46.「義兄と弟」
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山手線のちょうど中央に位置する場所、内域軍の本部がある建物の地下。
冷めたであろう紅茶を見ていた朝季だが、向かい側に座る洋がカップを置いたことで顔を上げた。
「以前、対面したことがあるのだが、君は幼い頃の記憶がないと話しているらしいね」
「覚えてますよ」
朝季は膝の上で手を組み、背もたれに身体を預けた。
「見物に来てましたよね、俺らの部屋に」
「部屋? 檻のことか。ああ、言い方が悪いな、失礼」
「当時のこと、夕季に会う前のこと思い出しました。あなたたちが放った人造人間兵器のおかげで」
「あれは我々が仕掛けたわけじゃない、まぬけな学医が勝手にやったことだ」
「先日南を襲ったやつらも?」
「それはこちらのミスだね、人造人間兵器の力を甘く見ていたよ。あの件に関しては本当に……色々と、予定外だった」
「おかしいとは思いました。いつもとやり方が違う、と」
「外域軍の兵を殺すときはいつも綿密に計画を立てているからねぇ。知らなければ平和に、楽しく生きれる街に恐怖心はいらない」
「他人の傷に対して傍観者になれたのなら、楽しい街だったでしょうね」
「君だってそうだろう? 負の感情を押し殺し見えないふりをして生きてきた、誰かの死を踏み台にして」
「それしか生きる道はないと思っていたので……いや、考えることをやめていたから、他の方法を探ろうともしなかった」
「正解だよ、考えることを始めたら我々が潰しにかかっていた。下手に動けば自分が死ぬ番になるしね」
「動けばよかったと思っています。例えそれで自分が命を落とすことになっても、声をあげればよかった」
「難しいと思うよ。いざとなれば人間は自衛心が働くからねぇ」
「……あなたもその、自衛心が働いてしまった人間の一人ですか?」
洋は答えず、穏やかに微笑んだ。紅茶を口に含んだあと、カップを元の場所に戻す。
静かな場所だった。カチンと食器の擦れる音しかしない……が、部屋の外には確かに、幾人もの気配がある。火薬の臭い、鋭利な刃が鞘の中で軋む音、衣服の擦れる音。
気付かないふりをして、朝季は洋へ向き直る。
「賢いね、さすが最初の学者が作った唯一の成功体だ。自分が人造人間兵器だと気付いたのはいつだ?」
「夕季が生きている時は人間だと思ってました。人より能力が高くて、過去がないだけの普通の人間」
「それほど君は出来が良かった」
「……一緒にいた子どもは? あなた達が檻と呼ぶ場所にもう一人いたんです。俺と同じ年くらいの子どもが。夕季の本当の、弟ですよね?」
朝季の言葉に、洋がふっと笑みを浮かべる。
「そうだね、彼がオリジナルだ。君が生まれた時に息を引き取ったよ」
「俺のせいで夕季の弟は殺された、と?」
「殺したわけじゃない。むしろ救援の手を差し伸べたと言ってもいい。九年前の異邦による東京奇襲は記憶に新しい。瀕死状態の彼を生かしたのはうちの学医だ。まあ長くは保たなくて、君を作る材料にさせてもらったがね」
洋が朝季の左胸を指差す。
朝季は首を傾げ、その仕草を目で追った。
「心臓、肺、肝臓に皮膚その他の部位多数、どこをとっても人間のそれと変わらないだろう。脳と顔は既存のものを使用したから白河夕季の弟とは似ていないだろうが」
「顔は覚えていません。ただ、羨ましいと手を握られました。家族の元へ帰りたいと。その手が首に回ったところで、白衣を着た大人たちに連れていかれた」
「そうか、悲しい話だね」
「……っ」
椅子から立ち上がる朝季だが、洋は動じなかった。
見下ろす形になって気が付いた、彼の目は笑っていないと。
「夕季はあなたみたいな人間を嫌悪する人だ。会話なんて……夕季は本当に貴方と話をして、ここで殺されたんですか?」
「……そうだね」
洋は目を細め、ティーポットに残っている紅茶を自分のカップに注いだ。
「言っただろう、君と彼は根本的なものが違うと」
「……どういう意味ですか?」
「彼はね、椅子にさえ座ろうとしなかったよ」
朝季は目を見開き、仰け反った。
後ずさり、部屋の入り口まで戻る。
「そう、その位置だ」
洋の言葉に、朝季は足を止める。
「彼は撃たれる覚悟でそこから動かなかった。もう一度言おう、君と彼は違う。君は本来、我々の所有物なんだ。おかえり朝季くん、我々が作った最初で唯一の人造人間兵器」
こめかみを汗が伝った。
笑みを崩さない洋の目が朝季を捉える。
睨み返すそうとするが、視線が定まらない。
部屋の外にある銃口が朝季のほうを向いていたが、それを気にする余裕はなくなっていた。




