38話 前途多難な話し合い
夏が深まり、いよいよ婚約宣誓式の準備を本格的に進めることになった。
といっても、基本的なことはベルン様の実家である伯爵家と私の実家であるレヴィンス家で進めていく。招待状を書いたり衣装を準備させたりするのは私たちの役目だけど、やはりここは大人たちが協力して計画していくものらしい。
……そう、婚約宣誓式は両家がお互いに意見を出しあって、必要な資金や招待客などについての相談をしていくものだ。
今日、私は父様同伴でエストホルム伯爵邸に向かっていた。
ベルン様とは、本邸前で落ち合うことになっているのだけど……隣に座る父様の顔色は、いいとは言えない。
「……宣誓式の準備、そんなに揉めていたなんて……」
「すまない、アーシェ。おまえはベルンハルド様との親交を深めるという重大任務があるのだから、ここは私たちで踏ん張ろうと思ったのだが……」
「気にしないで。父様たちが意地悪で内緒にしていたわけじゃないって、分かっているから」
ため息をつく父様の背中をポンポンと叩きながらも、私の心は晴れない。
……父様や母様はこれまでにも何度か、伯爵邸にお邪魔して宣誓式の打ち合わせをしてきた。
式の主役である子どもを抜いて大人たちだけで話し合いをするのは別におかしなことではないので、それについては私も何も言わなかった。
でも……まさかここまで話し合いが揉めているとは思っていなかった。
簡単に言うと、伯爵は私への態度と同じような感じで父様たちに接していて、「貴様ら男爵家ごときが伯爵家に逆らうのか」ということを隠そうともしない。父様たちもあれこれ言いたいことはあるけれど全て却下されて、伯爵家にとって都合のいい提案ばかりされているという。
たとえば、招待客。
普通宣誓式には両家の親族が集まるのだけど、なんと伯爵はレヴィンス男爵家側の参加者は父様と母様だけにしろと言ってきた。
せめて弟のリオンと、この縁談を結びつけるきっかけになったお祖父様だけは招待したい、と言っても却下。そのくせ、伯爵家側の人間は「誰だおまえ」ってレベルの人まで呼ぶ。
だというのに費用は折半とケチなことを言ってきた。そうすると男爵家は、よくも知らない招待客の飲み食い代や馬車代まで出してやることになる。
確かに伯爵家と男爵家の資産にはあまり差がないから、本来なら折半というのも当然のことなのだけれど、あちらはこちらよりも招待客が十倍以上だというのにこの仕打ちはあんまりだ。
その他、宣誓式を行う聖堂の内装や飾る花、日程なども決定したのは伯爵家側。父様たちの希望はほとんど通らなくて、悔しい思いをしているということを知ったのがつい最近。
父様たちは私に心労を掛けさせまいと、準備のことを伏せていた。
その気持ちはよく分かるし気遣ってくれたことは嬉しいから、内緒にされたことを咎めるつもりは一切ない。
「今日はベルンハルド様も同席なさるから、少しは違うかもしれないわ」
「だが、大丈夫なのか? ベルンハルド殿はやはり、実家との折り合いが悪いそうだ。伯爵も……ベルンハルド殿のことをよく言っていなかった」
父様に言われて、私は思わず顔をしかめてしまう。
……本当にあの男は、ベルン様のことを駒にしか思っていない。
三兄弟の中では一番自分によく似ているのに、わざわざ田舎から引っ張り出してきたのに、脅してでも教育を受けさせたのに。
伯爵が必要としているのは、無口で便利な息子と、一人では何もできない嫁、金はあるけれど権力はそれほどでもない嫁の実家。
自分のやり方に口を出す者には容赦しない、ってところか。
沈痛な空気の中、馬車はエストホルム伯爵家本邸前に到着する。
相変わらず威圧的な雰囲気の屋敷だけど、庭の前で待っている背の高い人の姿を見ると、それだけで私の心は救われた気持ちになる。
「ベルンハルド様」
「アーシェ嬢、よく来てくれた。レヴィンス男爵も、お忙しい中ありがとうございます」
そう言ってベルン様は馬車を降りた私に続き、父様とも握手を交わした。
言葉の勉強を続けてきているので、今では普通の会話だったら難なくこなせるようになっていた。
おかげで、ベルン様が喋るのが苦手だったことを知らない父様も、何にも気づいた様子もなく笑顔で応じている。
「こちらこそ、ベルンハルド殿に同席していただけるということで、大変ありがたいです」
「私にできることは少ないでしょうが、よりよい婚約宣誓式にするためにも、協力していきましょう」
ベルン様は穏やかな声音で言っている。
……左胸のスミレは、少し萎んでいるようだ。でも、いつぞやのように枯れていたりはしない。
ベルン様も伯爵と会うのは相変わらず不安だけど、挫けない、という気持ちがおありなんだろう。
私も、頑張らないと。
……ということでベルン様と合流した私たちは三人で応接間に向かったけれど、なぜか今回は打ち合わせの場に、ベルン様の兄二人も同席していた。
なんでこの人たちが、と思ったけれど、私も父様も口に出さない。ベルン様だけは露骨に嫌そうな顔をなさったからか、二人に「文句あるのか?」とせせら笑うように言われた。
「いえ、これまでの打ち合わせの場に兄上たちがいらっしゃったことはないと、伺っていたもので」
「私たちはおまえの『家族』として式に参加するのだから、いても当然だろう?」
「それとも……なんだ、おまえ。文句でもあるのか?」
「……そういうわけでは」
「ベルンハルド、黙っていろ。……時間が惜しい。打ち合わせを始める」
伯爵は上の息子二人には一切注意せず、ベルン様だけを叱った。
相変わらずの偏愛、えこひいき、クソ親っぷりだ。私の隣で父様が口元を引きつらせたのがちらっと見えた。
そうして、私とベルン様を交えて初めて、宣誓式の打ち合わせが始まったのだけど……。
いや、これはひどいわ。
父様から事前に聞いてはいたけれど……。
「式自体は四半刻で済ませればいい。大切なのは、その後の立食会だ!」
「せっかくの『可愛い弟』の式なのだから、盛大にしなければな! 父上、アルフェン地方のワインを取り寄せましょう! 三十本は発注しなければ!」
「招く管弦楽団はどうしましょうか? 私としては、今をときめくオルヴォーヌ楽団がよいかと」
兄二人がしゃしゃり出て意見を言っているけれど……おいおいおいおい!
アルフェン地方のワインが一本いくらすると思っているんだ! おまけに、オルヴォーヌ楽団!?
王都でも屈指の有名楽団をそんな簡単に借りられるはずがないし、無茶なスケジュールを依頼するほど料金が割り増しになるんだけど!?
私は費用を考えてさっと青ざめてしまったけれど、馬鹿兄二人はどこ吹く風。しかも難しい顔の伯爵も、頷いているし。
「それはよいな。せっかくの『愛息子』の式なのだから、豪勢にしなければ」
……「可愛い弟」にしても「愛息子」にしても、嫌みったらしく言ってから!
ただ自分たちが飲んで食って楽しみたいだけのくせに!
だいたい、本当にベルン様のことが大切なら、式本体にもっと時間と費用を掛けるはずだ。
伯爵の手元にあるプランを見る限り、立食会に掛ける時間は式本体の四倍、費用は……うわぁ、計算したくもない……。
それまで黙って成り行きを見守っていた父様が、おずおずと手を上げた。
「その……私からも意見を申したいのですが、よろしいでしょうか」
「何だ」
伯爵がぶすっとして応じると、プランにあれこれ書き込んでいた馬鹿兄たちもじろっと父様を睨んできた。
……いくら自分たちが伯爵家子息、相手が男爵だからって、それが自分より年上の相手に対する態度か?




