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53.「一人じゃない」

*



 伝言を託した夕季の声は、朝季への言葉を告げて終わった。

 ヒュウと、止んでいた風が動き出した。冬の、頬を濡らす冷たい風。それに吹かれて、地面に小さな雫がポタッと落ちる。

 その時になってようやく、凪は自分が泣いていることに気が付いた。

 プレートを汚してはいけないと目を擦るが、キリがなかった。


「……うぅ、っ」


 今度は声が泣き出した、感情全てが涙を流す。

 銀色のプレートが太陽の光を浴びて輝いた。


「斗亜さん。リスバン、貸してもらっていいですか?」


 斗亜はなにも言わなかった。

 ただ淡々と、凪にreactionバンドを差し出す。


「茉理さん、これ、田舎のテレビに繋がるんですよね?」

『え? ああ、ボタンを押せば……凪ちゃん?』

「演説、してみます」


 凪がベルト裏のボタンを指の腹で押すと、先ほどと同じように小さな出っ張りがプチッと中に入り込んだ。

 モニターに映し出される、涙でぐちゃぐちゃになった少女の顔。


「こんにちは」


 あ、思ったより声が出る。

 そんなことを思って、それが少しおかしくて、顔を上げた凪の長い髪が風に揺れてなびいた。


「白川凪って言います、三本線のシラカワの……私は今、中央と呼ばれる場所、戦地の奥にいます」


 ワンテンポ遅れて聞こえる自分の声。

 凪はかぶりを振ってモニターを見つめ直す。

 泣いてる場合じゃないと、自分に言い聞かせる。

 だって泣きたいのは私じゃない。


 生きるため。

 殺されないためにみんな、戦ってる。


 田舎の町で朝季が言っていたこと。


 なにと戦っているの?


 そう聞き返せばよかった。

 いや、聞かなくてよかった。


 今ならわかる、その言葉の意味が。

 彼らが立っている、偽りの戦場の真実が。


 虚偽の街、東京戦線。


 誰かの傷に涙を流すことすら許されない街で。



 みんなずっと、生きるために我慢してきた。



「半年前、私の通っていた田舎の学校に人間兵器(アテンダー)の男子が転入してきました。生徒たちや、教師までも彼を嫌忌しました。なにも知らない、理解しようともしないくせに」


 凪が腕を下ろしたせいで、モニターの画像は山積みになっている死体を映し出した。

 斗亜が凪の腕を持ち上げ、顔を上げさせる。目配せをし、再びモニターに向き直る。


「それまでの私は、東京で起きていることは自分に関係ない。東京に近寄らなければ大丈夫って、無関心に生きてきた。傘を差してくれた人がいます」

「傘?」

「ここでの生活は楽しかった。楽しくて、考えることをやめて、そうしたら人の傷も気にならなくなって。誰かの死も、他人事って思うようになって……傍観者を辞めるために来たこの街で、また、私は傍観者のままで……」

「なに言ってんの、オマエ」


 斗亜が凪の腕を掴み、引っ張り上げる。

 いつもの笑顔はなかった、じっと凪の目を見つめる。


「喋るのへったくそだな。要点言えばいいんだよ、ヨウテン。田舎のヤツらになにを伝えたい? なにを求めてる?」

「……伝えたい、求めてること」


 手を離され、凪は再び地面に座り込んだ。

 空を映し出しているモニター。

 飛行機雲が見えない街。

 同じ日本なのに、平和な街では見られない空の色。

 俯くとポタッと涙が地面に落ちた。

 アフルァルトの無機質な色、かつて日本の首都だった街、人工物のあふれる日本経済発展の象徴。

 街の至る所に、人の気配が溢れてる。


「それでも私は、この街が好きです」


 空を見るとやはり雲は一つも見えなくて、雨は降りそうにもなくて。

 彼はもういないけど。

 困った時に絶対側にいて、寄り添ってくれていた三次くんはもういないけど、私は大丈夫。

 一人で……違う、一人じゃない。


 朝季を一人ぼっちになんてしない。

 ずっとそばにいて、寄り添うから。


 だから、それなら、


 私も(・)一人じゃない。




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