55.「引き金」
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中央という俗称がつく内域軍管理棟本部。
建物の地下にある部屋の扉を開けた凪は、朝季の顔を見て安堵し、床に膝をついた。
そして正面にいる、実父に目を向ける。
「久しぶり……お父さん」
「白羽織……神谷景子がこちらに向かっていると聞いたが。そうか、凪だったか」
洋は嘆息し、凪の後ろに立っている背広の男に目を向けた。
背広の男は軽く視線を外し、頭を下げた。
「玄関前におられました。お嬢様だと思いお連れしたのですが、排除したほうがよろしかったでしょうか?」
「いや、庭に入った時点でクリアだ。攻撃の必要はない。が、」
洋は視線を変えて凪を見る。
鋭い眼光に、凪の肩がびくっと跳ねた。
「お母さんから連絡があったよ。置き手紙一つで出て行った、東京に行くと書いてあるんだがどうにかしてくれないかと」
「……それは、ごめんなさい」
「気付いた時には手遅れだった。下手に処理して私の素性が明るみになっても困る。夫婦喧嘩をしたのは久しぶりだよ。なぜ相談しなかった? まずは会話からといつも言っているだろう?」
「だって話したら、お母さんお父さんに連絡して、そうしたら絶対反対されるから」
「当然だろう? だからなにも言わず勝手に」
「……お父、さん?」
会話を遮るように呟き、朝季は凪と洋を見比べた。
目元が似ているかもしれない。
いや、勘違いかもしれない。
「凪の、父親?」
朝季の言葉に、洋はふっと笑みを浮かべる。
「おかしいと思わなかったかい? 凪は素直な子で違和感を隠し切れていなかったしなにより、東京入りした理由が『傍観者をやめたい』だ。なぜそのような子が、今の今まで生きているのか」
「南の……人造人間兵器が南を襲ったとき」
「それは先ほど言ったろう? 色々と、予定外だったと。雨月三次には感謝している」
「凪……凪は、知ってたのか?」
振り返る朝季に、凪が口を開いた。
「娘なにも知らないよ」
しかし、言葉を発したのは洋だった。
朝季、そして凪も洋へと向き直る。
「他人に対してはとことん傍観者だからね、凪は……実の父親に対しても」
チラッと見つめる洋の視線に、凪は慌てて目を逸らした。
いつもそうだった。洋は、凪の父はいつも圧で押して、他人から言葉を奪う。
萎縮する凪を横目で見て、朝季は銃を収めた。
それを見計らっていたかのように、洋が笑みを溢す。
「話をしよう、座りなさい凪」
「私は話をしにきたんじゃないよ、お父さん。偽りの戦場を終わらせに来たの」
「……そうか。うん、ではまずは話を」
「話はしない! 座らない!」
洋の顔から笑みが消えた。
じっと、凪のことを見つめる。
「まずは会話からって言うけど、いくら話してもお父さんが意見を変えることはない。散々話を聞いて結局、自分の意見を通すから」
「それはお前が話下手だからだろう? 私を納得させるだけの話をしてくれ」
「お父さん話うまいから、会話になったら私は勝てない。話しても無駄ってわかってるから話はしない」
「では、なにをしにここへ来た?」
「東京内戦やめますって宣言してもらおうと思って」
「そのために話し合いが必要だと思わないのか?」
「思わない! お父さんと話するの面倒くさい!」
「面倒くさ……我儘を」
業を煮やした洋が身体を前に乗り出したとき、「ふっ」と朝季が失笑した。
凪、そして洋も思いがけず、朝季に目をやる。
「あ、ごめん」
朝季は口元に手を当てくすくすと笑い、顔を上げた。
「面倒くさいて……あぁ、そっか。そういうことか」
田舎の街で、歩道橋の上、友だちになった日のことを朝季は思い返した。話をするのが面倒くさいと凪は言っていた、父親の仕事はよく知らないと。
最初からそうだった。
素直な優しい子で、正直で変に正義感が強くて。会話が下手なりに一所懸命に、言葉を紡ぎ出す様がとても、愛おしいと思った。
思い出し笑いをする朝季を茫然としていた凪だが、しばらくして恥ずかしくなり下を向いた。
「ありがとう、凪」
朝季は凪の頭にポンっと手を乗せ、洋と向き合う。
「想定外でしょう? 今この状況も、冬那が裏切ったことも。凪がなぜ、東京行きについてあなたに伺いを立てなかったかわかりますか?」
「反対されると思ったからだろう?」
「違うと思いますよ、話をしても無駄だからです。いくら会話しても、うまい言葉で言いくるめてあなたは結局自我を通す。凪がさっきそう言っていた。それを聞いて理解しました、夕季がなぜ、椅子にさえ座らなかったか」
歩み寄る朝季、掌に黒の実弾銃を作り出し、洋に向けた。
「朝季?」
不安そうに首を傾げる凪を朝季は一瞥したあと、洋に目線を戻す。
「無駄だからです、あなたとの会話が」
「……ならば殺してしまえばいいと?」
どうせ撃たないだろう? とでも言うような、余裕の笑み。
崩してやりたいが今はそうじゃない、と、朝季も同じように、笑みを返す。
「状況わかってます?」
「そっちこそ。引き金をひけば自分がどうなるか、想像つかないわけではないだろう?」
「根本的なものが違うと言いながら、あなたは俺と夕季を重ねている」
「似ているからねぇ」
「だけど夕季の時とは違う。俺はあなたを恨んでいる、撃つための理由がある」
「朝季!」
引き金をひくと思ったのだろう、凪が朝季の腕に飛びついた。
銃口はそのまま、朝季は凪に目を向ける。
「やめてよ……お父さんだよ、私のお父さんなの」
「うん、知ってる」
「だったら」
「凪、夕季は俺の兄だったんだよ? やめてって言えば、夕季は殺されなかったのかな?」
「……ごめん」
溢れる涙を片方の手で涙をぬぐい、もう片方の手で朝季の腕を強く掴んだ。
「でも殺さないで。お願いだから」
「殺さないでって言えば次は自分が殺される番になった。俺たちは、東京内戦に巻き込まれてる人間兵器は、そんな場所で暮らしてきた。ピラミッドの頂点に垣根はない、偽りの戦場でずっと、殺されないために我慢して生きてきた」
「……わかってる」
ポタッと、凪の涙が床に落ちる。
「私だってこの街に来て……当事者になったから、ちゃんとわかって……」
「うん、だから、当事者になってもらおう。凪みたいに他人の傷に涙を流せる人もいるだろうけどきっと、人類の大半は、自ら蒙らないと気付かない」
そう言って、朝季は凪の額に銃口を突きつけた。
「え?」と目を丸くするする凪。
身を乗り出したのは、扉の前にいた背広の男だった。
「……動じませんね?」
朝季の言葉に、洋は目を細める。
「なにが目的かな?」
「あなたの良心に、訴えています。俺、思うんです。死ぬことは怖い、けれどそれ以上に人間は、大切な人を失うことを怖れる」
「そういう人間もいる、だろうね」
「あなたもそうでしょう? 身内が犠牲になってようやく、俺の言葉が理解できる」
「……そうかもしれないね」
洋の顔からは笑みが消えていたが、狼狽している様はない。
目線も変わらず朝季を見つめていた。
凪のほうは本当にわけがわからないというふうに、朝季を見上げる。
「凪、ソバメって覚えてる?」
「え、え? そば……」
「ここに来てわかった、俺はこの男を許さない。今日、今この瞬間に賭する。ここで全てを終わらせる、夕季を失ったこの場所で」
無表情で語り、朝季は撃鉄に手をかけた。
わけがわからないなりに、凪は必死に考えた。
朝季の言いたいこと、やりたいこと。
ソバメ、側目。確か以前、南区部隊移籍を懇願しに行った日、冬那に言われた……
第三者の目?
はっとした凪が目を見開いたとき、額に突きつけられている拳銃を誰かの掌が覆った。
その手は朝季から拳銃を奪い取り、勢いで床に膝をつく。
「……なにをしている?」
酷く不機嫌そうな声で洋が言った。
銃を奪ったのは、扉の前に立っていた背広の男。
「あ……いや」
男は拳銃を胸に抱え、我に返って洋を見上げる。
「申し訳ありません。ただ、これはさすがに、どうかと。お嬢様が危険に」
「まぬけが」
低い洋の声に、背広の男は萎縮して拳銃を握りしめる。
目が泳ぎ、酷く怯えていた。
「彼が凪を撃つはずがないだろう。それがわかっていたから私は動じなかった」
「しかし、彼が本気で復讐を考えていたら。間違えて撃ってしまったら」
「彼がそんなミスをするわけないだろう」
「もう一回やりましょうか?」
朝季が洋に銃口を向けて言う。
今度は白い、景子の愛用している空気銃。




