18話 今日も弟は手厳しい
その日帰宅した私は、浮かれていた。
間違いなく、浮かれていた。
「ふ、ふふふ……」
「姉上……ベルンハルド様と婚約してから、随分頭がゆるーくなったよね」
「失礼なっ!」
私の可愛い弟は、今日も毒舌だ。
でも、今はリオンの暴言でも何でも許してしまえそうだ。
「さては姉上、ベルンハルド様と両想いになって浮かれているとか?」
「なんで分かったの!?」
休憩室でのやり取りについて教えたのは、ヒルダだけだ。ヒルダなら絶対にお祝いしてくれるだろうと思って緊張しつつ教えたら、予想通りすごく喜んでくれた。
今日はヒルダと一緒に、「ベルンハルド様と両想いになれたっぽい記念日」としておいしいケーキを食べる予定だ。とはいえヒルダは口が堅いから、リオン相手だろうと暴露はしていないはずだけど……。
「別にヒルダに聞かなくても、浮かれている姉上を見ればだいたいのことは分かるし」
「なんで私の考えていることが分かるの?」
「顔を見れば分かるし」
もしかして、リオンも花の女神様の祝福で私の感情が読み取れるようになったのでは……と思ったけれど、そういうわけではなかったようだ。
むう、と唸る私を、リオンは呆れたような目で見てきた。
「……まあ、せっかくのご縁なのだから、ベルンハルド様とはいっそ仲よくやってもらった方が僕たちとしても助かるけど」
「うん。結婚したら家を出て、リオンの迷惑にならないようにするからね」
「そういうわけじゃ……いや、何でもない。とにかく、もうこうなったら甘えてでも媚びを売ってでも、ベルンハルド様に捨てられないようにしてよね」
「えっ、捨てられることってあり得るの?」
思わず問うと、自分で言い出したしたくせにリオンは怯んだように身を震わせた。
「……普通はあり得ないけど。でも、姉上が媚びを売るべきなのはベルンハルド様だけじゃなくて、むしろエストホルム伯爵の方かもね」
「売りたくない……」
あの失礼な伯爵に売る媚びなら、全部ベルンハルド様に売りつけて――いや、そこまですると迷惑がられるかな。
「分かっているよ。でも、もし伯爵家の方から何か言い出したとしても、僕たちでは抵抗できない。……その結果に待っているのが単純な婚約破棄とかならともかく、お祖父様の財産を奪われたり、爵位を剥奪されたりするようなことになったら……」
「……」
それは……最悪の事態だ。
ベルンハルド様との婚約が白紙になるだけなら……すっごく辛いけれど、それも運命だと受け入れるしかない。
でも、家族やここまでレヴィンス家を育ててくれたお祖父様たちにまで累が及ぶようなことには、絶対になってはならない。
私が一気に静かになったからか、それまではズバズバとものを言っていたリオンもかなり優しい態度になった。
「……でもまあ、姉上はベルンハルド様と両想いになれたっぽいんだし、ひとまずはこの調子でいいと思うよ。僕だって、姉上には幸せになってもらいたいんだから」
「うん……ありがとう、リオン。これからも頑張るし、気を付けるわ」
「その調子。……でも、いくら婚約者と両想いになれたからって、あんまりふわふわするんじゃないよ」
「分かってるわよ」
「ましてや、父様たちの許可もなしに泊まったりしないでね。婚約宣誓式もまだなんだし」
「そ、そんなのするわけないじゃない! キスもまだの相手の家に泊まるなんて!」
「は? まだなの?」
あれっ? 一気にリオンが纏う雰囲気が悪くなった。
私、そんなに変なことを言った?
「ま、まだに決まってるじゃない!」
「でも姉上、両想いになったんだよね?」
「そのはずよ。私が好きって言ったら、ベルンハルド様も好きって言ってくださったのだから」
それに……リオンには教えないけれど、ベルンハルド様の胸のスミレも、かつてないほど満開だった。
あれは、お互い「好き」と言ったことでベルンハルド様も幸せな気持ちになった、ということだと解釈していいだろう。
……休憩室でのやり取りを思い出すと思わず頬が緩みそうになったけれど、リオンのわざとらしい大きなため息で我に返った。
「はあ、なるほど。そういうことか。それじゃあキスどころか、ハグすらまだだとか?」
「そ、そういえばまだね。あ、でも、手の甲へのキスはしてくれたのよ! 手を握ってくれたりもしたし!」
「それくらい、挨拶の範疇だよ。……なんだ、心配して損した」
「ちょっと、それ、どういうことなの!?」
「自分で考えてよ」
それだけ言うと、リオンは「疲れた」と呟いて自室に引っ込んでしまった。
……いや、本当に何だったの、一体。
ちょっと前までは「姉上」ってすがりついてくる可愛い子だったのに……いつの間にあんなツンツンになっちゃったんだろう。




