49.「二年前の遺言」
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味方の護衛何人かを連れ添って中央に向かっていた凪だが、途中で上層部派の兵とぶつかり結局、斗亜と二人で中央を目指すことになった。
足を止めたのは、白背景に黒丸が描かれた旗がある広場。
「白黒で塗り潰された、日本国旗」
凪の呟きに、ふっと斗亜が微笑む。
「この街みたいだな」
「東京、かつて日本の首都だった……戦場の街」
息を飲み込んで視線を落とす凪だが、地面に広がる惨状に再び息を飲む。
多数の黒兵の死体。首のない身体、散り散りになった腕や脚、肉片と臓器。少なくとも五十、いや百はありそうな死体がその地に散らばっていた。
「派手にやってんなぁ。まあ、ザコ相手ならアイツ一人でもこれくらい余裕か」
「うそ、まさか朝季が」
「アサキ? アイツじゃないだろ、アサキは殺さない、むしろ生かすヤツだ」
「え?」
「アイツのせいで、内域軍の生存率が上がったんだよなぁ。なんでリーダーやってんだってくらい甘っちょろで、最近は傷つけることすら躊躇ってたな」
「……そう、なんだ」
凪は服の上からネームプレートを握りしめ、辺りを見渡す。
「どした? ゲロりそう?」
「ゲロ……あ、いや、こんなに損傷が激しいの、見たことなかったから」
「最近は形残らないように殺せって命令されてたからな。そもそも、死ぬくらいなら逃げろって方針が変わったし」
「私が来てから」
「他にも対象者以外は不用意に殺すなとかイロイロ変わって……あぁ、そうか。オマエが来てから、だな」
意味深に笑う斗亜の言葉を、凪はしっかりと理解していた。
ネームプレートを握りしめる手を、より一層強くする。
「大事にされてるなぁ、箱入りムスメ」
「……ごめんなさい」
謝罪は誰に向けた言葉かわからない。
静寂が訪れたところでジジッと、機械音のようなものが辺りに響いた。
『凪ちゃん、着いた?』
「茉理さん?」
音のほうに駆け寄ると、腕が落ちていた。持ち主のわからない、肘から下だけの状態の。
手首に巻かれたreactionバンドが音を発する。
『中央兵のリアバン、終始オンにしてたんだ……これの持ち主、ずっと動かないんだけど』
「私には左腕しか見えません、肘から下の」
『……そっか』
「なぁなぁ、ここめっちゃヒト死んでんだけど、これやったのってアサキじゃないよな?」
『朝季はそんなことしない、って斗亜! 通信機能つけろって!』
「あぁ、忘れてた」
『相変わらず……いや、凪ちゃんは?』
「……え?」
『凪ちゃん、通信機能オンにしてる?』
「……あ、えっと、オンとかオフとか、いまいちよくわからなくて……EMPなので」
『…………』
「EMPカンケーない」
ケラケラと笑ったのは斗亜だけだった。
言葉を失っていた茉理だがため息を吐いたあと、ぽつりと喋り出す。
「まぁ、いいや。斗亜でも凪ちゃんでも、どっちでもいいんだけど、そこに落ちてるリアバン拾ってモニターの裏みて欲しい』
「モニターの裏?」
凪が手を伸ばすよりも早く、斗亜がreactionバンドが巻かれている腕に手を伸ばした。なんのためらいも容赦もなく腕からreactionバンドをもぎ取り、凪はヒュッと息を呑んで顔を背ける。
「ボタン、あるある。なにこれ、押せばいいの?」
『あ、馬鹿、まだ……』
返事も待たず、ベルト裏のボタンを押す斗亜。その途端、reactionバンドのモニター画面上に顔より少し大きいサイズの長方形が現れた。
ヴンッと音を立て、映像が映し出される。やや荒れた画素だが、はためく白黒丸旗がそこに映った。
「あ、これリアルタイムだ」
斗亜は目の前にある白黒丸旗と、モニターの映像を見比べる。
若干のタイムラグはあるが、同じものだった。
『もう一回、ボタン押せ』
囁くように言う茉理の指示に、斗亜はボタンを押した。
それと同時、辺りの風景を写していたモニターも消えて無くなる。
「すっげ、なに今の?」
『リアル配信て知ってるか? まぁ、配信先はネットじゃなく、田舎のテレビに繋がるけど』
「テレビ?」
『ボタンを押して電源を入れたら、こちらの映像、音声が田舎のテレビチャンネルに放送が流れることになってる。何人かのリアバンに、その仕掛けを施してたんだ』
「へぇー……田舎に放送が流れる? なんのために?」
『真実を暴くためと、世論を集めるため』
「せろん?」
『……冬那が言い出したことで、俺はこの案には反対だったんだ。顔晒すことになるし』
「どういうことですか?」
『田舎の人に東京の現状を知ってもらおうって。あと凪ちゃんが演説でもしたら、同情を集めれるんじゃないかって、冬那が』
「演説? え……なに言ってるんですか?」
『冬那がね、凪ちゃんが演説して田舎の声でも募れば、って。冬那が!』
「なに言ってるんですか!」
「なーるほど。この死体の山を映して、田舎にゲンジョーを伝えればいいんだな」
「それ放送事故ですから!」
ボタンを押そうとする斗亜だったが、凪が慌ててreactionバンドを取り上げた。
モニター裏のボタンを指でなぞる。
直径二ミリもないであろう小さなボタン。
「これ、どこかで……あ!」
思い出して、凪は服の内側に仕舞っていたネックレスの束を取り出した。
「うわっ、オマエ、それ三つもつけてんの?」
「朝季からお兄さんの……夕季さんのやつ預かってて」
『夕季さんの?』
「ネームプレートです。自分のと三次くんのと……あ、やっぱり同じだ。へんな出っ張りついてたから不思議に思ってたんだけど、ボタンだったんだ、これ」
『……プレートに、ボタン』
reactionバンドのボタンと夕季のネームプレート裏にあるボタンを見比べる凪。
「おんなじだ」と、斗亜も同意した。
『ボタ……あ、あああっ!』
突然の茉理の大声に、凪と斗亜は顔をしかめた。
『ちょっ……凪ちゃん、それ、夕季さんのプレートにボタンがついてる? ボタンてか、小さい出っ張りみたいなの?』
「はい」
『押した? それ押した?』
「いえ、押してません。ていうか、ボタンだと思ってなかったし」
「押してみようよ」
斗亜がプレートに触れようとするが、『やめろ!』と茉理の怒声が響いたことで手を止める。
『あぁ、そっか……そういうことか。気付かなかった……』
嘆息するような茉理から声に、凪は首を傾げる。
「茉理さん?」
『ごめん、うん。思い出した……二年前だ』
「二年前?」
『冬那がね、俺のところにネームプレートを持ってきたんだ。これに音声録音機能をつけてくれって……徹夜明けで意識が朦朧としてて、誰のかなんて気にしてなかったけど』
「そのネームプレートもしかして、いま私が持ってるのと……」
『同じものだろうね。録音できる条件は、プレートの持ち主がボタンを押すこと。一度目のプッシュで録音開始でもう一度押せば停止。本人なら何回でも上書き録音できる』
「サイセーはどーすんの? 押せばいいの?」
凪の首ごとネックレスを引っ張り、斗亜が親指の腹でボタンを押す。
しかし出っ張りは動かず、音も流れなかった。
『なにもなんないけど?』
「違いますよ、斗亜さん。これ、本人じゃないと再生できない……」
『違う、本人じゃない』
茉理の言葉に凪は再度、そして斗亜も首を傾げる。
はぁーっと息を吐き出した茉理が、話を続けた。
『前日だった、俺がそのプレートに音声機能をつけたの。夕季さんが亡くなる前の日』
「前日って……」
「シラカワユーキが死ぬ前日って、中央突破の前の日か」
『正解。録音機能をつけたネームプレートを持って、夕季さんは中央に向かった。冬那が必死で抗議してたんだ、ネームプレートだけでも朝季に返すべきだって』
「……じゃあ、この中って」
『うん、推測だけどね』
首を傾げる斗亜をよそに、凪と茉理は同じ結論に行き着いた。
茉理の言葉に、凪は深く頷く。
『夕季さんの遺言が残されている』




