48.「東京の街で生きてる」
「タッチこうたーい」
そう聞こえたかと思うと、シュッと視界を黒いなにかが横切った。
「……とっ」
去った影の方を振り返る。
地面と平行に飛ぶ弾丸を、黒い戦闘服に身を包んだ斗亜がパシッと手で取った。
「斗亜!」
たすくが叫ぶと、斗亜は弾を握った手を広げピースサインを作った。
弾丸が地面に落ちる。その後すぐ、白兵の一人がドサッと顔面から地面に倒れこんだ。
背中には小さな足跡が二つ。
「わかるよ、ソイツらの気待ち。だから教えてやれ、めっためたに」
捨て台詞のように言ったあと、斗亜は凪のいる場所に向かった。しかし弾丸を捕らえたのと反対の、左腕が見当たらない。
付け根の部分にぐるぐる巻きされた白い包帯。
「おい、待て!」
斗亜の後を追ってたすくの横を通り抜ける人影。
だが追いつけないことがわかると、修二は足を止めた。
「救命センターに行けよ! 腕どーすんだよ!」
怒鳴るような修二の声に、斗亜は手を振って答える。
「いらない、じゃねーよ! すぐ治せば楽に繋げてやれる、俺が行くから……ておい、話聞けよ! あぁ、もう!」
「……なにしてんだ、修二」
唖然とするたすくと、その背後にいる白兵たち。
修二は顔を上げ、たすくを睨む。
「腕切り落とされたんだよ、あいつ! 早めに処置すれば治るんだが……くそ、痛み止めなんか使うんじゃなかった」
「いや、そういうことじゃなくて」
「悪いけど俺、救命センター戻るから! あいつの腕の保管処置手伝いにいくから! あー、くそっ、やっちまった、俺が運べばよかった! なんであの傷で動けるんだよ!」
姿の見えなくなった斗亜を詰りながら、修二は北東に向けて走り出した。
すぐに見えなくなる修二の背中。呆然とそれを見送っていたたすくと白兵の少年たち。
「患者のことになると必死になるのは知っていましたが、あそこまで取り乱すのは珍しいですね」
しかし突然響いた抑揚のない女性の声に、一同ぎょっとして振り返る。
たすくと白兵少年たちの間にちょこんと、景子が立っていた。
「あ、状況説明いります? 倒しましたよ、あの女の子。想像以上に強くて斗亜が腕切り落とされてEMPが必死こいて治療して、そして今現在です」
「あぁ、そうか……」
「ここに来る間に倒れて意識失ってる人が何人かいたんですけど。もしかして仲間割れでもしました?」
バンっと発砲音。
次の瞬間、景子の両隣に立っていた白兵二人が地面に倒れた。
「とりあえず、眠らせるでいいですか?」
両手に持っていた白い銃を、景子は何事もなかったように身体の中に収める。
「……っ! 景子さんも、どうかしてますよ!」
白兵の少年が回転式拳銃を生成し、景子に向けて発砲する。
顔を背けてそれを避ける景子。その後はガチ、ガチと音が鳴るだけで弾は出てこなかった。
涙目になった少年がたすくと同じ形の火炎放射器を生成したが、パシュンと弾が飛び出しただけ。
オモチャのライフルがマシ、というような性能だった。
「……お前、下手くそだな」
ガターナイフの生成途中だった少年が、顔を上げる。
掌には刃だけ、対して鋭くもない中途半端なナイフ。
「なんですか貴方、もしかしてコザルですか?」
呆れたような景子の言葉に、少年は目を丸くする。
「コザ……子猿?」
「おい、景子」
「サルの貴方と、なにか関係性がありますよね? 髪型似てません?」
「あー、こいつ俺に憧れてるみたいで、色々と真似してくるんだよ」
「サルに? 冗談でしょう?」
「お前なぁ!」
「まぁ、じゃあ、一緒にやっつけますか」
「あぁ、そうだな」
両手で銃を握る景子と、頭をかいてため息をつくたすく。
「てめぇと共闘はシャクに触るが、めっためたにするか」
「サルとの共闘は不本意ですが、めっためたにしますか」
微妙にズレた二人の声。
そして一瞬だった。
片方の銃を発砲する景子、それと同時にたすくが飛び上がる。
「……えっ?」
二人同時に動かれて少年はどちらに注意すべきか分からず、結局どちらも追えなかった。
まずは足をと思うが震えで動くことができない。再び正面を向くと景子の姿がなく、背後から両腕を掴まれた。
頭上でキラッと、光が瞬く。
「あ……」
たすくのナイフが太陽を反射し、少年めがけて振り下ろされる。
「たすくさ……いや、やだ……父さん」
額に刃が触れる、直前でピタッと寸止めされた。
「死にたいか?」
ナイフの先を少年の額に突きつけながら、たすくが言う。
「たぶん今日で内戦は終わる。平和ってやつがこの街を占領して今までみたいには暮らせなくなる。そしたらお前、死ぬか?」
「あ……や、」
途端、少年の目から涙が落ちた。
景子の手を振り払い、涙を拭ってたすくを睨む。
「じゃあなんで、なんで優しくしたんですか? 俺は好きだった、この場所が。あんたらが優しくしなければ、楽しい環境なんか作らなければ……東京がつらいだけの場所なら良かったのに」
少年は地面に膝をつき、泣き崩れた。
声を殺して小さく、しかし涙を拭うことなく。
「……どうするよ?」
たすくの言葉に景子はちらっと振り返り、すぐに視線を外す。
「貴方の弟分でしょう? そばにいるべきでは? 隊長なら大丈夫です。凪がいれば、大丈夫」
「今この瞬間はそうかもしれねーけど、お前だって必要だと思うぞ。朝季にとってはお前も、大切な存在だ」
「……らしくないこと言いますね。サルのままでいるのはもう、やめたんですか?」
「どうだろうな……人間になりたいとは、努力しようとは思ってる」
見上げた空が澄み渡っていて、綺麗で。
たすくと景子はそれ以上言葉を交わすのをやめた。




