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35話 未来の約束

「伯爵家については、今後も警戒を怠ることはできません。でも、もし……先ほどベルンハルド様がおっしゃっていたように伯爵家から完全に見放されることになったとしても、私はベルンハルド様に付いていきます」

「……彼は、伯爵たちから冷遇されているそうだな。その矛先が、婚約者であるおまえに向いても、なのか?」

「そんなの、もう今さらなのですよ。それに……父様にも母様にもリオンにもお祖父様にも、安心してもらいたいので」


 この縁は、お祖父様が資産を築いたことで生じたものだ。

 富を築いたお祖父様が、伯爵に逆らえなかった父様や母様が、跡取りとしてこれからのことを見据えなければならないリオンが、悩むような未来にはしたくない。


 お祖父様は私の顔を覗き込むと微笑み、肩を撫でてくれた。


「おまえならこれから先、何があってもきっと大丈夫だろう。だが、何かあったとしても一人で悩まず、ベルンハルド殿たちを頼りなさい」

「それはもちろんです! 私、自分一人だと何もできないので、頼れる相手はとことん頼るつもりです」

「ああ、それでいい。……ベルンハルド殿も、寄る辺を見つけられたからこそ、あそこまで輝いていられるのだろうな」


 お祖父様は呟いた後、立ち上がった。


「もう行かれるのですか?」

「そろそろリオンを回収して、一緒にうまいものでも食べようと思う。あの子はミルクたっぷりのゼラチン菓子が好きだったな」

「ええと……今でも大好物なのですが、あまりにも子ども扱いすると拗ねますので」

「ああ、そうか。では言葉を選びつつ、好物をたんと食べさせてあげよう」


 お祖父様はそう言うと茶目っ気を含めてウインクをして、カーテンの外に出て行った。

 そしてお祖父様とほぼ入れ違いで、両手に飲み物のグラスを手にしたベルン様が戻ってきた。


「先ほど、カーテンの前で、祖父君とすれ違ったが……休憩なさっていたのか?」

「ちょっとお話をしたくらいです。あ、飲み物ありがとうございます」

「気にしなくていい」


 ベルン様は言うと、さっきまでお祖父様が座っていたところに腰を下ろした。


「飲み物、こんなものでいいか? 給仕に尋ねて、なるべく甘くて飲みやすいものを選んでもらった」

「ありがとうございます。……わあ、綺麗な色!」


 ベルン様が差し出したのは、グラスの下方が夕焼け空色で、上方に向かうにつれて淡い黄色になっていくというグラデーションの掛かった飲み物だった。色からしてきっと、柑橘系のジュースだろう。


 ベルン様の手元には、血のように赤いワイン入りのグラスが残っている。


「ワイン、お好きなのですか?」

「まあ、それなりには。……祖父や母と一緒に暮らしていた田舎には、ブドウ畑があった。それらを収穫して隣町に出荷して、ワインを作っていたんだ」

「そうなのですね……」

「あの頃の俺はまだ子どもで、ワインが飲める歳ではなかった。……大人になってから飲むようになったワインも、あの田舎で栽培されたブドウとは違うと、分かっている。それでも、なんとなく懐かしくてな」


 ベルン様は、目を細めて手元のグラスを見つめている。

 目を細めていてどこか寂しげだけど、むしろ過去を懐かしむような慈しむような、そんな優しい眼差しに思われた。


「……いつか、ベルン様が生まれ育った村に行ってみたいです」


 気が付けば、そんなことを口にしていた。

 ベルン様は驚いたように私を見て、「それは……」と言葉を濁す。


「少し、難しいかもしれないな」

「そうですよね……すみません、変なことを言って」

「……いや、おまえにそう言ってもらえたことは……すごく、嬉しい。嬉しいんだ」


 ベルン様は噛みしめるように言い、グラスを軽く揺らした。


「今は、父たちの監視の目があるから、難しいだろう。……だが、年月が経てば。監視の目が緩くなれば、おまえを連れて行けるだろうし……俺も、おまえをじいさんに紹介したい」

「じいさん」

「あ、ああ、すまない、田舎にいる俺の母方の祖父のことだ。田舎では、じいさんと呼んでいて……」

「ふふ、分かっていますよ」


 ここは確かにパーティー会場だけど、このカーテンで仕切られた空間の中にいるのは、私たちだけだ。


 ベルン様の、お祖父様。母方というのなら、伯爵には全く似ていない。

 きっと、明るくて元気いっぱいな、頼もしいご老人なんだろう。


「……ベルン様のお祖父様にも、お会いしたいです」

「……ああ。……やはり俺もいつか、おまえを連れて行きたい。じいさんにも会わせて、俺が生まれ育った家を案内して、ブドウ畑も一緒に見て……」

「ええ。連れて行ってくださいね」


 私たちは見つめあって、チン、とジュースとワインのグラスを軽くぶつけた。


 私がベルン様の生まれ故郷に行く。そんな未来を実現させるのはものすごく難しいし、「代償」もかなりのものになるだろう。


 それでも……いつか。


 煌びやかな正装を脱いで動きやすい服に着替えたあなたと一緒に、のどかな村を訪問したい。

 ベルン様にとっての愛おしい思い出がたくさん詰まった場所を、一緒に歩きたかった。

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