14話 男爵令嬢は婚約者を応援したい
騎士団の訓練所は、王城の一角にある。
その辺りは騎士団区と呼ばれていて、騎士の詰め所や宿泊棟、士官候補生のための講堂、武器倉庫などがあり、基本的には部外者の立ち入りは禁止されている。でも公開模擬試合が行われるときなどは部分的に一般開放され、訓練所付近は散策可能となっていた。
私も上級学校時代、騎士の公開試合を見に行かないかと友人に誘われたことがある。皆の目的は騎士たちの勇姿を見ること以上に、そこで素敵な出会いをしたいということにあったようだ。
騎士は品行方正であることが求められるけれど、男女交際を禁じられているわけではない。
きちんと清く正しいお付き合いができて業務にも支障を来さないのなら普通に認められていて、学校に通う女子生徒と騎士見習いが公開試合を機に知り合って恋に落ちることも、たびたびあるそうだ。
当時の私は……正直自分が行っても売れ残るだけだろうと確信していたので、やんわりと断っていた。
ただ恋愛に無関心というわけじゃなかったから、友だちのノロケやドコソコの誰が格好いい、という話は結構乗り気で聞いていたけれどね。
そういうことで、私はこれまで騎士団区に行ったことはない。だから、どんな場所なのか、と緊張しながら向かった。
王城の脇にある騎士団区に近づくと、周りにいるのは同じような目的の人ばかりになる。豪奢な装いをした貴婦人がいれば、がっしりした体躯の若い男性もいる。「ちょっと仕事の合間に来ました」といった雰囲気の仕事着姿の男性もいるし、可愛いワンピースを着た女の子もいる。
「……私、浮いていないみたいね」
「まあ、一般開放される公開試合の観客なら、そこまで身なりに気にしなくていいんですよ」
今日も私のお付きをしてくれるヒルダは、のんびりと言った。
実は彼女は働き始める前に何度か公開試合を見に来たことがあるようなので、そわそわする私とは対照的に落ち着いたもので、衣装なども「テキトーでいいんですよ?」と言っていたのだ。
まあ、確かにテキトーな服でも見とがめられることはないだろうけれど……今日の私はベルンハルド様の婚約者として、彼の試合を見に来ている。もし時間があるのなら休憩所に行って差し入れを渡そうとも考えているから、あまりにもラフすぎる格好はよろしくない。
そういうことで、今日の私はチェック模様のワンピースとボレロ、膝下丈のブーツに日除けの帽子という装いで挑むことにした。
屋外での観戦になるから本当は日傘がほしいところだけれど、他のお客の迷惑になるかもしれないからやめた方がいい、とヒルダに助言されていた。
試合は、すり鉢状の競技場で行われる。周りのお客たちも目的は同じなので、彼らの波に乗っていると順調に競技場の観客席に向かうことができた。
事前予約をして客席料も払っている貴族などは前の方の特等席で見られるけれど、そうじゃなかったら先着順になるから、早めに席取りをした方がいい、とヒルダに教えてもらっていた。
本当は特等席で見たかったしベルンハルド様も勧めてくださったけれど……客席料……すごく高かった。ベルンハルド様は、自分が出す、とおっしゃっていたけれど申し訳なさすぎるので、早めに並んで一般席の中でも前の方を取る、と言っていた。
そういうことで早めに行っていたおかげで、私たちは観客席の中程を確保することができた。
ここは、試合全体の見え具合は普通だけど、成績上位者の表彰をする際の表彰台はよく見える位置なのだ、とヒルダが教えてくれた。
「試合は、地上戦、騎乗戦の二種類があります。それぞれ上位五名までが表彰されるみたいです」
「そうなのね。参加者はどれくらいかしら」
「えーっと……確か今回はベテラン騎士から新人騎士までまぜこぜの試合らしいので、参加者は百人以上になると思います」
「その中で五位となると、かなり難しそうね……」
ベルンハルド様は、騎士としても優秀だと伺っている。でもいくら彼でも、百人以上の中から上位五人に入るのは難しいだろう……と、私は思っていた。
でも。
「……わっ! ベルンハルド様、強い……!」
「えっ!? どれ、どれです!? みんな甲冑だし入り乱れてしまって、わけ分からないです!」
「あっち! 今、あそこの壁際からこっちに移動している!」
試合が始まり、皆が歓声を送る中で騎士たちがぶつかる。
まずは、地上戦。
重そうな甲冑を着た騎士たちが刃先を潰した剣を手に、砂埃を巻き上げながら打ち合っていた。
ヒルダが叫ぶ通り、普通ならこの大歓声と土埃の中、お揃いの甲冑を着た騎士たちの中から目当ての人を探すなんて、至難の業だ。しかも皆動き回るし敗北者はずるずる引っ張って退場させられるしで、一人をずっと目で追うことさえ難しい。
でも……私は、違う。
甲冑を着ていても、ベルンハルド様の胸に浮かび上がる幻のスミレは、しっかりと見えていた。しかもそれはほのかな光を放っているようで、砂埃が舞い上がっても彼の位置を見失うことはない。
スミレの花を胸に付けたベルンハルド様は、恐ろしい強さだった。
最初は制限時間内での乱戦状態で、最後まで立っていられた者が第二試合に進めるようだけど――ざくざくと切り込んで騎士たちの剣を次々に跳ね飛ばし、相手の胴を薙いで地に伏せさせる。
その剣の扱いは素人目から見ても、なかなか剛胆な感じがする。他の騎士たちが剣の握り方や構えを気にするのをよそに、ベルンハルド様は重そうな甲冑姿でも俊敏に動き、ひたすら切り込んでいた。
それでいて防御も完璧で、背後から剣が迫っていても危なげなくかわしたり、とっさに剣を後ろに回して受け止めたりしている。
「……すごい、格好いい……!」
「それ、後でご本人におっしゃいましょうね!」
「う、うん!」
そうして競技場の奥に置かれた巨大砂時計の粒が最後まで落ちたとき、甲高い笛の音が鳴った。ここで第一試合終了で、動けそうにない人たちは会場係の騎士見習いたちに引っ張られて退場していく。
第二試合に進めるのは、ざっと見て二十名ほど。中には既に息が切れているようで剣を地面に突き刺して俯いている人もいる中、スミレの花を胸に宿したベルンハルド様は凛と前を向いている。
ヘルメットを被っているから彼の顔は全く見えないけれど、その僅かな動きから観客席を見回していることが分かった。
きっと……私を捜している。
私がベルンハルド様を捜すのと違って、彼が私を見つけるのは至難の業だろう。案の定、背伸びをして手を振ってみたけれど、彼が私に気づいた様子はない。
……残念だけど、この後会いに行けばいいし、今はしっかり応援しよう。




