54.「戦場へ、その傍へ」
「東京内戦が始まって八年……もうすぐ九年になります。私たちは、田舎の人も東京の街も、日本全てが傍観者になった。自分には関係ないから知らない、他人のことなんか知らない……学校で、隣の人が不登校になってさえ人は、自分が害を被らないと知らないふりをする。かつて日本は、お醤油が無くなったとき、隣のお家にもらいに行っていたらしいです」
『……凪ちゃん?』
最後の言葉に引っかかりを覚えたらしい。不思議そうな声を出す茉理と、ケラケラと腹を抱えて笑う斗亜。
凪は耳を赤くしながら、再びモニターに向き直った。
自分の顔はそこになかった、空を映し出しているモニターに向かって、再び声を上げる。
「えぇっと、つまり、考えることをやめたらそれはもう、人間じゃないんです」
「ふはっ、なに言ってんの、オマエ」
「だから、えっと…… 全国の天気ニュースに、東京、関東の街が載っていないことを知っていますか?」
それは朝季と最初に出会った日。
歩道橋の上で聞いた言葉だった。
『どうして関東、東京は載ってないんだろう』
あの日、彼の声を聞いていなければ。
振り返って目を合わせなければ。
私が『本当だ』と喋り返さなければ。
考えて、自分の足で朝季を追いかけていなければ。
私は未だ、傍観者のままだった。
「自分じゃない誰かの痛みを、共感することができますか? 人の傷に涙を流すことができますか? 本当に心から、知らない誰かのために泣ける人っていますか? かつて日本は災害があった時、全国からたくさんのボランティアや寄付が募ったそうです。今の日本は……私が暮らしていた田舎は傍観者の町で、人間兵器の彼を蔑んで、同じ人間として接してもらえなかった。知らないから怖くて、自分と違うからってすぐに悪口を言って、それでまた遠ざけて。いつまで経っても知らないから、怖いままで。考えて、もし自分がその立場になったら、そんな扱いを受けても仕方ないと諦めるの? どうして人は、自分の番にならないと痛みがわからないの? 考えて、もっと、人の気持ちを」
「ナギ、また微妙に話しそれてる」
斗亜の言葉に、凪は目元を拭って顔を上げた。
腕組みをして空を見上げていた斗亜が、ため息混じりにreactionバンドを掴む。
「つまり、オマエが言いたいことを一言で表すと?」
「……助けてください」
「誰を?」
「東京の街で暮らす人間兵器たちを」
「なにから?」
「上層部、東京内戦を支配する偉い人たちから」
「どうやって?」
「それは、自分で考えてください!」
ふはっと、斗亜が吹き出した。
凪はかまわず、話を続ける。
「だって私たちだけじゃ、わからないから。戦場の外にいる、客観的な目で、終戦になにが必要か考えて、別の視点から助けてほしい」
「一億人集まれば文殊の知恵だな」
「三人寄れば、です。とにかく、だから、私たちは内側から頑張るから、田舎の人たちは外から、考えてみんなで、東京内戦を終わらせてほしい、です」
凪が言葉を切ったことで、静寂が訪れた。
配信は一方通行で、田舎の人々がどう捉えているかは凪にはわからない。
「よく頑張った、僕がもう一押ししてやろう」
ポンっと、凪の頭に斗亜の掌が乗る。
くしゃくしゃと髪を掻き乱したあと、斗亜はreactionバンドのモニターを自分のほうへ向けた。
「どうも、こんにちは。ハジメマシテのヤツが大半かな?」
モニターに映し出される斗亜の顔。
凪はわけがわからず、座り込んだまま斗亜を見上げていた。
「僕は内域軍所属、[殺される街]で生きてる。そしてさっき演説してたのが外域軍、[生きれる街]で暮らしてるヤツ。その対比はまぁ、後でゆっくり調べろ。さて本題だが、オマエら、声を上げろ」
斗亜はreactionバンドを、モニター画面が上を向くようにして地面に置いた。
凪の顔を引き寄せて頬を合わせると、モニターに凪と斗亜の顔が映し出される。
「田舎者のオマエらが声をあげなければ、今日この東京内戦が終わらなければ、僕らは死ぬ。いや、殺される、反逆者として。考えて、調べて、共感してみろ。誰かの死に無関心にならなきゃいけない街に、人を殺さないと生きれない街、そこで窮屈な生活をして、最後には結局殺される僕らはとてもかわいそうだろう? 同情していい、むしろそうしろ。自分がもしその立場だったらとイメージして、それを怖い嫌だと思えたなら、僕らの立場になって考えれたなら、やめようと声を上げろ。それが世論となり、秩序となり法律になる。声をあげろ……以上」
ケラケラっと笑った斗亜が、凪の腕を引っ張って立ち上がった。
「行け、ナギ。自分の戦場へ」
「え?」
「僕には家族愛というものがわからない。だけどそんなものが世界を救うなら、この戦いを終わらせる鍵はやっぱりオマエだ」
「……はい」
「なにより追いつきたいんだろ、アサキに。待ちくたびれてるぞ」
「……はいっ!」
躓きそうになるのを堪え、凪は中央に向けて走り出した。
身体が重い、いや、軽い……あぁ、もう、わからない!
だけど一つ確実な事は、足は動いて前に進んでいた。
朝季のいる場所へ。
彼の立つ戦場の、その傍へ。
「見えるか、田舎者ども」
reactionバンド片手に、斗亜が呟いた。それを凪に向けてかざし、彼女の背中を映し出す。
パタパタとはためく白羽織の裾、長い髪が風に揺れてなびく。
「アイツが今回の東京内戦、偽りの戦場を終わらせる鍵となる少女だ。さぁ、オマエら、声援を」
その時、どれ程の声が上がったかは現場にいた人間兵器たちの知るところではない。
しかしモニターを管制していた司令員や、リアルタイム視聴していた田舎の人間が言うことには、
涙が出た。
*
凪の背中を見送ったあと、斗亜は東京案内を始めた。
まずはすぐそばに積まれている死体の山、ビルの側面に張り付いた人造人間兵器のぺちゃんこになった身体。
ぐるっと回ってまた人間兵器の身体が分断された物を、部品一つ一つ集めて人の形に戻したり。
わざと残酷なものを写していると批判が来ている、と茉理に注意され、今度は人間兵器と人造人間兵器の戦闘を捉えた。
「あれが人間兵器だ。怖いか、オマエら……東京奇襲や報復戦争はもっと怖かった。アイツらがいなかったら日本人はみんな、ぺちゃんこやバラバラの死体になってたかもな」
やはり批判が来たらしいが、斗亜はケラケラ笑って解説を続けた。
「だってこれが今の東京、日本の現状だから。目を背けるな、考えろ、人間ならば」




