47話 ベルン・オーウェル
ベルン様によって脱税などの罪を明らかにされた伯爵の一件は、ヨーラン・ヘンリクソン様によって法務部に報告された。
さらに調査を続けた結果、シュトレム地方の復興費用として徴収した税金の大半は、自分や馬鹿兄二人たちの豪遊のために消えたことが分かって、言い返すこともできなくなった。
そうして伯爵たちは罪に問われて、伯爵家からの追放処分を命じられた。
幸運だったのは、ベルン様が無罪になったこと。
ベルン様は伯爵たちから冷遇されていたし、ベルン様が家族から受け取っていた資産になるものは、あの小さな屋敷くらいだった。
ベルン様が騎士になってからは、生活費などもほぼ全て自分でまかなっていて――少なくとも三年前から起きていた脱税の金がベルン様の手に渡っていないことが証明されたからだ。
冷遇されていたことが、こんな形でよい結果として返ってくるなんて思ってもいなかったな。
婚約宣誓式の打ち合わせで衝突したことをきっかけに、ベルン様は伯爵家と縁を切る覚悟を決めたそうだ。
そして、私と離ればなれになっていた間に領地に出向いて、地方領主たちと手を組むことにした。
地方領主たちは最初こそベルン様を警戒していたけれど、無理難題を押しつけるばかりで領地に足を運ぼうとしなかった伯爵や馬鹿兄たちよりもずっと信頼できると気づくと、快く資料を提供してくれたそうだ。
「……でも、残念だ。俺は、連中がアーシェを辱めようとしたことも罪に問いたかったのだが――」
あの仮面舞踏会から、約一ヶ月後。
夏の日差しを避けて応接間でアイスティーを飲んでいるとベルン様が悔しそうに言ったので、私は苦笑して首を横に振った。
「仕方がありませんよ。あの場を丸く収めるために――そして頑張ってくれたリオンのためにも、暴行を受けそうになった令嬢の名前は明かさないことにしたのですから」
――伯爵家本邸に調査しに行っていたイアンは、伯爵と馬鹿兄たちが私とベルン様を嵌めようとしていることを知った。
そういうことで私たちはあの夜、ルーカス様の伯母上でもあるヘンリクソン侯爵夫人の同意を得た上で、仮面舞踏会で逆に伯爵たちを嵌めることにした。
――伯爵はベルン様より、彼を立ち直らせた私の方を警戒しているようだ、とイアンは言っていた。
私も伯爵から、親の仇でも見るような目で見られていたことを思い出して、彼の予想に同意を示した。
そうして、伯爵たちは私も参加するヘンリクソン侯爵夫人の舞踏会で、邪魔な私を排除しに来るようだという情報をイアンが手に入れた。
ならば迎撃してやろう、ということになった。
ヘンリクソン侯爵夫妻は元々、エストホルム伯爵家のことを快く思っていなかったようだ。
でもベルン様が自ら侯爵夫妻に挨拶に行って、その信頼を得た。そして最終的には「甥の親友の頼みなら」ということで、協力してもらえることになったのだ。
リオンが身代わりになる作戦は、他ならぬ彼自身の提案によるものだ。
私や父様たちは最後まで反対していたけれど、「姉上は鈍くさいから、僕がやるしかない。ルーカス様もいらっしゃるのだから、大丈夫だよ」と強く言うものだから、彼の意思を尊重して……ルーカス様たちにもリオンの安全をお願いした上で、変装をお願いすることにしたんだ。
リオンにはこれでもかというほどお礼を言ったけれど、最後まで「僕が自分の意思でやっただけだ」と主張して、私たちからのお礼を突っぱねた。
本当に……あの子には感謝しかない。これからもずっと大切にしよう。
「でも……本当によかったのですか?」
「どれについてだ?」
「その……伯爵家から離れられることについて」
伯爵と馬鹿兄二人は、伯爵家から追放された。
伯爵は主に脱税の面だけど、馬鹿兄たちには婦女暴行未遂の前科も付いた。
ベルン様に化けて私を誘い出そうとした結果、会場の入り口で私と入れ替わっていたリオンに騙されてしまったのは、風邪で欠席と言っていた次男の方。
でも長男も連絡係を担っていて、自分だけが捕まるのは嫌だと思ったらしい次男が暴露したので、長男も同罪になった。
変に仲がいい兄弟だとは思っていたけれど、まあこうなるよね。
その結果、伯爵家当主の座は三男であるベルン様に回ってきたけれど、彼は自分は当主になれるような人間ではない、とおっしゃってこれを固辞した。
ご本人が辞退しているし、伯爵家の遠縁に優秀な人材がいたようで、伯爵家当主の座は彼に譲られることになった。
そして伯爵家に恨みを残さないため、「ベルンハルド・エストホルム」の名を捨てることになさったんだ。
「俺は、人の上に立てるような人間ではない。どちらかというと、誰かの指示で動く方が性に合っているし……俺も、これ以上『自分』を偽りたくなかった」
そう言うベルン様は、すっきりした顔をなさっている。
今のベルン様の名は、「ベルン・オーウェル」。
オーウェルとは、伯爵のお手つきになってベルン様を生み、田舎で亡くなったお母様の姓だ。
伯爵たちが追放処分を受けたことをきっかけに、ベルン様はご自分が亡き伯爵夫人の実子ではないことを明かした。
伯爵夫人は子爵家の長女で、このことを知った子爵家の方々は伯爵の裏切りについて烈火のごとく怒った。
子爵家の方々はベルン様については、「おまえには罪はない」とおっしゃったものの、伯爵家から離れることを決意したベルン様は、子爵家の縁者でもなくなった。
そういうことで貴族ではない、ただのベルンとして生きることになさった。
それでも領民の多くは、自分たちを救ってくれたベルン様に残ってもらいたいと考えているようで……話し合いの結果、ベルン様は普段は騎士として働きつつ、税収報告の時期などには「エストホルム伯爵の使者」という立場で領地を回ることになった。
これからのベルン様は、前伯爵によって無理矢理押しつけられた「ベルンハルド・エストホルム」ではなくて、お母様が付けられた名前と姓を使い、「ベルン・オーウェル」として生きていく。
私も、そんな彼と共に歩くことを決めている。
「アーシェたちにこそ、迷惑を掛ける。……婚約は継続できているが、婚約宣誓式や結婚の予定も、一旦白紙になってしまったからな」
「仕方ありませんよ。今度の婚約宣誓式はうちが主体となるので、ちょっと小規模ですが……でも、私たちの意見をしっかり取り入れると父様が言っていましたから、私はそれだけで十分です」
ベルン様は伯爵家の人間ではなくなったから、大規模な宣誓式を行うことはできなくなった。
でも、前伯爵から押しつけられたものより、私たちが一緒に計画した式の方が絶対に、素敵なものになる。招待客の人数も式典の規模も縮小しなければならないけれど、温かみがある楽しい式になればそれで十分だ。
ベルン様は一度故郷に連絡を入れて、そこを治めている貴族の方に村の保護を願い出られた。
幸い村が領地である某伯爵はお優しい方で、この前のヘンリクソン侯爵夫人の仮面舞踏会にも参加していて、一部始終を見られていた。
ベルン様のことを気に入ったらしい彼は、平民になって王都から追放された元エストホルム伯爵たちが逆恨みをしないよう、目を光らせると約束してくださった。
式には是非、田舎にいらっしゃるベルン様のお祖父様もお呼びしたいと考えている。
ベルン様は目を細めると、「そういえば」と切り出す。
「前から気になっていたのだが……アーシェはなぜ、俺に変装していた兄を一瞬で見抜いたんだ?」
「え? ……ああ、仮面舞踏会の日の、ですか」
「そうだ。リオン殿は、花がどうたらと言っていたが……」
……そういえば、あのときは長話をしている場合ではなかったから、私のふりをしていたリオンと交代するときにもさらっとしか説明しなかったんだ。
私は、視線を落とす。
ベルン様の胸には、瑞々しく咲くスミレの花が挿されている。
私がベルン様の感情を知ることになった、幻の花。花の女神様の、気まぐれ。
……ヒルダは、女神様の祝福について他人に報告した途端、効果が消えることがあると言っていた。
でも、もう大丈夫。
「……私には、ベルン様の胸元に花が見えるのです」
「……花? そんなもの、付けていないが――」
不思議そうに言ったベルン様はそこで、あっと声を上げた。
「前にも、このようなやり取りをしたことがなかったか?」
「ええ、しました! ……そのときは私自身もよく分かっていなかったので、はぐらかしたのですが……きっと、女神様の気まぐれ祝福が起きているのです」
そうして、以前ヒルダと一緒に図書館で調べて分かったことを、ベルン様に伝える。
そうこうしている間に、紫の花は消えてしまうかもしれない。
女神様が私に愛想を尽かして、祝福をやめてしまうかもしれない。
……それでも。




