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55.「引き金」

*



 中央という俗称がつく内域軍管理棟本部。

 建物の地下にある部屋の扉を開けた凪は、朝季の顔を見て安堵し、床に膝をついた。

 そして正面にいる、実父に目を向ける。


「久しぶり……お父さん」

「白羽織……神谷景子がこちらに向かっていると聞いたが。そうか、凪だったか」


 洋は嘆息し、凪の後ろに立っている背広の男に目を向けた。

 背広の男は軽く視線を外し、頭を下げた。


「玄関前におられました。お嬢様だと思いお連れしたのですが、排除したほうがよろしかったでしょうか?」

「いや、庭に入った時点でクリアだ。攻撃の必要はない。が、」


 洋は視線を変えて凪を見る。

 鋭い眼光に、凪の肩がびくっと跳ねた。


「お母さんから連絡があったよ。置き手紙一つで出て行った、東京に行くと書いてあるんだがどうにかしてくれないかと」

「……それは、ごめんなさい」

「気付いた時には手遅れだった。下手に処理して私の素性が明るみになっても困る。夫婦喧嘩をしたのは久しぶりだよ。なぜ相談しなかった? まずは会話からといつも言っているだろう?」

「だって話したら、お母さんお父さんに連絡して、そうしたら絶対反対されるから」

「当然だろう? だからなにも言わず勝手に」

「……お父、さん?」


 会話を遮るように呟き、朝季は凪と洋を見比べた。

 目元が似ているかもしれない。

 いや、勘違いかもしれない。


「凪の、父親?」


 朝季の言葉に、洋はふっと笑みを浮かべる。


「おかしいと思わなかったかい? 凪は素直な子で違和感を隠し切れていなかったしなにより、東京入りした理由が『傍観者をやめたい』だ。なぜそのような子が、今の今まで生きているのか」

「南の……人造人間兵器《アーティフィシャルアテンダー》が南を襲ったとき」

「それは先ほど言ったろう? 色々と、予定外だったと。雨月三次には感謝している」

「凪……凪は、知ってたのか?」


 振り返る朝季に、凪が口を開いた。


「娘なにも知らないよ」


 しかし、言葉を発したのは洋だった。

 朝季、そして凪も洋へと向き直る。


「他人に対してはとことん傍観者だからね、凪は……実の父親に対しても」


 チラッと見つめる洋の視線に、凪は慌てて目を逸らした。

 いつもそうだった。洋は、凪の父はいつも圧で押して、他人から言葉を奪う。

 萎縮する凪を横目で見て、朝季は銃を収めた。

 それを見計らっていたかのように、洋が笑みを溢す。


「話をしよう、座りなさい凪」

「私は話をしにきたんじゃないよ、お父さん。偽りの戦場を終わらせに来たの」

「……そうか。うん、ではまずは話を」

「話はしない! 座らない!」


 洋の顔から笑みが消えた。

 じっと、凪のことを見つめる。


「まずは会話からって言うけど、いくら話してもお父さんが意見を変えることはない。散々話を聞いて結局、自分の意見を通すから」

「それはお前が話下手だからだろう? 私を納得させるだけの話をしてくれ」

「お父さん話うまいから、会話になったら私は勝てない。話しても無駄ってわかってるから話はしない」

「では、なにをしにここへ来た?」

「東京内戦やめますって宣言してもらおうと思って」

「そのために話し合いが必要だと思わないのか?」

「思わない! お父さんと話するの面倒くさい!」

「面倒くさ……我儘を」


 業を煮やした洋が身体を前に乗り出したとき、「ふっ」と朝季が失笑した。

 凪、そして洋も思いがけず、朝季に目をやる。


「あ、ごめん」


 朝季は口元に手を当てくすくすと笑い、顔を上げた。


「面倒くさいて……あぁ、そっか。そういうことか」


 田舎の街で、歩道橋の上、友だちになった日のことを朝季は思い返した。話をするのが面倒くさいと凪は言っていた、父親の仕事はよく知らないと。

 最初からそうだった。

 素直な優しい子で、正直で変に正義感が強くて。会話が下手なりに一所懸命に、言葉を紡ぎ出す様がとても、愛おしいと思った。

 思い出し笑いをする朝季を茫然としていた凪だが、しばらくして恥ずかしくなり下を向いた。


「ありがとう、凪」


 朝季は凪の頭にポンっと手を乗せ、洋と向き合う。


「想定外でしょう? 今この状況も、冬那が裏切ったことも。凪がなぜ、東京行きについてあなたに伺いを立てなかったかわかりますか?」

「反対されると思ったからだろう?」

「違うと思いますよ、話をしても無駄だからです。いくら会話しても、うまい言葉で言いくるめてあなたは結局自我を通す。凪がさっきそう言っていた。それを聞いて理解しました、夕季がなぜ、椅子にさえ座らなかったか」


 歩み寄る朝季、掌に黒の実弾銃を作り出し、洋に向けた。


「朝季?」


 不安そうに首を傾げる凪を朝季は一瞥したあと、洋に目線を戻す。


「無駄だからです、あなたとの会話が」

「……ならば殺してしまえばいいと?」


 どうせ撃たないだろう? とでも言うような、余裕の笑み。

 崩してやりたいが今はそうじゃない、と、朝季も同じように、笑みを返す。


「状況わかってます?」

「そっちこそ。引き金をひけば自分がどうなるか、想像つかないわけではないだろう?」

「根本的なものが違うと言いながら、あなたは俺と夕季を重ねている」

「似ているからねぇ」

「だけど夕季の時とは違う。俺はあなたを恨んでいる、撃つための理由がある」

「朝季!」


 引き金をひくと思ったのだろう、凪が朝季の腕に飛びついた。

 銃口はそのまま、朝季は凪に目を向ける。


「やめてよ……お父さんだよ、私のお父さんなの」

「うん、知ってる」

「だったら」

「凪、夕季は俺の兄だったんだよ? やめてって言えば、夕季は殺されなかったのかな?」

「……ごめん」


 溢れる涙を片方の手で涙をぬぐい、もう片方の手で朝季の腕を強く掴んだ。


「でも殺さないで。お願いだから」

「殺さないでって言えば次は自分が殺される番になった。俺たちは、東京内戦に巻き込まれてる人間兵器(アテンダー)は、そんな場所で暮らしてきた。ピラミッドの頂点に垣根はない、偽りの戦場でずっと、殺されないために我慢して生きてきた」

「……わかってる」


 ポタッと、凪の涙が床に落ちる。


「私だってこの街に来て……当事者になったから、ちゃんとわかって……」

「うん、だから、当事者になってもらおう。凪みたいに他人の傷に涙を流せる人もいるだろうけどきっと、人類の大半は、自ら蒙らないと気付かない」


 そう言って、朝季は凪の額に銃口を突きつけた。

「え?」と目を丸くするする凪。

 身を乗り出したのは、扉の前にいた背広の男だった。


「……動じませんね?」


 朝季の言葉に、洋は目を細める。


「なにが目的かな?」

「あなたの良心に、訴えています。俺、思うんです。死ぬことは怖い、けれどそれ以上に人間は、大切な人を失うことを怖れる」

「そういう人間もいる、だろうね」

「あなたもそうでしょう? 身内が犠牲になってようやく、俺の言葉が理解できる」

「……そうかもしれないね」


 洋の顔からは笑みが消えていたが、狼狽している様はない。

 目線も変わらず朝季を見つめていた。

 凪のほうは本当にわけがわからないというふうに、朝季を見上げる。


「凪、ソバメって覚えてる?」

「え、え? そば……」

「ここに来てわかった、俺はこの男を許さない。今日、今この瞬間に賭(と)する。ここで全てを終わらせる、夕季を失ったこの場所で」


 無表情で語り、朝季は撃鉄に手をかけた。

 わけがわからないなりに、凪は必死に考えた。

 朝季の言いたいこと、やりたいこと。

 ソバメ、側目。確か以前、南区部隊移籍を懇願しに行った日、冬那に言われた……


 第三者の目?


 はっとした凪が目を見開いたとき、額に突きつけられている拳銃を誰かの掌が覆った。

 その手は朝季から拳銃を奪い取り、勢いで床に膝をつく。


「……なにをしている?」


 酷く不機嫌そうな声で洋が言った。

 銃を奪ったのは、扉の前に立っていた背広の男。


「あ……いや」


 男は拳銃を胸に抱え、我に返って洋を見上げる。


「申し訳ありません。ただ、これはさすがに、どうかと。お嬢様が危険に」

「まぬけが」


 低い洋の声に、背広の男は萎縮して拳銃を握りしめる。

 目が泳ぎ、酷く怯えていた。


「彼が凪を撃つはずがないだろう。それがわかっていたから私は動じなかった」

「しかし、彼が本気で復讐を考えていたら。間違えて撃ってしまったら」

「彼がそんなミスをするわけないだろう」

「もう一回やりましょうか?」


 朝季が洋に銃口を向けて言う。

 今度は白い、景子の愛用している空気銃。


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