46話 断罪
ベルンハルドが書類を捲ると、彼をサポートするように隣の女が数枚書類を受け取ったり、順番を並び替えたりする。
「長々と喋るのは得意ではないので、簡潔に申しますと――父上や兄上は、伯爵家の領民に対して相当な重税を課した上、地方領主たちからの報告書の数値を書き換えて上に報告していたようですね。これらは、領主たちからの報告書で、それから……」
「こちらが、実際に伯爵が財政部に報告した内容の写しですね」
「ありがとう、アーシェ。……これらの数値が合っていない。簡単に言うと、地方領主たちが申告したものよりも低い数値を財政部に報告したことで、課税率を下げ――その差額を懐に入れていたようですね」
ベルンハルドが淡々と言った内容に、群衆たちがざわめく。
領民が納めた税を、地方領主がまとめる。それらの税を総括して貴族が国に申告して、あらかじめ決定している税率に応じた金額を納付する仕組みになっている。そのため、実際に懐に入った税金よりも安い金額を申告した場合には、差額が生じる。
簡単に言うと、脱税だ。
地方領主による脱税問題は残念ながら、昔からよく起こっている。それらを抑えるために貴族たちは財政部の人間を地方に派遣したりするのだが、貴族本人が脱税を行った場合は、問い詰めるのが難しくなる。
貴族による脱税が判明する理由として最も多いのは――事情を知る身内による暴露だった。
伯爵家子息であるベルンハルドがその名を出せば、地方領主たちは快く帳簿を見せてくれる。
その数値とエストホルム伯爵家が国に報告した数値の誤差を叩き出し、なおかつ伯爵が差額を懐に入れたという証拠を掴めば、脱税の事実を明らかにできるのだ。
田舎育ちで、勉強が苦手で、人とろくにコミュニケーションの取れない末の息子。
そのようにベルンハルドのことを甘く見ていた結果だった。
ベルンハルドが読み上げた書類を隣の女がまとめ、ヨーラン・ヘンリクソンに渡す。
彼はそれらをぱらぱらと見た後、頷いた。
「実際に計算をしなければ確実なことは申せませんが――ざっと試算しただけでも、虚偽報告によって課税率が変化した結果、本来納めるべきだったかなりの税が『行方不明』になっていそうですね」
「また、数値を誤魔化しているが父上たちが領民たちに課した税率は、リネリア王国における課税標準値を超えている」
「そ、それは三年前、地方で起きた干ばつ対策のために税率を引き上げたのだ!」
伯爵は急ぎ申し出た。
貴族が領民から徴収してよい税の割合は、課税標準値としてだいたい決められている。
だが、天災や予期できぬ経営の失敗、急な紛争などが起きた場合、対策を取り資金を集めるために一時的に税率を上げることは許されていた。
「ええ、存じておりますし、正当な方法だとも知っております。……本当に、徴収した金が災害復興費用として充てられていれば、ですけれどね」
ベルンハルドは冷静に頷くと、イアンから受け取った別の資料をヨーランに渡した。
「三年前に干ばつが起きたシュトレム地方の、現在の復興状況に関する報告書です。……シュトレム地方の現状からして、領民から集めた金をうまく回しているとは思えないのですが?」
「……それ、は――」
「領民から徴収した金の用途について、お教えいただけますか?」
「……。……ぐっ……」
伯爵は低く呻くと、憎らしい三男を睨み――その青色の目に見つめられて、ぞっと背中に悪寒が走った。
これまでは自分の言いなりになっていた男が……三人の息子の中で一番自分に似ている男が、挑戦的な、反抗的な目で見てくる。
この目が、嫌いだ。
生意気に立ち向かってくる、生気に満ちた美しい青色の目が――憎い。
だが、何よりも憎いのは。
便利な駒だった息子を変えた張本人は――
「……アーシェ・レヴィンス――」
「……何ですか」
恨みを込めて呟いた声は、本人の耳にもちゃんと届いていたようだ。
生意気にも返事をした女をきっと睨み、伯爵は怒鳴り声を上げた。
「貴様だ! 貴様がベルンハルドを誑かし、余計なことを吹き込んだな! 卑しい成り上がり金持ちの娘の分際で……」
「父上――」
「お待ちください、ベルン様」
婚約者を侮辱されてベルンハルドの顔色がさっと変わったが、そんな彼を制したのは他ならぬアーシェ・レヴィンスだった。
彼女は一歩前に出ると、くりっとした茶色の目をすがめ、挑むように伯爵を見つめた。
由緒正しい伯爵家の当主に対して男爵令嬢が取っていい態度ではないが、それを咎める者はこの場に一人もいない。
「……私の実家であるレヴィンス家が成り上がりであること自体は、否定しません。私たちは実際に、祖父が築き上げた財産によって叙爵された身です。……しかし、『誑かした』のくだりだけは解せません」
「……何?」
「ベルン様は、ご自身が変わりたいと願ったから、変わったのです。……苦手だった騎乗戦への練習を始められたことも、社交界への参加も、全てご本人が『そうしたい』と願われた結果。私や私の実家は、ベルン様の願いを叶えるために少しばかり手をお貸ししただけ」
たかが男爵家の娘なのに、自分の半分の年月も生きていない小娘なのに。
伯爵はその言葉に気圧され、何も言い返せなかった。
「ベルン様が今この場にいらっしゃるのは、ベルン様ご自身の決意あってこそです。それを、私のせいで変わったのだというような言われ方をされたくありませんし……私は、逆境にもめげずにご自分の道を選び取られたベルン様を、心よりお慕いしています」
凛とした宣言を聞き、様子見をしていた会場の客たちがわっと沸き上がった。
ベルンハルドが婚約者の肩を抱いて「ありがとう」と囁くと、彼女もはにかんで「どういたしまして」と言葉を返す。
孤立無援となったエストホルム伯爵は呻き、その場に頽れた。
それがまさに、敗北宣言となったのだった。
 




