残った者は戦いを続けた。
自分が生きるために他人を殺してきた少年少女たちが、自分じゃない誰かを殺されないために戦っていた。
『他の方法があったと思うんですよ、模擬戦』
モニターの一つ、甲高い女性の声が響いた。
そちらに目を向けると洋のちょうど眼前にあるウィンドウに、冬那が映っていた。彼女がいるのは外域軍西軍基地、総括長室。対峙するのは外域軍の最高権力者、軍長と呼ばれる初老の男。
ハゲかけた頭に、ぽっちゃりというよりは肥満体型のその男は、眼前に向けられた銃口を見つめて後退る。
「虚偽の戦場、恐怖の街を作り上げなくてもこうして……例えばなにか共通の目的を定めるとか、殺さない程度の対戦をしたり。富国強兵って他になにか、もっといい方法があったと思うんですよ」
冬那の言葉に、軍長の男は睨みをきかせる。
「馬鹿が。これが最善だろう! 極限状態にならないと人間は力を発揮しない。殺し合わせて追い込むことで、死なないための方法を人間兵器達は模索した。気付いた者に恐怖を与える、反逆の芽はすぐに潰されると見せつけることで人の心を失った機械兵器も量産できるしな!」
「監視カメラ、盗聴器の存在に気付いた外域軍の人間兵器たちは息苦しかったでしょうね」
「息苦しい? 道具が生意気な」
「内域軍に至っては、隠すこともなく目の前で惨殺してましたね。最初の訓練はバトルロイヤル。東京入りした人間のほとんどが内域軍に配属されるのに、一年後の生存率は外域軍のほうが圧倒的に多い」
「お前、それ……」
「データとってました。死亡日時も理由も、彼らの個人情報とともに。あ、ちなみにこれ、さっき間違えて田舎のメディアに送っちゃいました」
「……は?」
「極秘事項だったのにごめんなさい。今日中には、田舎の人たちも東京の街の仕組みを知るんじゃないかなぁ? そういえば殉職者名簿とともに、システムの概要や他の機密書類も添付しちゃったぁ。あれ、全ての書面に軍長の名前載ってますよね? 最高責任者として」
「最高責任者は、白川で……」
「洋さんはあなたの決定に反対してましたよ? 名前だけの責任者、有無を言わさず人を殺してたのは、軍長ですよね?」
「……冬那、貴様」
「きゃははは! 洋さんを名前だけの責任者にしてるくせに、名前は俺の名義で、俺を立てろ、とか出しゃばるから!」
「くそ、どいつもこいつも馬鹿ばかりで……お前ら全員、殺してやるからな!」
「えー? どうやって? あなたが恐怖で支配して作り上げた従順な人間兵器たちは、こんな生活もう嫌だって人が大半ですよ?」
「人造人間兵器がいるだろう! やつらは心を持たない、ただの機械兵器だ。他の上層部が連絡しているはずだ、歯向かったものは全て殺せと」
「だから、その他の上層部さん? もうほとんど拘束されてますよ?」
「……は?」
「安心してください。皆さん元気に生きてます。大半はあなたに不満を持っていたけど逆らえない方々だったので、円満に解決しました」
「なんだと……」
「あなた、その地位に満足して考えることをやめたでしょう?」
蹲み込んだ冬那が、にこっと微笑んで軍長に目線を合わせる。
その次にすっと、顔から表情を消した。
「考えることを始めた、生きようと必死にもがく人間はとっても強いんです。あなたよりよっぽど人間らしい、私たちが……彼ら人間兵器が負けるわけないでしょう?」
その言葉のあと、冬那を映し出していたモニターが消えた。




