45.「後釜・妹分」
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あまりの光景に眩暈がした。
斗亜に抱えられた凪は、民家の屋根から瓦礫の積もる荒野を駆け抜けた。時折待ち伏せる黒兵の頭上を飛び、風のように中央を目指す。
途中、酔いで気持ち悪くなった凪を下ろすため、木々が生える森のような場所で斗亜は足を止めた。
「あと二キロくらいあるよ」
足を止めてしばらく経った頃、斗亜が言った。
「中央まであと二キロ。殺されてないといいな、アサキ」
「まずは会話から、が家訓の人だからいきなり総攻撃はないと思うけど」
「へぇ、カクンかぁ……なぁ、すっげー話変わるけど、今すげーヤバイ状況かも」
一点を見つめる斗亜の視線の先には、黒いワンピースを着た少女が立っていた。
腰まである漆黒の髪、丁寧に切り揃えられた前髪のせいで幼く見えるが、中学生くらいの美少女。十二月とは思えない薄着は彼女の細作りを際立たせていた。
眼球の色は、全て黒。
「僕の後釜候補だ。執行人の僕が死んだ後、その役をやらされることになるお人形姫」
「可愛い、すごく綺麗な子」
「妹分なんだ、僕の」
「え? じゃあ、味方ですか?」
「いや……アイツは僕のこと普段、あんな目で見ない」
その時、凪と斗亜の頭上を風が横切った。舌打ちした斗亜が、凪の白羽織の襟を掴んで後ろに飛ぶ。
なにが起きているか理解できず、「ふわっ」と声を出しただけの凪を放り投げ、斗亜は正面に向き直る。
「……どうした、リーカ。アタマおかしくなったか?」
生成が間に合わなかった斗亜が、少女の振りかざした大鉈を素手で受け止めていた。
かろうじて貫通はせず、掌を裂くような傷と流血だけで済んだ。
「斗亜さん、怪我……」
「ケガってレベルじゃねーし、オマエなら腕千切れてたかもな」
斗亜は唇を噛みながら大鉈を少女に突き返す。ぴょんっと後ろに跳ねた少女は血のついた大鉈を収め、黒い瞳でじっと斗亜を見つめる。
大胆に動く斗亜とは対照的に、少女の動きは静かでたおやかだった。
「ナギ、先に行け」
「え?」
「そこいたらジャマだから。オマエを死なせるなって言われてる」
「だったら斗亜さんと一緒にいたほうが」
「バカか! いいから早くいけ!」
一瞬、凪の目に追えないほどの速さで少女が斗亜の後ろに回りうなじに銃を当てた。
斗亜にとっても予想外だったようで、闇雲に動いて弾道を避ける。
「気が散る! 早くいけ!」
身震いしながらも、背を向けて走り出す凪。
しかしその行く先に、黒服を着た兵士たちが待ち構えていた。
「マジか、すげータイミング。あいつら上層部派だ。オワタ、コレ」
少女の攻撃をかわしながら、斗亜が呟いた。
辺りを見渡す凪だが、避けて通れる道はない。
「銃……拳銃」
頭でイメージするが、必要な部品がわからない。
仕方なく馴染みのある銃をイメージして、その材料を計算。
融合––生成。
手を開くと、緑色のプラスチックで作られた水鉄砲があった。
「……これで戦え」
「ませんね」
「無駄なもん作ってんじゃねーよ」
ざっと二つの影が凪の背後から目の前を通り過ぎる。
影は凪の前で立ち止まり、同時に振り返った。
「「能力の無駄遣い」」
凪を見つめる二人の声が重なった。
「景子ちゃん、たすく君。無事だったんだね」
「どっかのEMPが大活躍してくれました」
「EMP……あれ、修二先輩は?」
二人が振り返ったので凪も同じように背後に目を向けた。
少女と攻防戦を繰り返している斗亜と、その向こうにたくさんの白羽織。
その中にチラッと、ピンク色が見えた。
「もう走りたくないってんで、誰かが担いでます」
「置いてきてよかったんじゃね?」
「本人が行くってうるさいから」
「あの人たち……」
「茉理から話聞いたみたいです。司令は一方的に通信送れるし、電波を管理してるのもあの人なので」
「三十人程度なら同時に声聞き取れるしなぁ」
「同時に声聞き取れる?」
「なんだ、凪、知らなかったのか? 茉理だよ、複数人が同時に別々のこと喋っても、一字一句逃さず正確に聞き取れるらしい。耳いいよなぁ」
「それ、耳いいってレベルじゃ……」
「生まれ持っての天才っていますよね。生まれ持ってサルに退化する才能を持っていた誰かさんとは違って」
「……景子、それは俺のことか?」
「他に誰が?」
「お前……いや、そうだな、今はいいか……つーか数多いな」
「外域軍の人たち、半数以上はついてきてるみたいです」
「半数以上も……」
「全員が味方とは限らねーけどな」
「それより、凪は先に行ってください、サルの護衛をつけて」
「え?」
「なに言ってんだ、お前」
「先に行けと言ったんです。隊長のことだから、すでに中央に着いていると思います。私は心配で仕方がない」
「じゃあ俺が残る。お前ら、先に行け」
たすくが凪の背中を押すが、景子は首を横に振ってそれを拒んだ。
「心配でしょう、凪のことが」
「……は?」
「褒めてるわけじゃないけど、貴方は自分が担当した生徒に慕われてます。褒めてませんよ?」
「うるせーよ。で?」
「それは貴方が、最後まで面倒を見るいい教官だから。だけど凪はEMPになるため、途中で貴方の元を離れた。だから再度自分の手元に戻したくて、南区部隊移籍を提案した」
「てめ、デタラメ言ってんなよ」
「凪は隊長の大切な人です。この中の誰かに託すなら私は、貴方に命を預けたい」
トンっと、景子が凪の背中を押す。
凪のことを受け止めたたすくが、景子を睨んだ。
「てめぇ、死ぬ前みたいなこといってんじゃねーぞ!」
「え、貴方死ぬんですか? フラグですか?」
「俺じゃなくて!」
「言っておくけど、褒めてませんよ?」
「わかってるよ、しつけーな! わかった……いくぞ、凪」
ぶっきらぼうに凪の手を取って走り出すたすく。白兵の半分が凪とたすくの後を追う。
彼らの背中を見送ったあと、景子は斗亜へと視線を戻した。
「お待たせしました」
ストンと背後に着地すると、斗亜は意表を突かたような顔で振り返り、黒ワンピースの少女を押しのけて景子の側に飛んだ。
「オマエが残ったんだ。僕が心配?」
「ええ、とても。お知り合いですか?」
「……妹分」
「あぁ、先程話してた……怪我させるわけにはいきませんね」
その時ピョンと、黒ワンピースの少女の背後で黒い点が飛び跳ねた。
「もう一匹きたな」
「残ってるのは私の班の人達です。人造人間兵器の一人くらい、倒せると思います」
「オマエ、あのバケモノのこと一人って数えるんだな」
「なにか問題でも?」
「僕もアイツのこと一人って数えてたよ、さっきまでは」
ヒューと荒い息を吐く少女。
目の周りの血管が浮き出て、黒目の割合が増えていた。
「……同じ、生き物だな」
斗亜は地面に手を当て、あたり一帯のアスファルトを融合する。
「数え方がどうあれ、生き物には変わりないでしょう? 戦います、私も共に」
「……現状で共闘はオススメしないな。援護するのはいいけど、巻き込まれて死んでも僕は知らない」
斗亜が顔を上げると同時、土埃が舞った。
景子は振り返って白兵の顔を確認し、再び正面に向き直って斗亜と少女を見つめる。
「茉理、繋いでますか?」
reactionバンドに声をかけると間髪入れず、声が返ってきた。
『そこにいる兵の属性は把握してる。声をあげてくれ、俺には全部、聞こえるから』
「了解です」
一度目を閉じた景子は深呼吸し、瞳を開いて空を見据えた。
「斗亜を援護します。戦いましょう、死なない程度に……明日の朝無事に、全員で、朝日を見ませんか?」
景子の問いに、後ろにいた白兵たちが声をあげた。




