17話 あふれる花と想い
「……ああ、そうです。さっきの試合、とってもすごかったです! ベルンハルド様、相手をばしばしなぎ倒していましたよね!」
「……そう、だが。よく、見えたな」
私の言葉に、ベルンハルド様は少し不思議そうな顔になった。
……ああ、そっか。紫の花が見えることを知っているのは、ヒルダだけだ。
花の女神様の気まぐれがいつまで続くか分からないし……ベルンハルド様本人に言うと、女神様の祝福が終わってしまうかもしれない。
それに、私の話をすんなり信じてくれたヒルダが特殊なのであって、一度紫の花についてベルンハルド様に言ってしまい、かなり不審がられてしまった前科がある。
あのときは「疲れてぼうっとしていたから」という言い訳ができたけれど、スミレのことは他言無用を貫くべきだ。
だから私は、あの乱戦でもベルンハルド様の姿を見定められた理由を誤魔化そうとして――
「……ま、まあそうですね! だって、好きな人のことですもの!」
――ちょっと滑ってしまった。
あ、これはちょっとアレかも、と後悔したときには、既に遅し。
それまでほぼ無表情だったベルンハルド様は目を丸くして、唇を薄く開いた状態で私を凝視してきた。
そして、胸のスミレがふるふると震えて――
ぽんぽんぽん! と小さな花がいくつも咲いた!
「わっ!?」
「アーシェ嬢?」
思わず声を上げてしまった私を、ベルンハルド様が見てくる。
相変わらず、その顔から感情を読み取ることは難しい。
でも、よく見るとその頬はほんのりと赤いし――何よりも、彼の心臓付近を飾るスミレの数が、一瞬で増えた。これまでは多くても二輪だったのに、今ではブートニアのようだ。
……ベルンハルド様の感情を示すスミレの花が、一気に増えた。
どれも瑞々しくて、美しく花開かせている。
そうなったきっかけはおそらく、私の「好きな人」という発言だと思われる。
つまり、ベルンハルド様は、私に「好きな人」と呼ばれて……嬉しかったってことなんだよね?
それこそ、スミレの花を一気に何輪も咲かせるくらいに。
私が一生懸命考え込んでいることを知らないベルンハルド様は、戸惑ったように視線を動かしていた。
でもしばらくして何か決心したのか、「アーシェ嬢」とはっきりとした声で私の名を呼んだ。
「……そう言ってくれて……嬉しい」
「……えっ?」
私がまばたきすると、ベルンハルド様は唇を湿してからゆっくり言葉を紡いだ。
「……おまえに、そう言われて……とても、嬉しい。おまえに、好いてもらえて……嬉しい。そう、思っている」
……多分、これまでベルンハルド様が喋った中でも最長記録だろう。
一つ一つの単語をゆっくりと発音するからかなり時間が掛かったけれど……ここまで長い言葉を、それもベルンハルド様の思っていることを言ってもらえて、すごく……嬉しい。
淡々と言い切ったベルンハルド様は口を閉ざし、黙り込んでしまった。
ご自分の発言におかしなところはなかったか、と確認しているようで、私の胸が温かくなる。
「ベルンハルド様……喜んでいただけて、よかったです」
「……そうか」
「本当に、地上戦で三位を取られたベルンハルド様は、格好よかったです。私が言うのも何ですが……なんだか誇らしい気持ちになりました」
「……俺は、騎乗戦に、出られない。それでも、か?」
躊躇いがちに問われて、私の脳裏をさっき廊下で出会った騎士見習いたちの顔が過ぎる。
騎士でない私にはいまいちピンとこないところがあるけれど、地上戦参加者が百人ちょっとであるのに対して騎乗戦には二百人近くが参加しているというところからも、騎士団で馬に乗って戦えることの価値が見えてくるようだ。
あの見習いたちの言葉が正しいのなら、ベルンハルド様は馬に乗って戦えない。
ベルンハルド様も、そのことを気にされている。
でも、地上戦で表彰されるほどの腕前だというのも、確かだ。
「そんなの、人間なんですから得意不得意があって当然じゃないですか」
「……騎乗戦ができない、というのは、騎士団では、恥ずかしいことだ」
「うーん……でも、もし実際の戦闘で馬から叩き落とされた場合、騎乗戦は得意でも地上戦が苦手な騎士だったら、何もできずにやられてしまうんじゃないですか?」
「……そう、だな」
「そうなったら、鎧を着て俊敏に動けなかったら敗北確定です。その点、ベルンハルド様は甲冑姿でもあんなに動き回って、しかも息一つ乱していない様子でした。それって、すごいことだと思いますよ」
私は剣術のけの字も知らない人間だから、戦のことなんて何も分かっていない。
だから、「素人がしゃしゃり出るな」と言われたらそれまでだけど――それでも私は、馬上で戦えるか戦えないかが騎士の全てではない、と思っている。
「あとはほら、馬の通りにくい地形だってあるでしょう? 騎馬兵がそういう場所で足踏みしていたとしても、ベルンハルド様は甲冑を着てどーんっと突進できるじゃないですか」
「くっ……」
「えっ」
え、あの、今……私の見間違いと聞き間違いじゃなければ、ベルンハルド様、笑った?
しかも、ぷっ、て噴き出す感じで……?
私が硬直する中、慎ましく口元を手で覆ったベルンハルド様は苦く笑った。
「い、いや、すまない。……想像すると……笑えてきた」
「……戦場で甲冑姿のベルンハルド様が、びゅーん、と飛んでいく姿、ですか?」
「ふ、ふふ……やめてくれ。自分でも、滑稽だ」
堪えきれなかったのか、ベルンハルド様は顔を背けてくすくす笑い始めた。その拍子に見えたスミレの花も、くすぐったそうにふわふわ揺れている。
……一ヶ月前、出会ったばかりの頃は感情の変化が感じられなくて、何を考えているのか分からない人だったベルンハルド様。
その人が今は一生懸命話してくれるし、こんなしょうもな――たわいもないことでも笑ってくれる。
ひとまず笑いの発作が収まったところで、ベルンハルド様はシャツの袖で目元を拭い、私と視線が合うとぎこちなく微笑んだ。
……私は、ベルンハルド様の笑顔が好き。
まだその笑みはぎこちなかったり微笑み程度だったりするけれど、私の言動で笑ってくれるベルンハルド様のことが……好きだ。
「……好きです」
思わず胸に溢れた言葉をそのまま口にすると、ベルンハルド様は驚愕の表情で目を見開き、スミレの花がまたしてもぽぽんっと増えた。
「っ……。……そ、その……」
「あ、あの、私がただ言いたかっただけなので……」
「待ってくれ。……その、俺も……」
ベルンハルド様は一つ呼吸を置くと、青の目で私を真っ直ぐ見据えた。
……心臓が、高鳴る。
それは、緊張と、不安と、期待のためで――
「……俺も、おまえのことが……好き、だ」
その言葉で。その眼差しで。
私の体が、幸福で満たされる。
好きと言って、好きと返される。
それが、こんなにも嬉しいことなんだと、初めて知った。
目頭がじわっと熱くなって、目の前が潤みそうになる。
「……本当に、ですか?」
「……俺も、驚いている。だが……きっと、おまえとなら、これから先、やっていけると……思っている。この感情が……おまえに抱く、この気持ちが、『好き』なのだろうと……多分、思う」
つっかえつっかえ喋るベルンハルド様が、とても好ましい。
目が合うと、照れたように視線を逸らされて……スミレの花もふわふわと揺れていて、気恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになる。
私は、ベルンハルド様のことが好き。
ベルンハルド様も、私のことが好き。
「……嬉しい、です」
「……ああ」
「あの、ベルンハルド様。これから……どうぞ、よろしくお願いします」
私がそう言うと、ベルンハルド様はほんのり赤い頬を緩めて、「……こちらこそ、よろしく」と言ってくださった。
ヒルダ「計画通り」




