15話 男爵令嬢は煽りたい
結果としてベルンハルド様は準決勝まで残り、見事三位に輝いた。
これは彼の年齢や騎士としての経験年数を考えると破格の成績だったようで、表彰台に上がってヘルメットを脱いだベルンハルド様を見て、周りの人たちが「あれは、エストホルム伯爵家の三男だ」「あの若さで三位とは、なかなかやるな」と呟いているのが聞こえた。
……皆が褒めているのはベルンハルド様であって、私ではない。
でも、なんだかすごく、鼻が高い!
「お嬢様、嬉しそうですね」
「う、うん。……変かな?」
「まさか! 婚約者が表彰されたのですから、誇らしいのも当然のことですよ。……あっ、次の騎乗戦に移るようですね」
「そうね……あら?」
競技場が慌ただしく掃除されて、参加予定者たちが集まる。
でも――地上戦で表彰された四人がその場に残る中、ベルンハルド様はさっさと競技場を出て行ってしまった。
「……騎乗戦には出られないのかな?」
「珍しいですね。いつも、地上戦より騎乗戦の方が参加者が多いくらいなので」
ヒルダの言う通り、騎士団長の説明によるとこれから始める騎乗戦は参加者が二百名近くおり、かなりの試合数をこなすことになるようだ。
騎乗戦が始まるということで、観客たちはいっそう盛り上がっている。
でも……ベルンハルド様が参加されないのなら、私がここにいる必要はない。
「……私、ベルンハルド様を探しに行きたい」
「そうですね。騎乗戦には参加されないようですし、私たちは撤退した方がいいでしょう。今なら、ゆとりを持って会いに行けそうですしね」
ヒルダは同意を示し、私が使っていたクッションや膝掛けを片づけてくれた。
ちょうど近くの席で子どもたちを連れた家族がいたので私たちが座っていた場所は彼らに譲り、観客たちの邪魔にならないよう身を屈めながら観客席を後にした。
控え室に繋がる廊下はやっぱりしんとしていて、しばらくすると廊下の天井がビシビシ鳴るほどの歓声が上がった。騎乗戦が始まったようだし、この辺も歩きやすそうだ。
「控え室は……こっちかな?」
「そのようですね。あっ、あそこに見習いっぽいのがいるので、聞いてみましょうか?」
「そうね、お願い――」
ヒルダに言いかけたところで、
「……そうそう、今回は三位だったってよ」
狙いを定めていた騎士見習いらしい少年たちの声が聞こえてきて、私たちははたと動きを止めた。
廊下の曲がり角に背中だけ見える騎士見習いたちは、本来なら客である私たちを接待するべきだ。でも私たちが背後にいることに気づいていないらしく、お喋りに興じているようだ。
しかも……「今回は三位」ということはおそらく、話のネタはベルンハルド様だ。
彼らの会話の邪魔をするのも忍びないし、それ以上にベルンハルド様がどんな評価をされているのか気になって、私はヒルダと目配せをして、しばらくその場で立ち聞きすることにした。
「……ああ、そうだったな。いつも通り、ガツガツした戦い方だったな」
「そうそう、なんというか……雑ーって感じの切り込み方だよな」
「ま、仕方ないだろう。なんてったってベルンハルド様、十二歳まで辺境暮らしだったんだろう?」
「さすが田舎育ちだよなぁ」
……立ち聞きして、少し後悔した。
これ、どちらかというと悪口だわ。
でも立ち聞きしたのはこっちの責任だから、何も知らないふりをして声を掛けよう。
……そう思っていたら。
「辺境では、馬に乗って戦う方法を習わないそうだな」
「ああ。だから毎度毎度、地上戦だけに出て騎乗戦に出ないんだろ?」
「情けない話だよなぁ。いくら地上戦で強くても、馬に乗って戦えないなんて、騎士としてどうなんだ?」
「俺も、騎乗戦ならベルンハルド様に勝てる自信があるぜー」
「俺も俺も。……馬上で戦えないなら、雑魚も同じだって」
「今度やってやろうぜ!」
あはは、と少年たちが笑っている。
その声が、私の脳みそを、心を、ざくっと切り裂いた。
ベルンハルド様は、騎乗戦に参加されない――参加できないんだ。
十二歳まで田舎で育ったから、他の騎士よりも剛胆な戦い方をする。
田舎で育ったから、騎乗戦ができない。
だから、雑魚も同然――
……なわけないだろうっ!
「ごめんあそばせ。……道案内をお願いしても、よろしくて?」
複雑そうな顔のヒルダの腕を引っ張って、私は笑顔を貼り付けて進み出た。
当然、立ち話をしていた見習いたちはぎょっとしてこっちを見てくる。そして私の姿を見て少なく上流市民階級の娘だろうと気づいたようで、慌てて姿勢を正してお辞儀をした。
「え、ええ、もちろんです」
「どちらにご案内しましょうか?」
「ベルンハルド・エストホルム様のところへ」
私がはっきりと言うと、明らかに彼らの顔に動揺が走り、数名の顔からは一瞬で血の気が引いたのが分かる。
私は笑みを崩さないまま、一歩進み出た。
見習いたちは、一歩後退した。
何もそんな、逃げなくてもいいじゃないの。
「申し遅れました。私、ベルンハルド様の婚約者のアーシェ・レヴィンスと申します」
「こ、婚約者様……でしたかっ」
「ええ。……あなた方も、ベルンハルド様の勇姿をご覧になって?」
わざとらしいかな、と思いつつ尋ねると、少年たちは気まずそうに視線を交わしあった。私がさっきの会話を盗み聞きしていたのだと、確信を持ったようだ。
「それは……えっと、はい。拝見しました」
「とても……その、お強かったです」
「まあ、あなた方もそう思われます? 私も、雄々しく戦われるベルンハルド様の姿にすっかり虜になってしまいましたの。同じ意見の方がいらっしゃって、嬉しく思います」
おほほ、と笑ってみせると、見習いの数名は泣きそうに顔を歪めた。自分たちの失言と、それに続く発言の矛盾をやんわりと指摘されたからだろう。
私は微笑み、胸に手を当てて小首を傾げた。
「では、ベルンハルド様のところへのご案内、お願いしますね。ああ、せっかくですのであなた方がベルンハルド様のことをお褒めになったことを、お伝えしましょうか?」
「そ、それは……」
いよいよ彼らの顔色が悪くなってきた。
……誰が通るか分からない廊下で人の悪口をまき散らしたこと、これで少しは反省してくれるかな。
元々こてんぱんにいじめるつもりはなかったので、そろそろ解放してあげようかと思った、そのとき――
「……おい、おまえたち。こんなところで何をしている」
見習いたちのいる方から、男性の声がした。
彼らはびくっとして横を見やり、「ルーカス様……」と呟く。
そうしてひょっこりと廊下の曲がり角から顔を覗かせたのは、若い男性騎士だった。きっちりと整えた黒髪に、少し垂れ気味の緑色の目。年齢は――ベルンハルド様と同じくらいだろうか。
彼は私を見ると目を瞬かせ、そして柔和な笑みを浮かべて綺麗なお辞儀をした。




